kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

北澤宏一『日本は再生可能エネルギー大国になりうるか』を読む

下記は政権再交代前の最後に読んだ本ということになるのか、それとももう1冊くらいは読むことになるか、それはわからない。



半年ほど前に出版された本のようだが、私は全然知らず、つい最近本屋さんの目立つところに置いてあったので買い求めた。

著者は超伝導を専門とする科学者で、1986〜87年の高温超伝導フィーバーで注目された。私はその当時から名前を存じ上げていたが、一般的には東電原発事故の民間事故調委員長として名前が知られているのではないか。

もともと著者の専門は超伝導だから、本のタイトルになっている再生可能エネルギーの話は、今ではあさっての方向に行ってしまった飯田哲也の本にでも出てきそうな内容で、それほどの新味はない。むしろ、民間事故調委員長としての経験を語る前半の方が話が生々しく、興味深かった。

既に新聞などでも報じられたことだが、東電福島第一原発4号機の使用済み燃料プールの水が、かなり蒸発してしまっているはずだと思われたのがそうはならなかったのは、たまたま、隣に位置していた燃料棒を抜き差しする時に使うプール(原子炉ウェル)から、使用済み燃料プールに水が漏れ出てきていたらしく、これは原子炉ウェルの隔壁がずれてしまったために起こった偶然だったこと、その原子炉ウェルの水も、本当なら地震の日には工事のために水が抜かれているはずだったのに、道具が揃わずに工期が遅れていたために水が抜かれずに済んでいた*1。この偶然がなければ、首都・東京を含む東日本には人が住めないほど放射能汚染が拡大していたとされるから、あの東電原発事故がいかに恐ろしいものだったかどうかがわかる。


著者は書く。

 唐突に見えた菅直人首相(当時、以下役職は当時のまま)の、震災翌日早朝の福島原発の訪問や、「東電撤退を許さない」とした東電本店での演説、自衛隊ヘリによる上空からの原子炉建屋に向けた散水支持、さらには事故後1ヶ月半を経ての中部電力浜岡原発に対してなされた運転停止要請などは、過密に配置された原子炉群に対して、「このままでは国がもたないかもしれない」という大きな危機感がわかって初めて理解されることです。

(北澤宏一 『日本は再生可能エネルギー大国になりうるか』(ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2012年)39-40頁)


今も議論になっている、東電の福島第一原発からの撤退について、著者は東電は本当に逃げ出すつもりだったのを、当時の首相・菅直人が檄を飛ばして撤退を阻止したのが事実だったと考えている。結果的に、「フクシマ50」が現場に残ることになったが、著者はこれを「今回の事故における(菅)首相の最大の功績だったのではないかと思われます」*2と評価している。私も、あの3月15日の東電本店における菅直人の行動と、のちに浜岡原発を止めたこと、それにのちに小沢一郎民主党代表選候補に担がれた海江田万里経産省官僚と結託して企てた玄海原発の再稼働を停止したことが、東電原発事故関連の菅直人の「三大功績」だろうと考えている。菅直人の首相時代には他に目立った功績はなく、ほとんど原発事故対応関連にのみ菅の功績が集中していると思うが、世間一般の評価は私の意見とは全く異なっている。


もっとも、著者は菅直人を手放しで評価しているわけではない。下記のように批判もしている。

 本来は、原子力安全・保安院原子力安全委員会がもっとしっかりと体制として機能すべきだったのです。しかし、それが機能しなかったことはたしかです。

 機能しない体制がまかり通っていた時に、原発事故が起きた。このことは、菅首相の責任ではありません。長年の日本の問題でした。

 菅首相にとっては、ある意味、不運なことでしたが、実は、危機を迎えた時こそ、一国の政権は国民の支持を取り付け、統率力を強めることが可能です。そのような兆候が今回は見られなかった。むしろ、全体として国民の支持を低めてしまった。政権の危機対応としては、総合的には失敗したといわざるを得ません。

(北澤宏一 『日本は再生可能エネルギー大国になりうるか』(ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2012年)61頁)


この論評にも私は同感だ。以前にも何度か書いたかもしれないが、菅直人は私にとって「上司に持ちたくない」人間の代表格であって、上記の批判は菅直人の不徳の致すところ、といえるように思う。

もっとも、当時与野党菅直人の足を引っ張った人間がいたことも忘れてはなるまい。


東電原発事故の2か月後、本書の著者・北澤宏一はこう言っていた。
http://scienceportal.jp/highlight/2011/110525.html

日本学術会議東日本大震災対策委員会の「エネルギー政策の選択肢分科会」は5月11日に第1回の会合を持ち、「従来の枠にとらわれずエネルギー政策を抜本的に見直すきっかけをつくる。活動期間は2カ月」を申し合わせた。以下の4つの選択肢案を設定し、検討を始めた。

  1. 直ちにすべての原子炉を停止する。民生と産業への影響の大きさを推測、今後5年程度の社会変化を予測する。
  2. 電力の30%を再生可能エネルギーと省エネで賄い、原子力による電力を5年程度で代替する。国民生活のシナリオを考える。
  3. 20年程度で電力の30%を再生可能エネルギーでまかない原子力電力を代替する。国民生活のシナリオ変化を考える。
  4. 原子炉を国民に受容される安心・安全なものとして再提起し、将来における中心的な低炭素化エネルギーに位置づける。その発電コストの変化を考える。


