kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

『長周新聞』あれこれ(笑)

 『長周新聞』の話題の続き。前の記事にいただいたコメントを紹介する。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

  id:suterakuso

 

この長周新聞や「日本共産党(左派)」(福田派)とセットの存在とされている「劇団はぐるま座」という劇団があります。山口県では、今でもポスターを目にすることがあります。っで、直近の、といっても、結構もう長い、この劇団の演目が、なんと維新劇なんです。

 

動けば雷電の如く 高杉晋作明治維新革命
http://haguruma-za.sakura.ne.jp/raiden-home.html

 

今の山本太郎にお似合いでしょう?

 

しかしまあ、靖国の源流である、福原邸跡の掲示板で、このポスターを見た時には、なんなの、この連中のテキトーさ加減、と、双方に対して思って、笑ってしまいました。

 

 リンク先を確認してぶっ飛びました。高杉晋作明治維新を持ち上げる「毛沢東主義者」っていったい何者?(笑)

 確かに、天皇に直訴し、自ら主宰する政治団体名に元号を冠しながら、同時に「新選組」をも名乗るという山本太郎には『長周新聞』が本当によくお似合いですね。

 

 ところで、こんな機会でもなければ『長周新聞』に触れる機会もあるまいと思い、せっかくだから今回ネット検索で得た情報を公開することにした。

 まず、「反日共」の「毛沢東信者」たちが作る『長周新聞』は、これは本当にお似合いだと思うけれども、70年安保当時の全共闘の活動家の間では結構人気があったようだ。

 

blog.goo.ne.jp

 

 以下引用する。

 

『長周新聞』のスタンス

2016年11月17日 
 

 若い人にはなじみの薄い新聞だが、われわれ全共闘世代にとっては重要な新聞で、とくにML派は必読だった。
 発信地は山口県下関市。長周とはその名の通り、今の山口県長門と周防を併わせた名称である。
 もともとは共産党系であったが、日本共産党ソ連と中国が仲違いしたときに分裂し、中国派だった日本共産党左派の立場を支持した新聞である。
 「マルクスレーニン主義毛沢東思想」を日本革命の指針としたところから、反中国の立場を取る日本共産党とは一線を画すことになった。
 学生運動が挫折してからは、『長周新聞』に目を通すこともなくなり、何十年もご無沙汰していたところ、ひょんなことからまた読みはじめるはめになった。

 写真(引用を省略=引用者註)の右は10月24日付で、22日に開かれたアジア記者クラブの定例会の記事が、1面トップに掲載されている。
 すなわち、記者が山口からわざわざ取材に来ていたのだ。
 
 定例会が終わって帰ろうとしていたところに、その記者に声をかけられた。かつての『長周新聞』のイメージとはだいぶ違う、いかにも洗練された女性記者だった。

 「まだ健在だったんですね『長周新聞』」と言ったら、「当然です」と叱られた。

 「基本的に、毛沢東思想ですよね」というと、「今は必ずしもそうではありません」ときっぱり否定された。そりゃそうだろう。

 しかしこの新聞、言いにくいことをズバズバ言う反骨精神は健在だ。基本的に広告を掲載せず、購読料だけで経営を賄っている。

 熱心に薦められたので、というよりも、記者が美人だったので、試しに購読することにした。(後略)

 

出典:https://blog.goo.ne.jp/gallap6880/e/0f8961fc6ad1b19c6152836bc1e6f853

 

 

 もしかしたら、この記者さんとは今年の下関市議選で当選された方ではあるまいか。

 下記は今年2月4日付の『長周新聞』の記事へのリンク。 

 

 

 記事中の開票速報にある、5位という高位で当選した本池涼子氏が、『長周新聞』の記者とのこと。それまで下関市議を務めていた母の後継者として立候補して初当選したらしいから、まだ若い方なのかもしれない。

 下記は上記『長周新聞』記事のコメント欄より。

 

アラキヒデオ says:

