kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

習近平と安倍晋三と香港デモと

 諸外国の指導者をざっと見渡した時、習近平ほどその心性のありようが安倍晋三に近い独裁者はいないとしょっちゅう思うのだが、実際に近年、安倍晋三習近平と談合して馴れ合い劇を演じ続けているようだ。

 以下、『広島瀬戸内新聞ニュース』(6/13)より。

 

hiroseto.exblog.jp

 

安倍晋三習近平の談合で圧殺されるお互いの市民の権利
2017年、高校生平和大使の国連演説が中止になった。中国の圧力に忖度した安倍ジャパンが止めさせた。2018年は、演説は最初から予定されなかった。
他方、この年、中国で行われる予定だった従軍慰安婦シンポジウムが、中国外務省の命令で中止になった。https://www.google.com/amp/s/www.sankei.com/world/amp/180808/wor1808080019-a.html
中国も、安倍ジャパンに忖度したのだろう。そして、安倍ジャパンは、その後、韓国にのみ居丈高になっている。
なるほど、核保有国を批判しない、従軍慰安婦に触れない、なら日韓間と違って日中両政府間に波風は立たない。
しかし、それはそれで、個人の声は圧殺される。
それで良いのか?!不味いと思うが。
グローバリズム時代は、政府同士より、政府(大組織)と個人の利害対立が深刻になる時代だ。
やはり、リベラルは、個人の人権を重視しないといけないだろう。

 

(『広島瀬戸内新聞ニュース』 2019年6月13日)

 

 時あたかも「ホニャララ元年」の6月。昭和天皇の死に始まって安倍晋三・昭恵の大先輩であるチャウシェスク夫妻の銃殺で幕を閉じた1989年のど真ん中に起きたのが天安門事件(6月4日)だった。あの時も日本政府(宇野宗佑政権)は、中国政府を厳しく批判する西欧諸国とは対照的に、中国の共産党政権に対して大甘の姿勢をとっていた*1

 今回もまた、「リベラル」側に恥ずべき反応が見られる。下記ツイートなどその悪例の最たるものだ。

 

 

 この人の他のツイートをざっと見てみると、NHKの岩田明子を批判したりしているから「リベラル」の人なのだろうが、「徐々に中華人民共和国化していくのは当然にも思う」という言葉からは、「個人の人権を重視する」姿勢は微塵も感じられない。あまりにも情けないその精神のありようには絶句するほかない。

 今回の香港のデモについて、一部で民族主義の発露みたいな言い方をしている頓珍漢な反応も見かけたが、ちょっと調べただけでも、香港の民族構成は95%近くが華人だというから明らかな間違いだ。デモは、個々の人間の解放を求める人たちの行動なのだ。

 香港デモで一躍時の人となった22歳の周庭氏は、日本のアニメに惹かれて独学で日本語を学んだ人らしいが、時に日本政府や日本の人民に対して痛烈な批判もしている。

 

 

 そうだよ。日本(「安倍ジャパン」)は「習近平毛沢東)の中国」と一緒なんだよ。

 なお、周庭氏の意見発信は、右翼側の「敵の敵は味方」との視点からずいぶん利用されているようだが、周庭氏自身が産経に載ったインタビュー記事に不快感を表明していることに注目したい。

 

 

 上記ツイート中のリンクから、産経が捏造した周氏の「発言」の部分を抜き出しておく。周氏はこんな発言をしたことはないと言っている。

 

周さんは「デモ隊は強制撤去されたが、この4年で、『自分は(中国人とは認識で一線を画す)香港人だ』と考えるアイデンティティー(同一性)を持つ人が増えた。『雨傘運動』は香港の人々の心の中で終わっていない」と話した。

 

(産経ニュース 2018年12月28日)

 

 なるほど、このような産経の捏造報道に代表される右翼側からの「刷り込み」によって、香港デモが民族主義の発露だ、みたいなトンデモな認識が一部に流布しているんだなと初めて納得した。右翼は、自らの持つ歪んだ自民族・自文化中心主義を勝手に香港デモに投影し、当のデモのリーダーから不快感と不信を持たれていることを思い知れ。

 このように、香港デモは本質的に、「習近平の中国」ともども、「安倍ジャパン」や産経やネトウヨをも標的にしていると正しく認識されなければならない。

 彼らは「民族」なんかじゃなくて人間一人一人の解放を求めているのだ。

「民族」なんかクソ食らえ。

 

*1:もっとも私自身も天安門事件に対して即座に敏感に反応できなかったことを痛恨事としていることを告白しておかなければならない。1980年に韓国で光州事件が起きた時と比較して、「リベラル」言論人の動きもまた鈍かったのではなかったか。