いかに大連立話が進んでいようと、国会議員は皆「自分の議席が第一」だ。だから人気のある橋下徹に次々と人がなびいて、徹くんのハートを射止めるために仲良しだった2人がひどく仲違いしたりする。
民主党の連中は皆「早期解散反対」で、自民党は「早く解散しろ」だ。自民党としては橋下新党が大々的に出てきたり、原発依存度の目標設定の議論がさらに高まらない今のうちに解散させたい。一方の民主党の連中はできるだけ先延ばししたい。「野ダメ」(野田佳彦)が自民党に打診したという「10月解散」は、自民党にとっては遅すぎ、多くの民主党議員にとっては早すぎる。だが、ずるずる解散を先延ばしにした末路を麻生太郎政権に見ている民主党執行部は「10月解散」を選択するだろう。しかもこの選択肢は自民党と民主党一般議員の願望のちょうど中間に位置する。
実際問題、総選挙で民主党が勝とうとするなら、4年前に自民党政権がやったように、9月1日に「野ダメ」が突如辞意を表明し、民主党代表選に向けての論戦を大々的にマスメディアに宣伝させた揚げ句に、新首相が臨時国会の冒頭に解散するのが一番良い。これが2008年秋の麻生太郎の「ウイニングストラテジー」であり、そのシナリオの一部は現朝日新聞政治部長の曽我豪が書いたものかもしれないが、あの当時、自民党が「負けを最小限にとどめる」ためにはこの手しかなかった。当時、「自民党はうまいこと考えたなあ」とうなったものだ。
しかし、当時自民党の内部調査で、「それでも解散総選挙をやれば自民党は負けて下野する」という結果が出たため、これに青ざめた「サメの脳みそ」の異名を取る長老議員が麻生太郎首相(当時)の足を引っ張って解散を阻止しようとした。総理大臣にはそんな圧力をはねのけるだけの権力があることは2005年に小泉純一郎が証明しているのだが、ヤクザ者の小泉と違ってボンボンの麻生にはそれだけの胆力がなく、森喜朗らの言いなりになって解散を先延ばししてしまったため、自民党は翌2009年の総選挙で歴史的惨敗を喫した。あの2008年秋に麻生太郎が側近の書いたシナリオ通りに解散していれば、それでも自民党は負けたとは思うがあんな大惨敗にはならなかったはずだ。
当時私は「反自民」ながら、「自民党がダメージを極力軽減しようと思ったら、今(2008年秋)の解散しかない」とブログに書いたものだったが、コメント欄で自民党びいきと思われる人から、解散を先延ばしすると民主党候補の資金がショートしてしまうから、自民党政権は彼らを「兵糧責め」にしているのだ、というしたり顔のコメントをいただいた。それがとんでもない見込み違いであったことは、2009年総選挙の結果が証明した。
たぶん今の民主党も2008年の自民党と同じで、代表選で新代表に代わって解散総選挙をやったとしても、総選挙には負ける。だが、それでも負けは最小限にとどまるし、来年の参院選の頃には間違いなく政権与党である第一党への批判が強まっている。一方、解散を延ばしに延ばして来年に衆参同日選挙なんかをやった日には、民主党は遠くない将来完全に消滅すると誰もが確信するほど壊滅的な歴史的惨敗を喫することになる。
10月解散、11月上旬の総選挙あたりが妥当な線ではないかと私は思うのである。それも、仮に「野ダメ」の路線を改めて「脱原発」を掲げた新政権による解散総選挙であれば、民主党は思わぬ「善戦」をする可能性さえあるのではないか。