kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

安倍晋三と外務官僚

朝日新聞は、いつの間にやら、あの「『右』も『左』もない脱原発」を持ち上げたり、馬鹿を装って特定秘密保護法賛成論者の長谷部恭男東大教授を挑発すると見せかけて教えを請うなど、数々の珍記事をものした高橋純子という政治記者論説委員になっていた。

私は昔から古新聞をため込んでおいて、もう一度めくり返したあとにゴミに出すというわれながら馬鹿げた習慣を持っているのだが、しばらく前にそうして古新聞を読み返したところ、オピニオンのインタビュー記事に「論説委員高橋純子」と書いてあったことに遅まきながら気づいた次第。

ああいう記者が朝日の社論を担うのかあ、と思ったが、少し前には星浩が「論説主幹代理」をやっていた*1ことを思えば、まあそんなものなのだろう。その星浩は、月1回くらい日曜日の朝日新聞2面にコラムを書いているが、何人かが書くコラムのうち、星浩の書く文章が一番つまらないというのが私の印象。星浩が書く回は読まないことが多い。もちろん他の筆者の時も読まないことが少なくないし、読んでもさっぱり感心しないけれど、「まあ星浩よりはマシか」と思う。もちろん五十歩百歩ではあるが。

その「他の筆者」、誰だったか失念してしまった上、1月の記事だったか、それとも2月だったかも忘れてしまったが、昨年末に安倍晋三靖国神社を参拝する直前、韓国の外交筋から「安倍首相が靖国神社を参拝するという噂があるが大丈夫か」と問い合わせてきたのに対し、日本側が「安倍首相はナショナリストではなくリアリストだから、大丈夫、参拝しない」と答えたところ、安倍晋三が参拝してしまったので大恥をかいた、うろ覚えなので表現はいい加減だが、そんなことを書いていた。

過去のその記事を改めて注目したのは、小泉純一郎が総理大臣時代の末期に靖国神社を参拝する直前の2006年8月に行われた「北京・東京フォーラム」で安倍晋三が「日中友好」「日中の互恵関係」しか述べないスピーチをして、のちに友人・仙谷由人の推薦で菅内閣官房参与に就任した松本健一が「安倍晋三氏はナショナリストではなくリアリストだ」との印象を持ったという、松本氏の著書で読んだ話を思い出したからだ。この本については3月1日に下記の記事を書いた。

昨年末の外務官僚は、2006年8月上旬に松本健一が持ったと同じ印象で安倍晋三を捉えていたが、それは誤りであり、2013年12月現在の安倍晋三は「リアリストではなくナショナリスト」であるという、外務官僚なら当然持っていなければならない認識を持っていなかったことが明らかになったといえる。

そんなことから、2006年8月の「北京・東京フォーラム」で安倍晋三が行ったスピーチの意味を考えていたのだが、それはたぶんこういうことだ。

総理大臣の小泉純一郎が、終戦記念日靖国神社を参拝する。当然、日中関係や日韓関係はこじれる。そのツケを後任者(安倍晋三)が払わされることになる。だから、今はおとなしく「日中友好」「日中の互恵関係」のことだけを話しておいて、総理大臣になったらまず中国・韓国を訪問した方が良い。そうしておいた方が、そのあとあなたが思う通りの政治がやりやすくなる。そういうアドバイスをした人間がいて、その助言を安倍晋三が受け入れた。そういうことだろう*2安倍晋三の訪中は、総理大臣就任直後、2006年10月8日から9日にかけてのことであった。小泉の靖国参拝から2か月も経っていない。

つまり、小泉の靖国訪問があったから、安倍晋三は「ナショナリストではなくリアリスト」として振る舞わざるを得なかったに過ぎないということだ。もともとは小泉と同じことをやりたかった安倍晋三がついに宿願を果たしたのが、昨年暮の靖国参拝だった。

