kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

岸井成格死去

次にこの人の名前を聞く時は訃報だろうなと思ってはいた。

昨夜(5/15)、帰宅してテレビをつけたら、関口宏のお悔やみの言葉が流れていたところだった。固有名詞は関口宏の言葉からもテロップからもわからなかったが、容易に想像はついた。

岸井成格ががんで亡くなった。10年前にやはりがんで亡くなった筑紫哲也と同じ73歳だった。

訃報:毎日新聞社特別編集委員 岸井成格さん73歳 - 毎日新聞

訃報
毎日新聞社特別編集委員 岸井成格さん73歳

 毎日新聞社特別編集委員でニュース番組のコメンテーターなどを務めた岸井成格(きしい・しげただ)さんが15日、肺腺がんのため自宅で死去した。73歳。後日、お別れの会を開く。

 東京生まれ。1967年慶応大法学部卒。同年毎日新聞社入社。ワシントン特派員、政治部長論説委員長、主筆などを歴任した。

 コメンテーターとして、TBS日曜朝の情報番組「サンデーモーニング」などテレビやラジオなどに数多く出演。2013年から16年までTBSの夜のニュース番組「NEWS23」では、ニュースを分析し、掘り下げて伝えるアンカーを務めた。分かりやすい解説と歯に衣(きぬ)着せぬ発言で定評があり、14年には優れたテレビ作品などに贈られる「橋田賞」を報道番組の解説者として受賞した。16年にはTBSと専属契約を結んで「スペシャルコメンテーター」に就任した。

 著書に「大転換 瓦解へのシナリオ」「議員の品格」、主な共著に「政変」「政治家とカネ」などがある。

毎日新聞 2018年5月15日 21時03分(最終更新 5月15日 21時50分)

テレビでこの人の顔をよく見るようになったのはいつ頃からだろうか。

初めはそんなに悪印象はなかったが、小泉政権から最初の安倍政権の頃(2001〜07年)には、まるで「新自由主義と小泉・安倍の守護神」みたいなコメントを連発し、目の敵にしたものだ。それ以前には、政治家としては小沢一郎が主導した「政治改革」を後押しした。

その彼が「初心に返った」かのように面目を一新したのは、2012年末に衆院選自民党が圧勝し、第2次安倍内閣が発足して以降だった。

かつて安倍晋太郎番記者だった縁から安倍晋三にそれなりの期待をかけていたものの、いっこうに成長しない安倍に見切りをつけるとともに、90年代の「政治改革」で小選挙区制導入の旗を振った誤りも認めた。その点、いまだに反省が不十分な山口二郎を理論的指導者に戴き、頑強に小選挙区原理主義を奉じ続けている小沢一郎をも祭り上げている(ようにしか見えない)今の「市民連合」よりもマシだったといえるかもしれない。なお、岸井成格はある時期から小沢一郎と連絡がつかなくなったと、佐高信との対談で言っていた(佐高との共著『保守の知恵』に書かれている)。少し前に「小沢一郎には人望がある」と呟いた、おそらく共産党支持系の弁護士の方がいたが、小沢の人望とやらも、「リベラル・左派」系に広く蔓延してしまった幻想でしかない*1ことがよくわかるエピソードだ。

そんな小沢に見切りをつけ、アドバイスを全然受け入れてくれない安倍晋三にも見切りをつけた2013年以降、岸井成格は本来の姿を取り戻したといえるかもしれない。2013年の特定秘密保護法、2015年の安保法、2016年の共謀罪創設などに一貫して反対の論陣を張った。その結果、『News23』のアンカーを追い出され、『サンデーモーニング』も出演者に右翼が増えるなどしたが、それが相対的にとはいえ岸井成格を引き立たせることになった(ズルズルと安倍政権に引きずられていった多くの論者がふがいなかったという言い方もできるが)。

謹んでお悔やみ申し上げる。

*1:小沢一郎の人望云々で私がすぐに思い出すのは、東日本大震災・東電原発事故の直後に、小沢グループ内で小沢が「菅おろし」の策略を巡らせる会合を開き、震災で妻とその両親、長男、公設第2秘書を失った側近の黄川田徹陸前高田市出身)の激怒を買って離反されたことだ。そのような人間関係の破綻を招いた男のどこに「人望」があるというのだろうか。そもそも小沢に人望があれば、自らが代表を務める政党があんな零細政党に落ちぶれはしなかっただろう。