kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

そうか、亀井静香も地下原発推進議連の顧問だった/小沢一郎は「トリウム原発」推進派

猫も杓子も - Living, Loving, Thinking, Again より。

河村たかし率いる「減税日本」が亀井静香率いる「反TPP・脱原発・消費増税凍結を実現する党(略称・反TPP)」が合体して「減税日本・反TPP・脱原発を実現する党(略称・脱原発)」になったのだと。それにしても略称が「脱原発」とは! それほどまで311の震度が大きかったということなのだろうか。しかしながら河村たかしが「脱原発」を志しているとは信じられない。というのもついこないだまで、「脱原発」なんて冗談でさえ掲げない石原慎太郎(「太陽の党」)と組もうとしていたからだ。亀井静香にしても、以前はたしか(あの小沢一郎などとともに)地下原発かなんかを推進していた筈で、それがどうして「脱原発」になったのかという経緯はわからないのだ。この「略称・脱原発」だが何時の間にかに「中道リベラル」になっている。河村はこれまで積み上げてきた〈小さな政府〉の理念を清算してしまったのだろうか。社民党又市征治も「政策がおおむね一致してきている」と言っているらしい。まあ短期的な「政策」とは次元が違うと言われればそれまでだが、河村が南京大虐殺を否認する歴史修正主義者だということについてはどう思うのかと質問してみたいという気もする。


そうだった。亀井静香も地下原発推進議連の顧問だった。すっかり忘れていた。


よく、「小沢信者」たちが「昔は誰それは原発を推進していた、などと言うな。大同団結しろ」と言うのだが、この「地下原発推進議連」が発足したのは東電原発事故が起きてから2か月もあとのことだ。議連発足を報じる朝日新聞記事が、なぜかリンク切れしないで残っているので引用する。


asahi.com(朝日新聞社):原発の地下建設推進、議連発足へ 与野党党首ら超党派 - 東日本大震災

原発の地下建設推進、議連発足へ 与野党党首ら超党派


 4人の首相経験者や与野党党首が顧問に名を連ねる「地下式原子力発電所政策推進議員連盟」が31日に発足する。表向きは勉強会だが、名前を連ねるベテランの顔ぶれから、大連立や政界再編に向けた布石との臆測も呼びそうだ。

 議連の顧問には民主党鳩山由紀夫氏、羽田孜氏、自民党森喜朗氏、安倍晋三氏の首相経験者のほか、谷垣禎一総裁、国民新党亀井静香代表らが名を連ねた。たちあがれ日本平沼赳夫代表が会長に就いた。

 地下式原発は地下に建設される原発。事故の際に容易に地下に封じ込められる利点があるという。三木内閣当時に検討が始まり、1991年に自民党内に勉強会が発足していた。

asahi.com 2011年5月21日0時59分)


しかし、「小沢一郎」の名前がない。昨年6月16日の中日新聞記事を転載した下記ブログ記事には、小沢の側近中の側近である山岡賢次や、小沢に見殺しにされて民主党を除籍になった松木謙公の名前が見られる。


不信任騒動渦中に発足「地下原発推進議連」/超党派 反菅/企業と族議員、生き残りを模索 - 来栖宥子★午後のアダージォ

「地下原発」推進 反菅ズラリ 不信任騒動渦中に議連発足
特報 中日新聞2011/06/16Thu.


 深刻な大震災や福島第一原発事故のさなかに国民をあきれさせた菅直人内閣の不信任騒動。その渦中の5月31日、超党派による「地下式原子力発電所政策推進議連」が発足した。「脱原発」の逆風が吹きつける原発を臨海部の山の地下に造って進めようという動きだ。だが、主要メンバーをみると、「菅降ろし」を画策してきた首相経験者も名を連ねる。地下原発議連の狙いとは。(佐藤圭、篠ケ瀬祐司)


