『百田尚樹『殉愛』の真実』(宝島社)を読む(3) - kojitakenの日記 の続き。今回が最終回。
やしきたかじんといえば、近年では「極右番組(読売テレビ「たかじんのそこまで言って委員会」)の司会者」ということで嫌っていたが、それ以前は70年代後半から80年頃「ラジオのパーソナリティー」というイメージに過ぎなかった。ただ私は笑福亭鶴瓶の番組は聴いていたがたかじんの番組は聴いていなかった。しかし鶴瓶が何かにつけてたかじんの名前を出していたという印象だ。私の上京後たかじんは人気を増したらしい。たかじんが右翼であるらしいことを知ったのは、四国に住んでいた2000年代に例の極右番組の評判が増してきたことによってだった。なんや、たかじんは右翼やったんかいな、と思ったが、角岡伸彦の『ゆめいらんかね やしきたかじん伝』(小学館,2014)によると、たかじんは昔は「左がかった文章」を書く新聞記者志望の高校生だったという。ラジオ番組でも政治の話などしなかった。そんなたかじんが右傾化したのは、あの極右番組に参画していた辛坊治郎あたりの感化ではないかと私はにらんでいる。
- 作者: 角岡伸彦
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2014/09/11
- メディア: 単行本
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さて、「『百田尚樹『殉愛』の真実』(宝島社)を読む」のシリーズで書きたかったのは、百田尚樹の批判だった。しかし、ネット検索でこの連載にたどり着いた方々の多くは、さくら夫人のトンデモぶりに興味がおありなのではないかと思う。それに迎合してというわけでもないが、百田批判をメインにした記事は最後に回した。その理由は、百田の経歴や政治とのかかわりに対するまとまった批判は、本の最後の「エピローグ 作家『百田尚樹』の終わりの始まり」にまとめられているからである。
- 作者: 角岡伸彦,西岡研介,家鋪渡,宝島「殉愛騒動」取材班
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2015/02/23
- メディア: 単行本
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百田は大阪・朝日放送(ABC)の人気番組「探偵!ナイトスクープ」の構成作家を25年以上続けているという。しかしたかじんは90年代に朝日放送の幹部ともめ、以後同局の番組には出演しなかったので、たかじんの生前には百田との接点はほとんどなかった。それどころかたかじんは「探偵!ナイトスクープ」をこき下ろしていたという。この、交わるはずもなかったたかじんと百田の二本の線は、たかじんの線分が途切れたあと、その延長線と百田の線が交わったといえる。
そもそも、首都圏ではどうしても人気をとれないローカル番組の構成作家だった百田が、なぜ人気作家になり、現在では安倍晋三の側近にまでのし上がったか。それは、放送作家には終わりたくなかった百田が書いた3作目の小説『ボックス!』が北上次郎に評価されて2009年の「本屋大賞」の第5位に食い込んだことがきっかけだった(本書317頁)。それで、売れていなかったデビュー作『永遠の0』も講談社文庫入りしたが、その解説を書いたのが児玉清(2011年死去)だった(同315頁)。
児玉清といえば朝日放送制作の「パネルクイズ アタック25」の司会者というイメージが強いが、それとともに右翼的な思想を持つ読書家であることが知られていた。百田は、当時政治的発言はしなかったが、右翼的な思想を持っていたことは、『永遠の0』が特攻隊を美化した小説だとも言われていることから想像できる。「とも言われている」と書いたのは、言うまでもなく私は『永遠の0』だろうが『殉愛』だろうが百田の小説やら「ノンフィクション」(笑)やらは今まで一冊も読んだことがなく、今後も読むまいと決めているからだ。百田の本は、安倍晋三の『美しい国へ』(今は改版されて別のタイトルになっているらしい)と同様に、「読まずに批判すべき本」であると考えている。
さて、児玉清が余計なことをしてくれたおかげもあって人気作家にのし上がった百田尚樹は、民主党の野田政権時代の2012年になって、突如政治的発言を始めた。これ以降、百田の腐った根性がエンジン全開になる。以下本書より引用する。
(前略)『海賊とよばれた男』は大いに売れ、百田氏が書店から「最も売れる作家」としての評価を得たことは間違いない。
そんな百田氏が唐突に「民主党批判」をブチ上げたのは『海賊〜』が出版されたのとほぼ同記事の12年7月のことであった。
百田氏は月刊誌『WiLL』(12年9月号)において、「さらば、詐欺・売国の民主党政権」と題する論文を寄稿。
民主党の情けない体たらくとそれを報じないテレビを一刀両断にするとともに、地元・大阪の橋下徹大阪市長と安倍晋三元首相を絶賛。「安倍晋三再登板に期待する!」とエールを送ったのである。
