kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

兵庫県芦屋市長選で当選した灘高−東大中退−ハーバード大卒という経歴を持つ高島崚輔氏(26)についてはよくわからないが‥‥

 兵庫県芦屋市長選で、灘高−東大中退−ハーバード大卒という経歴を持つ高島崚輔(しゅんすけ)という26歳の候補が当選した件だが、どういう人なのかよくわからない。

 一つだけ確実なのは、この人に負けた現職の伊藤舞という女性市長がろくでもなさそうな人だということだ。神戸新聞の記事についたヤフコメに下記のコメントがあった。

 

news.yahoo.co.jp

 

伊藤舞市長の演説を見ましたがあれでは落選すると思いました。日替わりで自民党、維新や市議会議員が応援。応援弁士の話の方が長い。

 

最終日は「私の選挙が厳しいから三木けえ議員が応援に来て下さいました」。厳しくなかったら呼ばないの?と突っ込みたくなりました。「未来を作る~いとうまい♪」と声出ししながら桃太郎をするのも何だか...。

 

URL: https://news.yahoo.co.jp/profile/comments/16822982685121.8305.00047

 

 選挙で伊藤市長を応援したという、三木圭恵と書いて「けえ」と読ませる名前があまりにも特徴的なために、2010年に初めて知った時以来この名前が忘れられないが、この人は芦屋や西宮より少し北にある三田(さんだ)市議会で議員をやっていた維新の人だ。しかも単なる新自由主義者ではない。もともとは「たちあがれ日本」に属していた凶悪な極右政治家だ。三木は維新の党が分裂した時に当初は石原慎太郎系の太陽の党に行こうとしていたが結局維新の会に入った。出身は三田ではなく西宮らしいが、その西宮と芦屋を選挙区とする兵庫7区はいくら地元出身とはいえこんな極右人士を選挙区で当選させるまでに落ちぶれたのか、阪神間モダニズムも今は昔かと驚き呆れた。一昨年の衆院選でのことである。その三木に応援されたのだから伊藤市長もおそらく維新に近い人で、芦屋市議会との関係が悪かったというのも自民党に邪魔されていたものと思われるが*1、上記ヤフコメによれば自民党の人も現職の応援に来ていたというから、おそらく最近関西でよくある自民の分裂が芦屋市でもあったのではないかと勝手に想像している。

 しかしその伊藤市長が高島候補にダブルスコア近い大差で敗れたという。芦屋市長選の得票は芦屋市のサイトで確認できるが、高島19,779票に対して伊藤11,981票だった。

 

www.city.ashiya.lg.jp

 

 どうやら伊藤市長が維新に近い人だったらしいので、市長の落選には「ざまあ」と思ってしまうが、当選した高島氏の思想信条だの政策だのはさっぱりわからない。下記は愛知県民と思われるまことん氏のツイート。

 

 

 まあ現職の市長もろくでもなさそうなので仮に「セレブに優しく、低所得者に厳しい市政」をやったとしてもおそらく前任者と大差ないのではないかと思われるが、下記デイリー新潮の記事を見ると、やはり懸念を持ってしまう。

 

www.dailyshincho.jp

 

灘高、東大、ハーバード卒「26歳」の史上最年少市長 当選の裏に華麗なる応援団がいた

20230426

 

 423日に投開票された統一地方選で「史上最年少市長」が誕生した。兵庫県芦屋市の新市長となった高島崚輔氏は、現在26歳。現職市長の伊藤舞氏(53)ら3人を破って当選した裏には、輝かしい経歴の中で得た強力なバックの存在があった。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

 

市長はカッコいい仕事

 

 午後8時の開票開始時間には既に当確の報が入った。

 高島氏は「多くの人に支えていただき感謝しかない。市民の皆さんと対話を重ねながら芦屋を世界一住みたいと思ってもらえるような街にしたい」と話した。史上最年少市長となったことについては「当選したからには若さは関係なく、結果がすべて。期待に応えられるように全力を尽くします」と決意を述べた。

 高島氏の経歴を振り返ろう。

 高島氏は、芦屋市生まれではない。19972月に大阪府箕面市に生まれ育ち、超名門の灘中学校・高等学校兵庫県神戸市東灘区)に「箕面から1時間半かけて通いました」(本人談)。高校では生徒会長をしていたというから、リーダーシップを持つことには十代の頃から価値を置いていたようだ。

 2015年、東京大学に合格したが、半年で中退。同年9月から、米ハーバード大学に進んだ。同大学では大学からは給付型奨学金を受け、ソフトバンクの「孫正義育英財団」の奨学金も受けていた。環境工学を専攻し、昨年卒業した。

