しばらく前から大きな本屋で筒井康隆のリバイバルが目立つようになったが、その中でも特に売れているとの評判の『旅のラゴス』を22年ぶりに読んだ。一昨年に改版されて字が大きくなっていたので、それが近年小さな字を読むのが苦痛になり始めている私の背中を押した格好だ。
- 作者: 筒井康隆
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1994/03/30
- メディア: 文庫
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これは筒井康隆には珍しく実験的な要素がなく、誰でも読みやすい作品だ(その昔筒井の入門作とされ、32年前に私もそれから読み始めた「七瀬三部作」にも似たようなことがいえると思う)。だから私としては。この作品は確かに面白いけれども、筒井にはもっと良い作品がたくさんあるよ、と言いたくなる。しかし、それらは必ずしも万人にお薦めできるという性格の作品群ではない。それに対し、『旅のラゴス』は文句なく万人にお薦めできる。気楽に読めるエンターテインメントで、それでいて読み終えて何ともいえない余韻が残る佳作だ。
『旅のラゴス』は、1984年から86年にかけて、SF雑誌『SFアドベンチャー』に不定期に掲載されていたという。だから正統的なSF作品なのだ。当時の筒井康隆がSF誌に連載することはむしろ少なくなっていたのではないか。筒井の最初の実験的小説と言える『脱走と追跡のサンバ』(1971)は『SFマガジン』に連載されたが、同系列ともいえる第9回泉鏡花文学賞受賞作『虚人たち』*1(1981)は『海』に連載された。
『旅のラゴス』は正統的なSFではあるが、その結末が同時期に書かれた実験的な小説で、発表当時高い評判をとった(およそ筒井とは縁遠い印象の遠藤周作が絶賛したという)第23回谷崎潤一郎賞受賞『夢の木坂分岐点』(1987)と共通する部分があったりとか、主人公ラゴスの学問に対する姿勢が、のちの筒井自身のベストセラー『文学部唯野教授』(1990)を通じて文学史を研究した成果を世に問うた筒井自身を思わせたりすることなどが私には興味深い。
ところで、この『旅のラゴス』はなぜか近年再発見されて文庫本も増刷を重ねたという。私が買ったのは今年5月30日の日付のある第37刷だが、改版されて字が大きくなったのは2014年1月25日の第16刷だった。つまり2年4か月で21回も増刷されている。文庫本の初刷は1994年3月25日だから、それまでは20年間で15回の増刷に過ぎなかった。
以下は新潮社のサイトより。
謎のヒットに注目集まる 筒井康隆『旅のラゴス』が売れています! | 新潮文庫メール アーカイブス | 新潮社(2015年4月22日)より
謎のヒットに注目集まる 筒井康隆『旅のラゴス』が売れています!
筒井康隆さんの『旅のラゴス』が売れています。これまでも売れていなかったわけではなく、1994年に新潮文庫版が刊行されて以来、息の長いロングセラーとして読まれ続けてきた作品です。ところが、最近の売れ方はレベルが違うのです。毎年3,000〜4,000冊ぐらい売れていた本書の売れ行きが加速し始めたのは昨年の初めごろ。ちょうど活字を大きくしたタイミングでしたが、それだけでこれほどまでに売れるようになった例はありません。なんと、この1年あまりで10万部を超える大増刷となったのです。なぜこんなに売れているのでしょう? 実は、私たちにも分かりません。
テレビで有名人が紹介したわけでも、新聞に大きな書評が掲載されたわけでもありません。特別なきっかけに思い当たるものはないのです。ただ、インターネットで検索してみると、いつしか「面白かった小説」といったテーマの「まとめサイト」でよく見かけるようになりました。たくさん平積みしてくれる書店さんも増えました。
今では「面白かった」という評判を耳にしたり書店の平積みを見て手に取った人が、「本当に面白かった」とSNSなどで発信し、それがまた次の読者を呼び込む……という好循環が起きています。先日は日本経済新聞の「ベストセラーの裏側」でもこの現象が取り上げられました(4月15日付夕刊)。
じわじわと注目が集まる『旅のラゴス』の謎のヒット。その理由はどこにあるのか、読んで想像してみてください。
旅のラゴス
筒井康隆
北から南へ、そして南から北へ。突然高度な文明を失った代償として、人びとが超能力を獲得しだした「この世界」で、ひたすら旅を続ける男ラゴス。集団転移、壁抜けなどの体験を繰り返し、二度も奴隷の身に落とされながら、生涯をかけて旅をするラゴスの目的は何か? 異空間と異時間がクロスする不思議な物語世界に人間の一生と文明の消長をかっちりと構築した爽快な連作長編。
いったいいつから『旅のラゴス』が再発見されたのか、その推移を知る参考になるかと思い、新潮文庫版の『旅のラゴス』についたアマゾンカスタマーレビューの年別の件数を数えてみた。その結果は下記。
- 2000年 1件
- 2001年 0件
- 2002年 1件
- 2003年 2件
- 2004年 5件
- 2005年 3件
- 2006年 3件
- 2007年 1件
- 2008年 6件
- 2009年 4件
- 2010年 6件
- 2011年 8件
- 2012年 7件
- 2013年 8件
- 2014年 18件
- 2015年 52件
- 2016年 32件
これを見ると、2004年に5件、2008年に6件、2011年に8件と、3〜4年毎に過去最多の件数を記録し、4度目の2014年(18件)と文字を大きくした改版とが重なって、2015年に52件と爆発的な伸びを見せている。今年は現時点で既に年の7割を過ぎているが、現在までの件数は昨年の6割強の32件だから、ピークはやや過ぎた感がある。