おめでとうございます、本池涼子さん 下関市民の皆さん(3135名)あたたかいご支援を感謝します 長周新聞の皆さん、ありがとうございます 新聞記事を読みながら目に熱いものを感じ+

下関市議会の議員は自民党所属の方がおおいですね 

おはようございます 本池涼子さん ご当選おめでとうございます 長周新聞の皆さん ありがとうございます 事績もありそして、市民の支援もある本池涼子は当選すると思っていました 
口軽く足重い世の中で清き心の強さを感じています 既存政党のお祭り選挙に、私の一票は無効票になっています 投票率が上がれば私の一票も有効になると思いながら、長周新聞を購読しております 下関の声が全国の無党派に届きますように希望いたします

 

 コメント主(下関市民?)の一票は「無効票」になっているというのだからわけがわからない。

 また、「ハシシタ」騒動以来マイナーなライターに転落した佐野眞一の著書に言及した下記記事も目を引いた。 

 

 佐野眞一の『甘粕正彦 乱心の曠野』(新潮文庫)に『長周新聞』への言及があるという。

 

www.shinchosha.co.jp

 

 この本で佐野眞一が提起した「甘粕正彦大杉栄一家惨殺に自分では手を下しておらず、罪を被ったのではないか」との仮説は、その後特に検証されていないと認識するが、私自身もこの本を取り上げた記事を8年前の2011年2月5日に書いたことを思いだしたのだった。

 

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 今回は『甘粕正彦 乱心の曠野』から『長周新聞』に言及した箇所を以下に直接引用する。

 

 大東協会で清野以上の変わり種は、日本共産党の機関紙「赤旗」元編集長の三村亮一だった。三村の妻は作家・檀一雄の妹の寿美さんである。壇寿美さんは大正六(一九一七)年の生まれである。その寿美さんが山口県下で健在だと聞いて、彼女がスタッフとしてイラストなどの仕事をしている下関市内の長周新聞社を訪ねた。

 彼女が働く長周新聞は、満鉄で左翼活動を行い、戦後は日本共産党に入党し、のちに党本部とは独自に日本共産党山口委員会(左派)をつくった福田正義によって昭和三十年に創刊された。現在は週に三回発行の地方紙という体裁をとっているが、もともと党派の機関紙に近い性格をもっていた。いまでも自民党保守勢力はもちろん、党派的に一線を画す日本共産党に対して厳しい論陣を張っており、一般的には「反米・愛国」「親中・反代々木」の新聞とみられている。ちなみに壇一族の間で寿美さんは「毛沢東おばさん」と呼ばれている。

 

佐野眞一甘粕正彦 乱心の曠野』新潮文庫 2010, 385-386頁)

 

 本には引用文のすぐあとに「スパイM」こと飯塚盈延(みつのぶ)の名前なども出てきたりして興味津々なのだが、引用していたらきりがないので省略する。60年安保世代で唐牛健太郎の評伝を書くなど、新左翼シンパであることを隠そうともしない佐野眞一は、さすがに新左翼セクトに関する事実把握はほぼ正確とみられるが、上記引用文中にある「日本共産党山口委員会(左派)」は1966年の設立で、『長周新聞』の創刊よりも11年遅い。これが現在の「日本共産党(左派)」に発展したのは1969年だが、福田正義は2001年に死んだ。しかし今なお故人である福田が『長周新聞』の「主幹」とされているから、今なおこの新聞は実質的に「日本共産党(左派)」の事実上の機関紙とみて差し支えあるまい。「反米・愛国」の新聞であれば、山本太郎との相性が抜群に良いのも道理だ。

 なお、佐野がこの本を書いたのは2008年で、存命であれば今年102歳の壇寿美氏について調べてみたが、残念ながら2015年12月に亡くなられていた。下記はそれを示すツイート。

 

 

 叔母に極左人士を持った壇ふみと、父が極右人士だった阿川佐和子とが大の親友だというのも面白いが、これは別に「極左と極右とは似た者同士」というわけではなく、2人ともノンポリだということなのだろう。

 以上、マニアックな『長周新聞』情報の調査結果報告まで(笑)。