 学業のかたわら、2016年からは海外留学などを支援するNPO法人「留学フェローシップ」の理事長に就任。文部科学省ユニクロ社長の柳井正財団、江副(えぞえ)記念リクルート財団と協同して海外留学や進路開拓を支援している。2017年からは外務省・経済産業省インターンで芦屋市を度々訪れていた。

 芦屋市を訪れるたびに「世界一住みやすい環境の街にできると感じていた」という。その頃から、市長選挙に出る準備を進めていた。

「学校の試験の前には友達に貸してくれと言われて自分のノートをよく貸していました」というから、人一倍真面目に授業を受けていたのだろう。痩身だが、高校や大学ではラグビーに熱中したという。

 政治に関心を持ったきっかけについては、「高1の時に箕面市30代の市長に会って長く話を聞いた時だった。カッコいい仕事だと思いました」と明かす。

 ちなみに、高島氏は3人兄弟の長男で、二男(23)は甲陽学院院高校(西宮市)を卒業して現在、カナダのブリティッシュコロンビア大学に留学中。三男(17)は灘高校3年生だという。

 

灘高OBらの支援

 

 全国市長会によると、これまでの最年少市長の当選記録は1994年に東京都の武蔵村山市で志々田浩太郎氏が市長に当選した時の2711か月。高島氏は、262か月で当選した。

 22日の土曜日、JR芦屋駅北側での街頭演説に応援に駆け付けていたのは大阪府四条畷市長の東修平氏だった。京都大学出身の東氏は、20171月に28歳で市長に初当選している。

首長選挙はあまり若いのはマイナスになることが多いですが、私は若いことを強調しました。高島さんとは4年ほど前からの知り合いですが、1年ほど前からは頻繁に会って、(選挙では)若さを強調した方がいいとか、アドバイスしていました。(高島氏は)本当に情熱的で沈滞していた芦屋も変わると思います」(東氏)

 東氏の助言通り、街頭演説では「高島崚輔」と名乗った後に、必ず「26歳」を付け加えていた。

 緑色のアノラック姿で高島氏の応援のボランティアをしていた年配男性に聞くと「これまでは(現職の)伊藤舞さんを応援していた。彼女は悪いことはせんけど、もう一つ物足りない。思い切って高島君を応援することにした」と話した。

 別の男性は「神戸大学の先輩である江崎グリコの社長(勝久氏・昨年4月から会長)から応援を頼まれた」と話す。1984年に大騒ぎになった江崎グリコ社長誘拐事件で誘拐された江崎氏は灘高の出身で、現在は芦屋市の高級住宅街に暮らす。

 ロート製薬(本社・大阪市)の山田邦雄社長も高島氏を強く応援している。同社長も灘高の出身で芦屋市に暮らす。

 高島氏の大きな強みは、長年、東大合格者数でトップを誇ってきた灘高OBにこうした企業トップや役員らが多いことだろう。

 

もっと芦屋らしい街に

 

 高島氏は、大規模な演説集会をあまり行わなかったが、こまめに少人数の対話集会を繰り返した。その上、TikTokなどSNSを駆使して発信してきたことが支持につながった。

 投開票日の前日23日の土曜日に午後から開かれた、南芦屋浜の集会場での対話集会を覗いてみた。高島氏は、JR芦屋駅の北側はよく整備されているが、南側は開発が遅れていることを指摘。

 ようやく整備されることになったが、「200億円もかけて11階建てのマンションを二棟建てるだけ。これでは普通の街にしかならない。もっと芦屋らしい街にしなければ。今ならまだ市は契約を結んでいないから間に合う」などと訴えた。

 後半は参加者の意見に熱心に耳を傾ける姿が印象的だった。

「芦屋の市役所の職員で芦屋市に住んでいる人は2割しかいないんですよ。そんなことで市民のことがわかるはずがない」と訴える女性もいた。また、「娘が小学校1年生の時に担任が3人も変わったんですよ」と訴える子連れの母親も。

 とはいえ、集会はそれほど多くの人が来ていた様子ではなく参加者は十数人だった。

 終了後、筆者が「若い人が政治家になりたいのなら普通は市議などから始めるのでは?」と聞くと、高島氏は「市議会議員と市長はやることが全く違います。市議が市長のためのステップではありません。市長として芦屋のための政策を打ち出していきたい」と話していた。

 

高級住宅街のイメージも高齢化の問題

 

