kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

菅直人が「第三の道」の解釈を変更? & 主張に一貫性のない渡辺喜美

今朝の『サンプロ』の党首討論だが、一つ面白いところがあったことを書き忘れていた。

それは、菅直人が「第三の道」を言い出した時のことだ。私は、またしても新自由主義社会民主主義の中間を行くと言い出すのかと思ってがっくりきそうになったが、菅の言葉はそうではなかった。

菅の言う「第一の道」とは、道路建設などの公共事業などで景気を浮揚する政策で、「第二の道」として、「小泉さんや竹中さんが言った、そして渡辺(喜美)さんは今でもそうかもしれないけれども」と言いながら、新自由主義政策を挙げた。そして、菅が言った「第三の道」の政策とは、環境技術によって新たな需要を創設する政策なのだった。なぜか、「グリーン・ニューディール」という言葉は用いなかったが、それを指していることは明らかだった。隣に座っていた社民党福島瑞穂党首も大きくうなずいていたが、環境政策はもともと社民党の売り物である。私は、このところの亀井静香との論戦などによって、菅直人にかなり失望していたのだが、この発言は良かった。菅直人もなかなか良いことを言うじゃないかと思った。何より、さりげなく従来の「第三の道」の解釈を変更したのが良かった。

一方、株を下げたのが渡辺喜美である。渡辺は、予算の規模が小さいとか、公共事業が削減されているなどと批判していたが、これは、菅直人の言うところの「第一の道」の立場からの批判である。しかし、従来渡辺の「みんなの党」がウリにしていたのは「官僚叩き」であり、無駄を削れという新自由主義路線から少し前までは自民党を批判していたはずであり、現に菅直人からも新自由主義者呼ばわりされていた。どうも渡辺喜美の主張には首尾一貫したところがない。ただ単に威勢が良いだけである。

こう感じるのは私だけではないらしく、東谷暁著『エコノミストを格付けする』(文春新書)でも、渡辺喜美は下記のように酷評されている。

どうしても納得できないのは、『週刊文春』2003年3月13日号では、竹中平蔵氏たちのアメリカ金融界とのつながりを批判していたはずなのに、2008年になると政府系ファンドをつくって、アメリカの金融界に資金を回せと主張するようになることだ。渡辺氏はしばしば瞬発力を見せるいっぽうで、その主張に継続性と一貫性がない。

東谷暁エコノミストを格付けする』(文春新書、2009年) 236頁

渡辺喜美など、しょせん世襲のオポチュニストに過ぎないということだろう。だから、そこを小沢一郎に見透かされて、連立政権入りすることができなかったのではないか。おそらくこのまま朽ち果てる運命にある政治家なのではなかろうか。