kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

安倍晋三もクルーグマンを見習って再分配も重視しろよな

最近、いわゆる「アベノミクス」を(皮肉混じりながら政策自体としては)評価していることが喧伝されるクルーグマンだが、昨年12月に下記のようなコラムを書いていた。


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34665

金持ちには応分の負担を、そして労働者には適切な賃金を


繁栄には最高所得層の税率を下げることは必要なのか?

 懐かしいクリーム入り小型ケーキ「トウィンキー」が売りだされたのは1930年代のことだ。時代の象徴のようなこのスナック菓子の製造元である老舗製菓会社ホステス社の名前は、子供向けTV番組「ハウディ・ドゥーディ・ショウ」のスポンサーとしてトウィンキーを人気商品にした1950年代と結びついて、これからもずっと記憶されてゆくだろう。そして11月21日、ホステス社が経営破綻したことは、団塊の世代にとって、今より一見イノセントに見える時代への強い郷愁をかき立てている。

 言うまでもなく、実際にはあの時代はイノセントな時代とは言いがたいのだが、トウィンキーが象徴する1950年代は、21世紀にも通ずる教訓を与えている。とりわけ第二次大戦後のアメリカ経済の成功は、今日の保守本流の考えとは裏腹に、繁栄は労働者をいじめたり、金持ちを甘やかしたりすることなく実現可能だということを立証している。

 富裕層への税率の問題を考えてみよう。現代アメリカの右派と大多数のいわゆる中道派は、『経済成長には最高所得層の税率を低くすることが必須』という考えに取りつかれている。

財政赤字の削減計画策定の共同責任者だったアースキン・ボウルズ(クリントン政権の首席補佐官)とアラン・シンプソン(元上院議員共和党)の2人が、結局『指針』として『低税率』を掲げることに終わったことを思い出してほしい。

質素だった1955年の経営者たちの生活

 しかし1950年代には、最高所得層に適用される税率区分の最低税率はなんと91%だったのだ。一方、企業利益への税率は、国民所得比で見ると、近年の2倍だった。そして1960年頃、アメリカ人の上位0.01%は、現在の2倍に当たる70%以上の実効連邦税率を支払っていたと推定される。

 当時、富裕なビジネスマンが担わなければならない重荷は、高い税金だけではなかった。彼らは、今日では想像しがたいほどの交渉力を持つ労働者にも向き合わなければならなかったのだ。

 1955年、アメリカの労働者の3分の1が組合員で、巨大企業での労使交渉は双方対等であった。企業は単に株主に奉仕するのではなく、一連の『ステークホルダーズ(利害関係者)』に奉仕するもの、という考えが一般的ですらあった。

 高い税金と、強権を与えられた労働者に挟まれて、当時の経営者は、前後世代の経営者の水準からみると比較的貧しかった。

 1955年にフォーチュン誌は、「重役たちの暮らしぶり」という記事を掲載し、その中で昔に比べて彼らの生活がいかに質素になったかを強調している。広大な邸宅、大勢の使用人、巨大なヨットという1920年代の光景は姿を消し、典型的な重役はこじんまりした郊外の家に住み、手伝いはパート、持ち船、といってもかなり小さなレジャー用ボートを走らせるだけ、という具合だ。

社会主義」というレッテル張りの愚かしさ

 フォーチュン誌の印象をデータが裏付けている。1920年から1950年にかけてアメリカの上位の富裕層の所得は、単に中間層との比較だけでなく、絶対所得額においても大きくと下落した。

 2人のエコノミスト、トマ・ピケティ(パリ経済学校教授)とエマニュエル・サエズ(カリフォルニア大バークレー校教授)の概算によると、1955年における上位0.01%のアメリカ人の所得は、1920年代の半分に満たず、国民総所得に占める割合は4分の3も下落した。

 今日、大邸宅や大勢の使用人、ヨットは、先例を見ない規模で復活している。そして富豪たちのライフスタイルを妨害しそうに見える政策は、ことごとく『社会主義』という轟々の非難に遭遇するハメになる。

 実際、今回の大統領選でのロムニー候補の選挙運動は、バラク・オバマ大統領による高所得層へのわずかな増税と、数人の銀行家たちの不正な行状への言及が、経済の勢いを削いでいるという前提に基づくものであった。もしそうなら、富豪たちにとってはるかに厳しい環境だった1950年代は、間違いなく経済的危機にあった、ということになるのではないか。

経営者が抑圧された時代にも経済成長は達成できた

 当時、そう考える人々もいた。ポール・ライアン共和党前副大統領候補)や多くの現代の保守派は、アイン・ランドの信奉者である。彼女が1957年に出版した小説「肩をすくめるアトラス」の中で描写した寄生虫的人間がはびこる崩壊状態の国家とは、基本的にはアイゼンハワー大統領時代のアメリカである。

 しかし不思議なことに、フォーチュン誌が1955年に描いた抑圧された企業幹部たちは、不正義に異議を唱えたり、国家への貢献を惜しんだりすることはなかった。フォーチュン誌の記事を信じるなら、彼らはむしろそれまで以上に一生懸命働いた。

 第二次大戦後の重税と強い組合の数十年で特記されるのは、広範に分配された目覚しい経済成長に他ならない。1947年から1973年にかけての中間層の家計所得の倍増は、まさに空前絶後の快挙である。

どちらに郷愁を感じるか。

経済的な正義と成長の両立は不可能ではない

 率直に言おう。今も政治の世界には、少数派や女性が自らの立場をわきまえ、ゲイは固くクロゼットに立てこもり、議員が「あなたは現在あるいは過去において共産党員であったことはありますか?」(編集部注:マッカーシズム赤狩り査問における公式質問)と質問していた時代の再来を望む人々がいる。しかしその他の人々は、そんな時代が去ったことを大いに喜んでいる。

 モラル面で、アメリカは以前より大いに進歩している。ついでに付け加えれば、食べ物だって当時より格段にましになっている。

 しかし、ここに至る途中で、われわれは大事なことを忘れてしまった。それは、経済的な正義と経済の成長の両立は不可能ではないということだ。

 1950年代のアメリカは、金持ちに応分の負担をさせ、労働者には適切な賃金と手当を手に入れる力を与えた。しかし今と当時の右翼のプロパガンダに反し国は繁栄した。そして今、われわれはまた同じ事ができるのである。

(『現代ビジネスブレイブ グローバルマガジン Vol.007』2012年12月7日配信号より)


特に目新しい指摘があるわけでもなく、ごくごく常識的な主張だと思うけれども、自民党は上記のクルーグマンのような主張に対して「それでは頑張った者が報われない」と否定する立場に立ってきた。少なくとも、小泉純一郎が総理大臣(自民党総裁)になった2001年以降はずっとそうだ。

しかし、その自民党が政権に復帰して最初の総理大臣である安倍晋三の経済政策、いわゆる「アベノミクス」を、クルーグマンは「国家主義者」、「世界大戦時の虐殺の否定者」、「経済政策にはほとんど関心がない人物」と留保をつけながらも、「結果的に正しい政策をとっている」と評価している。

それならば、これまで自民党が目の敵にしてきた再分配を重視する政策を、安倍晋三にはとってもらいたいものだ。せっかくクルーグマンにほめてもらっている今がチャンスだと思うのだが。