第1次安倍内閣が「改正教育基本法」「国民投票法」「防衛庁の省昇格」などの一連のナショナリスティックな政治を行ったものの経済政策をおろそかにして「消えた年金」問題から自滅したあと、安倍政権の政治を否定する政治を行った福田康夫が「火消し」を行った。私は、短命政権続きの近年の自民党政権にあって一番マシだったのが福田政権だったと思っているのだが、2008年9月1日に福田康夫が政権を投げ出した時から、日本の「混迷の時代」が始まった。麻生内閣の成立、政権交代民主党政権の混迷を経て、再度の政権交代で、一度は滅びたはずの安倍政権が復活してしまった。そして、第1次内閣時代に果たせなかった靖国参拝をようやく果たしたのだが、この安倍晋三靖国参拝によって日本の国際的地位にのしかかってきた悪影響が、このところ日々明らかになりつつある。

それにつけても呆れ返るのは日本の外務官僚の無能さである。2006年に松本健一安倍晋三に対して持った印象を、そのまま7年半後まで墨守していたのかと呆れる。安倍晋三に限らず、小沢一郎なども典型的な例だと思うが、取り巻きの意見によって行動を大きく変える政治家は少なくない。だから政治家を評価するのに、その時々の言動だけを切り取って論じてもしょうがないのである。政治家の周りにはどんな取り巻きがいて、どのような考え方を政治家に吹き込んでいるのか。そこらへんまで踏まえて分析する能力が、現在の官僚たちには著しく欠けているようだ。

2012年9月に野田佳彦尖閣諸島の国有化を決定したが、松本健一はこれを

外務官僚が「国が管理しているほうが日中関係の障害にはなりません」と説明していたとはいえ、野田首相の外交感覚のなさを物語っていた。

と評している*3 *4。しかし、安倍晋三を「ナショナリストではなくリアリスト」と評した松本健一自身は、本のあとがきを書いた2週間後に安倍晋三が引き起こした靖国参拝騒動を予想し得ていただろうか。

それにしても、「尖閣を国が管理しているほうが日中関係の障害にはなりません」とか「安倍首相はナショナリストではなくリアリストだから、大丈夫、靖国には参拝しません」とか、外務官僚は一体何をやっているのかと怒りを覚える。政治家の劣化も激しいけれども、外務官僚の劣化も負けず劣らずひどいのではないか。外務省は、他の省庁と比較して縁故採用の弊害がはなはだしいと聞くが、体質を抜本的に改めるべきではないか*5

政界においても、かつて小泉純一郎靖国参拝のストッパーになった安倍晋三*6や、その安倍晋三が本性をむき出しにして行った悪政三昧のストッパーになった福田康夫に相当する役割を果たす人間が現れなければならないのだが、そこで思い出すのは「第2次安倍内閣発足によって、日本は批判者が絶え果てた『崩壊の時代』に入った」という歴史家・坂野潤治の言葉であった。

*1:星浩は現在はお役御免になって「特別編集委員」という肩書き。毎日の岸井成格みたいなもの。

*2:そして、外圧を沈静させたあとに、やりたいことをやる。それが第1次安倍内閣最大の悪行である「改正教育基本法」の成立だった。

*3:松本健一『官邸危機』(ちくま新書, 2014)183頁

*4:なお尖閣諸島の国有化は、朝日新聞も社説で推奨していた。石原慎太郎に介入されるリスクがリスクがなくなるという理由で、私もうっかりこれを真に受けた記事を当日記に書いたことがある。尖閣国有化を中国が日本を非難すると、朝日は「靖国国有化の真意を中国は理解していない」と中国を批判する社説を出した。

*5:もっとも外務官僚の劣化が今に始まったものではないことは、孫崎享トンデモ本『戦後史の正体』なんかを読むとよくわかる。

*6:私が安倍晋三を評価するのは、2006年10月の訪中・訪韓の一点に限る。他の件については安倍晋三をほとんど評価しないが、第2次内閣になってからだと、オバマがやろうとしたシリア空爆に反対したことは、数少ない例外として評価する。