「SF御三家」の一人、小松左京の訃報が伝えられた。故人のご冥福をお祈りしたい。
私は、10代で星新一にはまり、20代で筒井康隆にはまったが、ついに小松左京の読者にはなれなかったまま今に至っている。昔、『日本沈没』を読み始めたことがあったが、どうしても読み続けることができなかったのだった。
それなのになぜ訃報記事を書くかというと、小松左京と原発との関わりがよくわからないからだ。Wikipediaを見ると、若き日に共産党員だった小松左京は、ソ連の原爆開発にショックを受けて共産党を離党したという*1。70年代には梅棹忠夫との対談で放射性廃棄物の処理方法の問題を指摘したとの情報もネットにあるが、その後原発PR誌を創刊したとの情報もある。