 芦屋市は、東京の田園調布(大田区)などと並び称せられ、昔から、阪神間の高級住宅街の代名詞のような存在で、面積は狭いが六甲山麓から海まで南北に伸びる。昔から大阪で成功した大企業の社長、役員などが芦屋に居を構えることが多かった。芦屋に住むことは阪神間の住民の憧れでもありブランドでもあった。

 それを十分に意識した市は、パチンコ店の出店や、飲食店や商業施設などの派手な看板を禁じるなどして「高級住宅街」のブランドを守らんと様々な政策を 打ち出していた。2006年頃には、六麓荘(ろくろくそう)という芦屋市屈指の高級住宅街の自治会が「環境が悪くなる」との理由で400平方メートル以下の土地の売却を禁じたりしたことが話題になった。

 ブランド化は成功したかもしれないが、実際には急速な高齢化の問題に直面している。また、20189月には台風による高潮で芦屋浜の住宅街が軒並み浸水するなど思わぬ災害にも見舞われ、災害対策も急務になっている。

 高島氏もこう指摘する。

「この6年で30代、40代の人は5000人も減っているんです。芦屋市は高齢化が急速に進んでいるのに30代や40代の介護関係者はみんな大阪などに出てしまうんですよ。原因は彼らの待遇が悪いからなんです」(高島氏)

 そして、市長としての夢をこう語る。

「市政が一番、政治を身近に感じることができるし、それを実行するのが市長の立場です。芦屋を世界一住みやすい国際文化住宅都市にしていきます」

 芦屋市は、1991年に全国初の女性市長(北村春江さん・故人)を誕生させた先駆的な市でもある。史上最年少市長が、30歳までの一期で何を実現させるかが問われる。

 

(デイリー新潮より)

 

URL: https://www.dailyshincho.jp/article/2023/04260602/

 

 高島氏を応援したという東修平四條畷市長も2017年1月の市長選に28歳で立候補して、大阪維新の会の応援を受けた現職の土井一憲を破り、2020年12月の市長選でも土井元市長の息子である土井一慶を破って再選された。

 高島氏は灘高OBだの関西の大企業の社長だのに応援された点は引っかかるが、実は多少は「敵の敵は味方」的な気持ちもある。それは、高島氏自身が維新の息がかかったと見られる現職芦屋市長を破ったと思われるばかりか、高島氏を応援した東市長(京大大学院で原子核工学を研究した人らしい)も2度の選挙で維新推薦の対立候補を破っている。もしかしてもしかしたら、維新的な新自由主義とは一線を画した市政を行なって、維新を「過去のもの」にしてしまう可能性もあるのではないか、そしてそれが関西における維新の土台を崩すきっかけになる可能性もあるのではないかと、つい思ってしまうのである。

 芦屋を含む阪神間には被差別部落や在日外国人部落も点在する。芦屋には「金持ちの街」というイメージに反する側面もかなりあるはずだ。少年時代に西宮(夙川のあたり)と芦屋(阪神芦屋駅の近く)に住んだ村上春樹は、京都からやってきた「よそ者」だったために、もとから住んでいた地元の人なら知っていたそのあたりの情報を知らずに同級生の女子を傷つけてしまったり、作家になってからも部落差別に関する無知を中上健次に怒られたという話をエッセイに書いていた。新市長も「箕面(みのお)の山猿*2」らしいから、芦屋のそういう側面はあまり知らないかもしれない。そのあたりにまで気を配った市政ができるかどうかも新市長の課題になるだろうか。

 以上、子ども時代には阪神間や神戸市東部に住んでいたものの、兵庫県を離れて43年になる人間がろくすっぽ知りもしないで勝手な推測に基づいて記事を書いてしまった。記事中に含まれているであろう誤りを指摘していただければ幸いだ。

*1:2019年の芦屋市議選当選者は自民4、公明3、共産3、維新2、立民1、新社会1、無所属7だった(https://www.city.ashiya.lg.jp/senkyo/310421/shigi_tokuhyoujun.html)。今回の市議選では自民4、公明3、共産3、維新3、立民1、新社会1、無所属6で、維新は1議席増やしただけだが得票は大幅に増えている(https://www.city.ashiya.lg.jp/senkyo/r050423/shigi_tokuhyoujun.html)。さらに遡って調べてみると、伊藤舞は2007年から芦屋市議を3期12年務め、2019年に自民党推薦の幣原都を破って芦屋市長に就任していた。芦屋市議会でもっとも議席の多い自民党市議団との折り合いが良くなかったことはほぼ間違いないだろう。

*2:私の少年時代には「箕面といえば猿」というイメージだったが、現在は猿への餌やりが禁止されたために猿は山に帰り、町中で猿を見ることは稀になったらしい。