昨年の終わり頃、2019年度予算の規模が拡大すると報道に接して、ああ、景気が悪くなってきたんだなあと思った。そうこうしているうちに毎月勤労統計の不正問題が発覚し、それも2004年だったかの当初には単なる間違いだったのが、昨年1月からはどうやら意図的な改竄があって、いわゆるなんとかノミクス(読者の方はよくご存知と思うが、この日記ではその通称を禁句にしている)の効果を誇大表示していたのではないかとの疑惑が浮上している。
それらはもちろん言語道断の論外なのだが、問題はそれに対して安倍政権の財政政策を「バラマキ」として批判する言説が反政権側から出てきているのが目立つことだ。
特に、旧民主・民進支持系の人たちの間にそれは目立つ。たとえば、下記のツイートが多くの反安倍政権の人たちにリツイートされている。
山本太郎さんの「安倍政権は緊縮財政」にたいして、麻生さんは「緊縮財政ではない」と言いましたよね。そこはウソではないとおもう。毎年、国家予算は増大していくし。前川喜平さんがよく言う国家主義と新自由主義が補完しあった形態というのがしっくり来ると思うな。
— 憲法かえるのやだネット長野 (@yadanetnagano) February 1, 2019
安倍政権が国家主義と新自由主義のハイブリッドだというのは私もその通りだと思うが、緊縮財政とはその新自由主義の立場を代表する財政政策だ。そんなことは「きほんの『き』」だと思うのだが違うだろうか。そして、安倍政権の財政政策は「お友達」と軍事と原発に対してはバラマキだが、それ以外に対しては緊縮といえる、そう私は認識している。
上記ツイートが引用されたツイートには、いただけないものが多い。たとえば下記のツイート。
安倍政権が緊縮財政なんて山本太郎が言ってるの?何を勘違いしてるのやら。放漫経営に決まってるでしょ。金融緩和は緩みっぱなしだし国の負債はどんどん増えている。とんでもない間違い。頭おかしい。 https://t.co/lDil00qJAu
— 杉浦迪也(枝野幸男を総理大臣へ) (@michiya1947) February 1, 2019
これは安倍政権の経済政策を「バラマキ」として批判する、典型的な経済右派側からの批判だが、こういうツイートが「枝野幸男を総理大臣へ」という人が発していることには頭が痛い。
上記ツイートを引用を受けて発信されたとみられるある人のツイートを3件挙げる。
社会保障削ったら緊縮、あるいは公共事業を削ったら緊縮と決めつける人がいるが、一般会計全体でみなければ分からないだろうに。緊縮財政というのは財政健全化が目的なのだから、個別の政策で費用を削減したからといって、必ずしも緊縮にはならないはずだ。この言葉が乱用されているように感じる。
— 神子島慶洋⊿ (@kgssazen) February 1, 2019
こういう言い方で財政規模の拡大全般を批判すると、その当然の帰結として、社会保障も公共事業も縮小され、人々の暮らしは悪くなる。
この朝日新聞の記事に、「金融緩和や借金頼みの財政出動を続けた」という文章があるが、これがここ最近の日本政府が行ってきた経済政策の大まかな傾向だろう。山本太郎のいうような「緊縮」であるはずがないし、言葉の使い方を間違えているのではないか。 pic.twitter.com/xWfK62VsDl
— 神子島慶洋⊿ (@kgssazen) February 2, 2019
朝日新聞は昔から緊縮財政指向の「経済右派」の新聞として悪名高い。
最近、城山三郎の『男子の本懐』を読んだが、この作品で描かれている戦前の濱口雄幸政権の政策は、まさしく緊縮財政だろう。井上準之助を蔵相に迎えてこれを断行したが、浜口も井上も狙撃された。ロンドン軍縮条約の統帥権干犯問題も一因とはいえ、緊縮財政が目の敵にされたのは、現在と同じだ。 pic.twitter.com/RMzuQ0PKds
— 神子島慶洋⊿ (@kgssazen) February 2, 2019
大恐慌の時代に政権を担った立憲民政党の浜口雄幸内閣が緊縮財政政策をとったことは、誰もが指摘する経済失政だと思うのだけれど。近年でも、不況時に緊縮をやろうとして大失敗し、参院選に惨敗して退陣に追い込まれたのが1996年から2年間政権を担った橋本竜太郎内閣だった。
上記3件のツイートを発した人は政治思想的には括弧がつかないリベラル派だし、この人が小沢一郎やその一派を批判するツイートには共感することも少なくないのだが、この人の経済政策に対する認識は正直言っていただけない。
特に浜口雄幸に対する指摘で思ったのだが、こういう人にこそ坂野潤治の諸著作を読んでもらいたいものだと思う。
以下引用する。
近代日本の構造 同盟と格差 坂野潤治 著
[評者]成田龍一(日本女子大教授)
歴史の描き方には、出来事の「過程」を叙述する手法と社会の「構造」を提示する方法とがある。著者はこれまでいくつもの歴史シリーズで「過程」を叙述してきたが、近年は「構造」的な分析に集中してきた。そして本書では、ついにその構えをタイトルとするに至った。外交と内政を柱に、「日英同盟」か「日中親善」か、「民力休養」か「格差是正」かという「基本対立軸の設定」によって近代日本の再考察をおこなう。
従来、外交の主流は「欧化主義」であり、日英関係が日本外交の基軸であった。しかし、日英同盟的なものへの不満が伏流としてあり続けたことを、著者は言う。欧米列強の侵略から中国を守れ、というアジア主義的な主張で、それは日本のナショナリズムのかたちでもある。この観点から、日中戦争は中国南部を勢力圏とする英国との戦争であるとの見解が示される。
他方、内政では、政府側の「富国強兵」「積極主義」の政策に対し、リベラル派が「政費節減」(小さな政府)によって対抗する。この対立構造は、欧米では一九三〇年前後にリベラル派が「大きな政府」を主張し姿を変えたが、日本では変化しないという。
こうした構造分析により、浜口雄幸(おさち)の民政党内閣がひとつの焦点となる。戦前日本でもっとも平和主義的であり民主主義的であった内閣ですら「格差」や「再分配」に無関心であり、失業問題に手を付けなかった。また、一八八〇年代末期の大同団結運動が強調され、あるいは吉野作造が「社会的」な格差是正の必要(「社会政策」論)を唱えた社会民主主義者として再評価されるなど、著者は歴史事象にあらたな光を当てる。
日中戦争期までを対象として、近代日本の軌跡を構造的に記すことにより、二〇一〇年代の現在の日本の「比較の対象になる前例」が提示される。これまでの著作と重なる叙述もあるが、それでも著者が倦(う)むことなく再解釈を提示するのは、<いま>への危機意識のためであろう。
(講談社現代新書・950円)
東京大名誉教授。著書『帝国と立憲』『<階級>の日本近代史』など。
◆もう1冊
ただ、 『近代日本の構造』はややとっつきが悪いかもしれない。私のイチ推しは2012年に刊行された『日本近代史』だ。「崩壊の時代」はこの本に書かれている。
坂野潤治が指摘する、リベラル派が「小さな政府」を主張する傾向が欧米では1930年代に改められたのに日本では未だに改まっていないことが、2000年代に小泉純一郎政権を長期化させ、今の安倍政権の命脈を長らえさせている大きな要因だと私は信じて疑わない。