kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

小沢一郎のダブルスタンダードこそ大問題だ

小沢の「決死隊を原発に」と発言は、何故、スル~されるのか? : 日本がアブナイ! より。長くなるが引用する。

 今回の原発事故が悪化してしまった大きな要因の一つは、初期の段階で、職員や技術者が、原発の施設にほとんど近づけず、電源や施設の修復、他の冷却措置などを行なうのが困難だったことにある。<今も、容易に近づけない状況が続いているけど。(-"-)>

 それでも、何とか冷却をということで、自衛隊がヘリに大きな容器をつるして海水を投入したり、消防隊なども協力する形で、ポンプ車を使い放水したりしていたのだが。放射能の量を計測しながら、慎重にコトを進めるしかないのが実情で。

 作業に従事する人間が、大量の放射能を浴びて被曝し、生命や健康を害さないようにということを第一に考えると、できることが、かなり限定されてしまう&迂遠なものになってしまうだけに、それを見ていて、イラ立った人も少なくないだろう。(~_~;)

「あのチェルノブイリのヒドイ火災が、2週間ぐらいで収まったのは、ソ連政府が、兵士や作業員に何も知らせないまま、消火や冷却の作業をやらせたからだろう」「でも、日本では、そういう方法はとれない以上、短期で収束させるのはムリなんじゃないか?」

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 86年に起きたチェルノブイリ原発事故では、原子炉の爆発&火災が起きて、福島原発事故をはるかに上回る規模だったのだけど。
 当時のソ連政府の発表によれば、約10日で火災&多量の放射性物質の拡散を沈静化させることに成功したと言われている。(・・)

 何故、ソ連はそんなに早く、事故を沈静化させることができたのか?
 ソ連政府は、当初、事故について公表しておらず。十分な説明をor全く説明を受けないままに、多くの兵士や消防士、労働者を消火などの作業に従事させたからにほかならない。(-"-)
ソ連政府の発表では、33人が放射能被害により、短期間のうちに死亡したとされる。ソ連の発表でそうだということは・・・>

 放射能に汚染されたがれきなどの清掃作業も含めれば、のべ80万人が関連の作業に従事。そのうち数万人が、健康被害を受けて、その影響で死亡したor死亡が早くなった可能性が高いと言われているのだが。
 何年もの期間が立ってから、発症したり、死亡したりした人が多いので、原発事故の被曝との因果関係を調査、証明するのは難しく、正確に実態がつかめないまま今日に至っているものの、彼らの健康に大きな影響が生じたことは、否定し難いだろう。(-"-)

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 mew周辺でも、「東電の職員は命をかけても、国民の命を救うためには、中で作業をすべきではないのか?」「自衛隊や消防士、警察官は、どうなんだ?」
「少なくとも東電の社長と、福島原発を推進した国会議員や地元の政治家には、中にはいって欲しいものだ。あいつらが、はいっても何の役にも立たないだろうけどな。^^;」などと言う人たちもいたけれど・・・。

 ただ、実際のところ、あくまでもそれらが実現不能、強制不能であることを前提にして、そのような会話が交わされていたわけで。
 国が、原発事故に対応するために決死隊を派遣することまでは、誰も考えていないし。被災者の中にも、<心中では、そう思うほど立腹している人はいるかも知れないけど>、そのような非人道的な方法を用いてまで、早く事故を収束させろという人は、いないのではないかと察する。(・・)


上記は、今回の原発事故対応に関して、特に重大な論点になるべきところのものだ。

事故を起こしていない段階であれば、放射線被爆の引き上げることなどあってはならない。だが、一度事故を起こしてしまえば、基準は「弾力的に」運営せざるを得なくなってしまう。少数の人の命と、被災地の、日本の、そして世界中の多くの人々の健康な生活の維持を秤にかけることを余儀なくされる。

政権の最高責任者は、そういう重い決断を迫られるのである。緊急時の作業員の許容被爆量を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げ、さらに制限の撤廃まで検討したというのはそういうことだ。朝日新聞の竹内敬二編集委員が、3月中旬という早い段階でこのことを指摘する記事を書いていた。さらに言えば日本国民が原発推進を肯定した時点で、緊急時に政府にこのような措置を取らせる選択肢を認めてしまったともいえる。