これに飛びついたのが、同年9月に自民党総裁選を控えていた安倍事務所だった。
「関係者を通じ、安倍サイドが百田氏との対談を打診したのです」
と事情を知る出版関係者は語る。安倍氏の支持層と重なる保守系雑誌『WiLL』で自身の主張を宣伝しようという露骨な「政治利用」対談ではあったが、百田氏は警戒心を抱くどころか、喜々として*1対談に応じ、安倍氏を持ち上げている。(本書320-321頁)
2012年夏といえば、橋下徹の人気のまさに絶頂期。橋下が当時自民党内で冷や飯を食っていた安倍晋三を一本釣りしようとしていたことが朝日新聞の一面トップに報じられたのがこの年の8月15日だった。こういう動きは、新聞に報じられた時点で潰れる。また安倍晋三にとっても極右政党(当時の日本維新の会)の代表程度で終わるつもりはなく、自民党総裁復帰を目指した。自民党総裁選は、石破茂を好まず、「軽くてパー」な石原伸晃を担ごうとした古賀誠や森喜朗ら自民党長老の浅慮が命取りとなり、安倍晋三がまんまと総裁復帰を果たした。
そんな2012年夏に、百田尚樹は突如として「保守論壇」(実体は極右論壇)の論客として名乗りを上げた。露骨に時流に乗ろうとしたのである。ここらあたりに百田の卑小さを感じるが、そんな百田に飛びつく安倍晋三も安倍晋三である。
「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は笑劇として」とマルクスは言ったというが、戦前の極右のアジテーター・蓑田胸喜はそのマルクスを「原語(ドイツ語)で読む男」だった。講壇で『資本論』のドイツ語版を右手に掲げて左手でそれを指差しながら、「マルクスはこう書いている」と言って、マルクス主義経済学者(労農派)をもって任じる帝大教授・大内兵衛のマルクス解釈の誤りを論難したという。
それに対して百田尚樹のよりどころは何か。以下再び本書から引用する。
「世界約200カ国のうち軍隊を持っていない国は27カ国しかない」
「(軍隊のない)ナウルやバヌアツは、クソ貧乏長屋みたいなもので、強盗も入らない(攻め込む国もない)」
「永世中立国のスイス軍は人口780万人に対して軍隊は21万人。人口1億人以上いる日本の自衛隊員は25万人」
「スイスは一家に1台自動小銃がある。侵略を受けたときは徹底して戦う」
「ドイツに二度侵略されたルクセンブルクは自前の軍隊を装備した」これらはすべて安倍首相の前で開陳された百田氏の「知識」である。
いかにも日頃から勉強しているようではあるが、これらの元ネタはすべて13年2月に放送された「たかじんのそこまで言って委員会」(読売テレビ、当時たかじんは療養中)で紹介されたもの。スタッフが整理検証し、百田氏が番組内で解説してみせたものだが、百田氏の持論がだいたいワンパターンで展開されるのは、血肉となっていない知識を駆使しているからだろう。(本書327頁)
現代の極右アジテーターは、テレビ局のスタッフが集めてきた資料を記憶して、それを宣伝しているだけらしい。蓑田胸喜との落差は激しい。もっとも蓑田胸喜に相当する右翼のアジテーターは今の日本にもいる。それは佐藤優だが*2、佐藤は先日の日本人人質事件対応では安倍晋三を評価していたものの、それ以外では現在の安倍晋三とは距離を置いているようだ。
以上見たような軽薄極まりない百田尚樹と家鋪さくらは、どちらから近づいたのか。また、やしきたかじんがさくらに遺したというメモ(偽物ではないかと噂されている)はどのような経緯で成立したのか。普通に考えればさくらによる捏造だが、それに百田尚樹の関与はなかったのか。これはわからないが、疑惑は濃厚である。だが残念ながら捏造メモに百田尚樹自身がかかわっている可能性はきわめて小さいだろう。超人気作家にして安倍晋三の「お友達」という現在百田が得ている栄光と、捏造メモの作製に関与するリスクを比較して、そんなリスクを百田自身が冒そうとするとはまず考えられないからだ。
しかし、誰にでも偽物と見破れそうなメモに引っかかるほど百田尚樹が「軽くてパー」であったとは間違いなくいえそうだ。
「たかじんメモ」とやらが本物ならば、やしきたかじんは自らが力を入れた一般社団法人「OSAKAあかるクラブ」に遺寄付するはずだった遺産を、安倍晋三、橋下徹、星野仙一、辛坊治郎らに加えて百田尚樹自身も名を連ねるという「たかじんメモリアル財団」(もちろんこんなものは構想だけで認可などされていない)へと移すという身勝手な目論見に正当性を与えてしまう。そして、百田やさくらから金でも渡されたか、「たかじんメモ」を本物と鑑定した人間まで現れた。その名を藤田晃一という*3。
何とも呆れ返る話だが、私がもっとも恐ろしいと思うのは、こんな百田尚樹のような人間を、総理大臣である安倍晋三が引き立て、近く退任するとはいえNHKの経営委員を務めていたという事実だ。この国の劣化を象徴する話だと思う。
(この項終わり)