kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

高橋尚子は国民栄誉賞もらって正解だったな

民主党谷亮子参院選に擁立すると聞いて呆れてしまった。

ちょうど、「最低でも県外」という鳩山由紀夫の言葉から、「最低でも金」という「田村亮子」時代の谷の言葉を思い出していたところだった。

1992年のバルセロナ五輪と1996年のアトランタ五輪で、いずれも本命視されていながら決勝戦で敗れた田村は、2000年のシドニー五輪で、「最低でも金」と豪語した通りの結果を出したが、それでもシドニー最大のヒロインになることはできなかった。女子陸上選手として初の金メダルを獲得した、マラソン高橋尚子の勝ちっぷりがあまりに鮮やかだったからだ。シドニー五輪を特集したグラフ誌の表紙を飾ったのは高橋であり、田村ではなかった。

その高橋の人気に目をつけたのが、低支持率に悩む時の首相・森喜朗だった。森は、高橋に国民栄誉賞を贈った。当時私は、現役選手である高橋への国民栄誉賞授賞には大反対だったが、高橋は迷わず賞を受ける道を選んだ。

当時、高橋が受賞するなら田村も受賞に値するのではないかとの議論もあったが、私は「高橋の受賞にも反対だが、田村の受賞なんて論外」だと思っていた。田村はもともと目立ちたがりのところがあり、その特質が五輪優勝以後目立つようになっていたからだ。

この頃、人気が落ち目になっていたプロ野球の巨人も、高橋と田村を利用した。2000年の日本シリーズ第1戦の始球式に高橋を、第2戦の始球式に田村を起用したのである。この時も、シリーズの開幕戦である第1戦には高橋を起用したのだから、読売も高橋の方が利用価値が高いと考えたようだ。

だが、この時の行動も高橋と田村では好対照だった。高橋は、単に始球式を行っただけで、それ以外には何もしなかったが、田村は「巨人ファン」として日本シリーズのテレビ中継にゲスト出演するなど、目立ちたがりの本性を剥き出しにしていた。もっとも、のちに地元紙・中日新聞のコマーシャルに出演した岐阜県出身の高橋は、アンチ巨人ファンの多い地元の感情に配慮した可能性もある。しかし、田村の出身も巨人と日本シリーズを争ったダイエーの地元・福岡であったにもかかわらず、田村は地元の感情など全く考慮しなかった。とことん上昇志向が強いというか目立ちたがり屋の人だなあと思ったものだ。

正直言って、私はこの頃に田村亮子に反感を持つようになったので(巨人嫌いのせいもあったかもしれない)、「谷亮子」として臨んだ2004年のアテネ五輪では谷を応援しなかったが、実力は飛び抜けている谷は、楽々連覇を果たした。国民栄誉賞を受賞した高橋尚子は、五輪代表にさえ選ばれなかった。再び谷を国民栄誉賞に、との声が出たが、別にスポーツ選手を利用せずとも人気の高かった時の首相・コイズミは取り合わなかった。

2008年の北京五輪では谷は敗れた。今度は、谷を批判する意見が現れたが、さすがにそれには私も賛成できなかった。北京でも谷はよく闘ったと思う。スポーツ選手としては谷はやはり超一流だ。そして、銅メダルに終わったこともあって、目立ちたがりを全開にすることもなかった。しかし、谷の性格まで変わったわけではなかった。

民主党公認で参院選比例区に立候補を表明した谷の会見を見て、谷へのネガティブな感情がよみがえるのを感じた。こんなのを担ぐ方も担ぐ方であり、民主党谷亮子の擁立で、ますます比例票を減らすだろうと私は予想する。

そして今になって、高橋尚子国民栄誉賞をもらって正解だったなと思う。スポーツ関係者にはよくあることだが、高橋の師匠・小出義雄自民党寄りの人物である。だが、そんな小出も、国民栄誉賞を受けた高橋が特定の政党から出馬することは好ましくないと考えているようだ。谷が立候補しても大した票にはならないと思うが、もし高橋が立候補するならかなりの程度の得票が見込めるような気がする。しかし、国民栄誉賞を受けた高橋は、恐らくある政党に属して国政選挙に立候補することはないだろう。仮に高橋が立候補したら最大限の非難をしようと思っているが、同時にそれはあり得ないとも思う。

森喜朗の人気取りにみすみす協力するなんて、と歯がみした10年前の高橋尚子国民栄誉賞受賞だったが、今にして受賞は正解だったと思える。重荷になったに違いない国民栄誉賞だが、受賞以後五輪には出場さえできなかったとはいえ、高橋は国民栄誉賞に値する生き方をずっとしてきたと思う。一方、谷亮子は、スポーツ選手としては紛れもなく超一流なのだろうが、今回の軽薄極まりない参院選出馬表明の会見などを見ていると、人間として尊敬する気にはなれない。