 本紙が入手した地下原発議連の名簿には、民主、自民、公明、みんな、国民新、たちあがれ日本新党改革の各党と無所属の計49人が並ぶ。反原発を掲げる共産、社民両党以外の主要政党が顔をそろえた。
 会長は、たちあがれ日本代表で元経済産業相平沼赳夫氏。顧問は、民主党鳩山由紀夫前首相、羽田孜元首相、石井一副代表、渡辺恒三最高顧問、自民党からは谷垣禎一総裁、森喜朗元首相、国民新党亀井静香代表らの9人。
 初会合は5月31日、衆院第一議員会館の地下1階会議室で開かれ、平沼、森、石井の各氏ら約20人が出席した。今月末にも2回目の会合を予定しているという。
 原発を地下に造るという発想は、突如浮上したわけではない。自民党三木武夫政権の1975年、資源エネルギー庁で研究が始まった。
 当時から反原発運動などで地上での新規立地は難航していた。地上式では建設が難しい臨海部の急峻な未利用地まで選択の幅を広げるのが狙いだった。81年には、同庁の検討委員会が「技術的、経済的にも可能」とする報告書をまとめた。
 しかし、電力会社は「原発は危険だから地下に造ると思われる」「地上立地の妨げになる」との理由で消極的な姿勢を崩さなかった。これに不満を持った平沼氏ら自民党有志が91年、党内に「地下原子力発電所研究議員懇談会」を結成したものの、電力会社の協力を取り付けることはできなかった。
 今回の地下原発議連は、福島第一原発事故で地上での新規立地や増設はおろか、既存原発の存続も危うくなる中、かつての自民党の懇談会メンバーを中心に、与野党原発推進派が結集した恰好だ。
*倒閣拠点? 超党派で集結
 地下原発議連は、発足のタイミングから、不信任騒動との関連が取りざたされた。与野党原発推進派が、原子力政策の見直しに傾斜した菅直人首相を引きずり降ろそうとしたのではないか。「原発推進大連立」の拠点が地下原発議連ではないか・・・・と。
実際、谷垣、安倍、鳩山の各氏は「菅降ろし」の急先鋒。顧問以外のメンバーを見ると、不信任賛成に動いた民主党小沢一郎元代表に近い西岡武夫参院議長、山岡賢次副代表、松木謙公衆院議員(民主党除名)らが入っている。
 事務局長を努める自民党の山本拓衆院議院は、「原発銀座」と呼ばれる福井県選出だ。山本氏は「菅降ろし」を視野に入れた動きとの見方について「特に意識はしなかったが、メンバーを見ると、不信任に賛成しそうな人ばかりだった。昔の仲間が集まれば、大連立の話もするかもしれない」と含みを持たせる。(後略)


残念ながら(笑)、小沢一郎は地下原発推進議連には入っていなかったようだ。狡猾な小沢は、のちに自らが「脱原発」に転じる可能性があると読んで、その時に揚げ足を取られないために議連に入らなかった可能性がある。


小沢が「トリウム原発」を推進していたことは、原発事故発生直後に平野貞夫が得々と書き綴っていた。
「日本一新運動」の原点(46)── 巨大震災と原発災害に想う (平野貞夫の「永田町漂流記」)(2011年3月19日)
「日本一新運動」の原点(50) ── 巨大震災は20世紀文明への警鐘だ! (平野貞夫の「永田町漂流記」)(2011年4月15日)


そんな人たちが、今選挙の票欲しさに「脱原発」を掲げても、誰も信用しない。橋下徹が「脱原発」を言い出した時、飯田哲也らはその言葉を信用したが、それが大間違いだったことは橋下と石原慎太郎の野合で証明された。「脱原発」のボスが、かたや地下原発推進議連の顧問で、もう一方が核武装論者の石原慎太郎とくっつこうとした政治屋であることは象徴的だ。それほどまでにも「脱原発」という言葉は軽くなってしまった。

だから、「脱原発」は総選挙の争点にもならず、原発推進を公言する自民党が易々と政権に復帰してしまうのである。