kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

辻元清美曰く「小沢一郎に政策の理念があったかどうか疑問」

『世界』2013年3月別冊「政治を立て直す」より。巻頭に山口二郎の論文が置かれていることに別冊の性格が象徴されていて、要するに『世界』編集部による、政権交代を後押ししてきた立場からの民主党政権3年3か月と先の衆院選の総括だ。ただ、タイトルの「政治を立て直す」は政権を奪回した安倍自民党のスローガン「日本を取り戻す」とどことなく似ている。

この号には辻元清美のインタビューが載っていて、そこで辻元は「『民主党そのもの』が争点になってしまった」と言っている。辻元はかつて、2007年7月の参院選の時、『週刊金曜日』に「争点はアベシンゾー」と、「きっこ」風の表記で書いたことがあるが、安倍晋三が争点になった2007年参院選自民党が争点になった2009年衆院選の両者と、民主党が争点になった2012年の衆院選は似ているかもしれない。

さて、インタビューで辻元は小沢一郎に言及している。その部分を抜粋する。

 −− 小沢一郎さんについてはどう思われますか。民主党政権は小沢さんなしでは樹立できませんでした。

 辻元 政権交代には、自民党のやり方を熟知する小沢さんの力が不可欠でした。しかし、小沢さんに政策の理念があったかといえばやっぱり疑問です。彼が代表に就いたとき、小泉政権の後の自民党に勝つために、新自由主義的な方向へのアンチテーゼとして社民主義的な政策を旗印にしました。〇九年の民主党マニフェストも、小沢さんが代表時代に作成したものが元になっていますが、結局小沢さんにとっては、選挙に勝つための「手段」だったのでは。だから大盤振る舞いだった。「実現できるかしら?」と聞くと、「政権とったら何でもできる」と小沢さんは言うばかり。理念があって心からこれを実現したい、実現すべきだと思っていたら、もっとしぶとく粘るはずですが……。3.11後も、あの非常時に小沢さんは「菅おろし」に走りました。そういう小沢さんの政局的仕掛けに党内は振り回されて、反小沢・親小沢という対立軸で動いたようなところがあり、政治がゆがめられてしまいました。

 −− 小沢さんが仕掛けた未来の党についてはどうでしょう。

 辻元 嘉田さんたちは本気で卒原発をやろうとしたのならば、もっと入念な準備が必要です。私は彼女に直接、そうアドバイスもしました。しかし、「卒原発と言っている、本気だ」と小沢さんの政治手法にナイーブに乗ってしまったのでしょうか。嘉田さんは小沢さんから「一〇〇人通ると言われた」と言ったらしいですが、そんな簡単な話ではないというのが、壁にぶつかり続けた私の実感です。小沢さんは嘉田さんというイチゴをショートケーキに乗せて、おいしそうにデコレーションしたわけですが、勝つための手段が今回は卒原発だった、と見透かされてしまったのではないでしょうか。

 −− 未来の党に投票した人にすれば、裏切られた思いでしょうね。

 辻元 ただ、私はそこに、市民運動のある種のナイーブさもあったと思います。脱原発で、格差を縮めていこう、平和主義を貫こう、そういう政治勢力をつくらなければいけないわけですが、それはそう簡単に即席でできるものではない。時間をかけて、しんどいことも引き受けてねばり強くやらないと、できないと思います。忍耐力が必要なんです。スローガンを叫び、すぐに結果を求めるだけでは実質的に政治を動かし、社会を変えることはできません。今回の結果だけをもって切り捨て続けたら、政党は育たない。

(『世界』2013年3月別冊「政治を立て直す」54-55頁)


小沢一郎と旧「日本未来の党」についての辻元清美の分析は、非常に説得力がある。特に、赤字ボールドで強調した部分は、私が指にたこができるほど繰り返し当ダイアリーや『きまぐれな日々』に書いてきた(かつ「小沢信者」の激しい憤激を買っている)こととほぼ同趣旨であり、意を強くした。

私は辻元清美に対しては、賛同できる部分とそうでない部分があるが、氏が日本の政治において今後も存在感を放つ有力なプレーヤーであり続けることは間違いないだろう。