日本が風力、小水力、バイオマス、地熱、太陽光、波や海洋などの自然エネルギーを拡大しないのは、電力料金が上がって国際競争力を失うから、というこれまでの通説は妥当だろうか。2010年に世界の自然エネルギー発電設備容量は381ギガワットとなり、原子力発電を上回った。風力発電の設備容量だけでも原子力発電に近づいている。世界の自然エネルギー投資は2010年に20兆円とこの3年で5倍に増えた。原子力発電推進に熱心とみられていた中国が、再生可能エネルギー投資で世界一になった。再生可能エネルギーに対する熱が冷めている日本の投資額は、欧米諸国、中国、ブラジル、インドより下回り、世界20位以下となっている。

一方、日本の貿易黒字はこの25年間、毎年平均10兆円あり、海外投資の正味蓄積額が2009年で276兆円と世界最大になっている。このまま海外投資だけを続けると、とめどなき円高になり、国内から製造業が海外に逃避し、失業が増え、税収も落ち込む。海外投資の一部を国内投資に振り向けるよう国内に『もうかるメカニズム』をつくるべきではないだろうか。

日本の電力費は、年約15兆円で、このうち原子力発電は約4兆5,000億円、GDP(国内総生産)の0.9%だ。娯楽費は年約100兆円でGDPの20%を占める。「クリーンな電力は国民の楽しみ」と捉えたら、とたんに安い出費と言えるのではないか。

「エネルギー政策の選択肢分科会」の役目は、検討結果を示し、国民にどれを選ぶか選択してもらうことだ。ただ、個人的な見通しを聞かれたら、菅政権の現在の対応からみると、選択肢1(直ちに脱原発)と選択肢2(5年で卒原発)の中間のスピードで動き始めているようにみえる。


この北澤氏の発言は、昨年(2011年)5月20日になされている。菅直人が当時早期の「脱原発」に傾斜したのは、何も人気取りのためではなく、日本、とりわけ東日本が致命的なダメージを受けて、日本といういう国がダメになってしまうかもしれないという恐怖の中で政権運営しなければならなかったことに起因することは間違いない。ところが、北澤氏が上記の発言をした昨年5月下旬、自民党公明党が菅政権の不信任案提出の動きをしていた。そして、政権与党からその火に油を注いでいた人間がいたのである。

首謀者は2人いた。1人は今回の衆院選に立候補せず引退したが、立候補していても苦戦が予想される菅直人どころではない、お話にならない惨敗を喫して落選したであろうことは間違いない。もう1人は、なんと「脱原発」を旗印にする政党の一兵卒らしいが、昨日だったか朝日新聞が報じたところによると、脱原発派の間でもこの政党の人気は低いらしい。そりゃこの件に限らず一兵卒が過去にやってきたことを思えば、誰もそんな人間が影で仕切っている政党など信用できないのは当然だ。

もっとも、「なんちゃって脱原発」政党は不振が伝えられているが、上記内閣不信任案が否決されて間もない頃、ガセネタを元に菅直人を「万死に値する」と詰った当時野党第一党のゴロツキ政治家が次期総理大臣就任、というか復帰は間違いないらしい。そんなゴロツキの極悪さと比較したら「剛腕」センセイの悪行などかわいいものかもしれない。

なお、私は今回の衆院選における菅直人の当落はどっちでも良いと思っている。もはや民主党内で影響力を完全に失った菅は、むしろ落選して在野の脱原発運動家に転身した方が良いのではなかろうかとさえ思う。


東電原発事故と菅直人の話はこれくらいにして、少しだけ本の後半の再生可能エネルギーについて触れておく。

本記事の最初に、本の後半に関しては新味に乏しいと書いたが、それでも目を開かされた記述もあった。

それは蓄電池の話で、再生可能エネルギーの比率が20〜30%くらいに達するまでは、蓄電池によって電力を平滑化しなくても問題ない、火力発電や水力発電を吹かせば調整できるとドイツが言っていたという件だ*3。ドイツのこの回答に、著者は驚いたという。なぜなら、日本では電力会社の宣伝によって、高い蓄電池をかませなければ電力を平滑化できないから再生可能エネルギーはコスト的に不利だと宣伝されていたからだ。確かに昨年、テレビの討論番組でも原発推進派の論者はしきりにそう言っていた。

もちろん再生可能エネルギーの比率が20〜30%を超えると蓄電池の技術が必要になる。しかし、この分野は日本がもっとも得意とする分野である。R&D(研究開発)マインドがすっかり冷え込んだ日本のメーカーだが、今でもこの分野には力を入れている。うまく再生可能エネルギーを成長させることができれば、その先には日本にとって大きなチャンスがあるかもしれない。

ここで懸念されるのは、間違いなく間もなく成立する第2次安倍晋三内閣である。政権再交代なった安倍政権が、原発再稼働を次々と敢行すれば、日本の再生可能エネルギー関連産業の成長の芽を摘む。世間ではどういうわけか、安倍晋三が政権に返り咲いたら日本の景気が良くなるような噴飯ものの宣伝がなされているが、私は間違ってもそんなことにはならないと予想している。2013年の日本経済は現在の気候のように寒々と冷え切ったまま、底を這う状態で推移するに違いない。


最後に、この本を読んでもっとも意外というか、良い意味で予想を大きく裏切られたのは、日本の科学界のメインストリームにいるというイメージのあった著者が、東電原発事故に遭遇して、それまで「再生可能エネルギーなんてまだまだオモチャにすぎない」*4と思っていたという考えを改め、いまや大の「脱原発再生可能エネルギー推進」論者になっていたことだ。それほど、東電原発事故と民間事故調委員長の仕事はインパクトが強かったのだろう。

新総理になるであろう安倍晋三には、それでも原発を維持(あるいは推進)しますか、と問いたい。

*1:本書38-39頁

*2:本書60頁

*3:本書200-201頁

*4:本書190頁