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古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

甘粕正彦は大杉栄一家虐殺の犯人ではなかった?

甘粕正彦 乱心の曠野 (新潮文庫)

甘粕正彦 乱心の曠野 (新潮文庫)


 ダイエー創業者の故中内功を熱く語ったノンフィクション『カリスマ』を10年前に読んで以来、佐野眞一の本を読んできた。といってもハードカバーを買ったのは石原慎太郎を批判的に書いた評伝だけで、主に文庫化された時に買って読む程度のファンである。そして、『カリスマ』以降に読んだどの本も、『カリスマ』には及ばなかった。『カリスマ』の成功は、それだけ佐野眞一中内功という男に入れ込んでいたためだろうと思っている。

 その『カリスマ』と同等まではいかないが、『カリスマ』に次いで引き込まれて読んだのがこの本である。里見甫の評伝『阿片王−満州の夜と霧』の続編に当たるが、甘粕正彦について書かれた本作の方が断然面白い。

 甘粕正彦の名を私が知ったのは、どこかの出版社が昔出していたマンガ版の「日本の歴史」においてだった。関東大震災の混乱に乗じて無政府主義者大杉栄を妻子もろとも虐殺した殺人者として甘粕の名を知った私は、村上もとかの漫画『龍−RON−』(全部は読んでいない)に出てくる満州映画協会理事長・甘粕が必ずしも悪役として描かれていないことに不満を持っていた。

 ところが、いつものように膨大な取材に裏付けられた佐野眞一の検証によると、甘粕は大杉一家殺しに手を下していないのだという。佐野の検証を信じる限り、大杉一家殺しは陸軍の組織的犯罪だった。関東大震災といえば、正力松太郎朝鮮人が乱暴狼藉を働いているとの手間を撒き散らし、朝鮮人虐殺につながった*1ことが思い出されるが、陸軍が混乱に乗じて大杉一家を虐殺し、その罪を甘粕が一身にかぶったことは、当時の日本ならありそうな話である。

 満州に渡った甘粕正彦の活動ぶりは、正真正銘のファシストのものであり、大杉一家殺しの罪を一身にかぶったことを含めて、甘粕正彦は私にとっては毫も感情移入できる対象ではない。私は、組織のために罪をかぶることなど美徳でも何でもなく、陸軍の組織的犯罪を暴くことこそ正義であると考える人間だ。

 しかし、甘粕には思想の異なる人間も受け入れる度量があったことは事実のようだ。満州で、甘粕のもとには左翼の人間が次々と集まってきた。本に書かれている中で私が驚いたのは、「赤旗」の編集長を務めたことがあるという三浦亮一なる人物まで、甘粕のもとに馳せ参じたことだ。三浦の妻は作家・壇一雄の妹の寿美さん、つまりタレント・壇ふみの叔母さんに当たるのだが、今も健在で、下関の長周新聞社で住み込みのスタッフとしてイラストなどの仕事をしているという。

 長周新聞といえば、安倍晋三のおひざ元・下関にあって安倍や前下関市長・江島潔を批判する論陣で知られる左翼紙だが、毛沢東を信奉し、日本共産党を激しく攻撃する「親中・反代々木系」の新聞としても知られている*2。そんなところで、右翼作家・阿川弘之の娘にしてたけしとともにテレビ朝日の右翼番組の司会を務める阿川佐和子と仲の良い壇ふみの叔母さん*3が90歳を超えた今も働いているというのも驚きなら、甘粕正彦の物語がそんなところにつながるのも驚きだった。もちろん、甘粕のもとに集まった左翼は、三浦亮一・寿美夫妻にとどまらず多士済々である。

 満州映画協会の看板女優は李香蘭だった。中国名を名乗っていたが、本名を山口淑子という日本人である。李香蘭の月給は当時としては破格の250円だったが、一番下っ端の役者の月給は18円だった。生活するのもままならない額である。これを、甘粕は45円に引き上げさせた。満映の経営者として率先して賃上げを行ったのである。

 どうしようもないファシストの甘粕だったが、そんな一面もあった。この点だけに関していえば、今の企業の経営者に見習わせたいくらいだ。何しろ、今の経営者といえば、役員の報酬と配当ばかり引き上げて、従業員の給与を減らし続けている。

 そんな面もある甘粕だったが、天皇を崇拝し、謀略が趣味と公言したほど満州で謀略に明け暮れた生涯は、益より害の方がはるかに多かった。その中でも最大の罪の一つが、陸軍の組織的犯罪と推定される大杉栄一家惨殺の罪をを一身にかぶったことではなかったか。甘粕を熱く語る佐野眞一との筆致とは裏腹に、その思いが強まる一方だった。

 文庫本にして600頁にも及ぶかなり長い本だが、読み始めたら一気に読み終えられると思う。

*1:正力松太郎のような犯罪者が「日本プロ野球の父」、「大正力」などと崇め奉られているのだから、日本プロ野球界が右翼的であるのも当然だろう。

*2:これは三浦亮一がのちに日本共産党を追われたことと関係しており、長周新聞は日本共産党と対立して発足した「日本共産党(左派)」の機関紙である。

*3:壇一族の間では、寿美さんは「毛沢東おばさん」と呼ばれているそうだ。