これは、小佐古敏荘の内閣参与辞任で議論になった、小学校や幼稚園の校庭での放射線量許容限度とも相通じる話だ。許容限度引き上げに関しては、地元から政府に対して緩和を求める突き上げがあったとも聞くし、別件だが飯舘村の村長が避難を求める政府を批判したりもしている。

一方、放射線の脅威から子どもを守られければならないにもかかわらず、ろくな議論もしないで校庭の許容放射線量を「20ミリシーベルト」に引き上げたことは、何も御用学者の小佐古敏荘に言われなくとも大問題に決まっている。

小佐古敏荘の記者会見に、教え子にして東大大学院で原子力工学の博士号を取得後、東芝で原子炉の設計にかかわった旧自由党民主党議員・空本誠喜が同席していたことから、小佐古の辞任劇は裏で小沢一郎が糸を引いていたのではないかと疑われている。私もそう疑っている人間だが、小佐古が放射線量許容限度の引き上げを批判したのに対し、小沢一郎本人が言ったとされる「決死隊」は、許容限度撤廃の方向性を持つものだ。


このダブルスタンダードこそ大問題なのだ。


小沢一郎ダブルスタンダードは、何もこの件に限らない。普天間基地異説問題に関しても同様だ。


http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20110505 でも取り上げられた朝日新聞記事より。


asahi.com(朝日新聞社):県外移設「形の上だけ」検討〈米公電分析〉民主政権1 - ウィキリークス

 09年12月9日の在東京大使館発の「秘」指定公電は、山岡賢次国会対策委員長(当時)を小沢一郎民主党幹事長(同)の「腹心」と位置づけた上で、首席公使らとの会談内容を記している。山岡氏は連立維持の必要から「米国が圧力をかけ続ければ状況は悪化する」と説き、年内決着を断念し先送りする「決定がすでになされている」と米側に伝えたという。

 前原氏や山岡氏の動きは、連立維持の必要性を理由に決着先送りへ理解を求めつつ、翌年の参院選で勝てば連立を解消して現行案で決着できる、と保証するねらいだったとみられる。


腰巾着の山岡賢次に動かせて、自らは手を下さないのが小沢一郎のいつもの手口だが、山岡賢次の動きが小沢一郎に意に沿うものだったことはいうまでもない。

ところが、ここで小沢が「手を下さなかった」点が重要なのであって、鳩山由紀夫は、いざ社民党を切り捨てる段になって、「社民党を切ったら小沢さんに政局にされる」と脅えていたという記事が、確か読売新聞に載ったことを覚えている。

で、実際に小沢はこれを政局にした。鳩山は、小沢を道連れに退陣することで、小沢にせめてもの一矢を報いたといういきさつだったと私は考えている。

何が言いたいかというと、このときにも小沢一郎は、自ら鳩山政権の「社民党切り」に加担しておきながら、それを理由に政局にしたことだった。おそらく当時の小沢は、菅直人と手を結ぶつもりだったと思われるが、前原誠司らが先手を打って菅直人と手を握っていたため、一種の「クーデター」によって小沢は追い落とされてしまい、仕方なく小沢は自らが追い落とした鳩山由紀夫と再び手を組んだ。昨年6月の政局を私はそう解釈している。

菅や前原も汚いといえば汚いが、自らが鳩山政権の「社民党切り」に加担していながら、それを理由に政局を仕掛けた小沢一郎ダブルスタンダードは本当にひどい。

東電原発事故についても、そもそも原発推進論者だった小沢一郎が、一方で小佐古敏荘を利用して放射線量の基準緩和に反対するだけでもダブスタだと思うのに、一方で小佐古の主張とは正反対の方向性を持つ「決死隊」発言を酒の席で平然とするとは、小沢一郎の舌はいったい何枚あるのかと呆れてしまう。

こんな人間には、一刻も早く政界を引退してもらうしかない。


なお、『日本がアブナイ!』の記事は、小沢一郎の「決死隊」発言などが、「非常事態条項」を憲法に盛り込み、非常時の人権制限を規定しようとする動きにつながることを懸念しており、私もそれに同感だが、原子力発電という「未完成の」技術自体が、たとえ憲法を改定せずとも上記のような対応を政府に迫るものであり、日本国憲法の理念を実現するためにも、たとえ段階的にでも原発を全廃することが必要不可欠だと考えている。