kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

私はなぜこんなにも「いかがわしい西村康稔」が大嫌いなのか

 私はなぜこんなに「いかがわしい西村康稔」を嫌うのだろうか。そのきっかけが何かだったのか、ずっと忘れていたが、ひょんなきっかけから思い出した。

 それは、安倍晋三のマスク配布、減収世帯への30万円給付、星野源のキャンペーンへのただ乗り動画という「不評3点セット」から、2006年のライブドア事件耐震強度偽装事件、米国産牛肉輸入問題の「3点セット」を思い出して、これについてネット検索をかけているときに出てきた、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の書き込みだった。

 

https://ikioi5ch.net/cache/view/newsplus/1138555152/281

281 小泉純一六〇郎 ◆PviOvEipc2 2006/01/31(火) 01:32:31 id:lBW+N39y0
西村康稔は元々原健三郎系で志帥会旧中曽根派系だったのが
03年に自民公認宮本一三を無所属で蹴落として当選。
その後一時入党は認められずに城内実とともに自民会派入りに止まっていたが
安倍晋三の幹事長時代に入党、森派入会した。

 

https://ikioi5ch.net/cache/view/newsplus/1138555152/283

283 小泉純一六〇郎 ◆PviOvEipc2 2006/01/31(火) 01:38:46 id:lBW+N39y0
ああ、それから西村康稔は03総選挙で城内と同じように
森派の支援を受けていたかもしれない。どうだったかなぁ。

 

 そう、西村とは城内実とそっくりな手法で衆院選に初当選した人物だったのだ。やっと思い出した。城内の同類であれば、私が激しく嫌うのも当然だ。

 無所属で立候補した西村が蹴落とした宮本一三は、宏池会所属の政治家だった。もっとも宮本は初当選した1993年は、小沢一郎一派ともいうべき新生党公認だったのだが、新進党公認で当選した1996年衆院選のあと自民党に移籍した人物だからこちらも胡散臭いことには変わりがない。

 とはいえ、無所属で立候補して宮本の議席を奪った西村の手口は、民主党からおん出て保守新党代表となった熊谷弘を、やはり無所属で立候補して引きずり下ろした城内実の初当選の手口と酷似している。

 前記2ちゃんねるの書き込みは一部正しくなく、西村は2003年11月の初当選のあと、自民系の5人の無所属議員(城内実は含まれない)で「グループ改革」を結成したが、翌年1月にはこれを見限って自民党入りした。その時に西村は当時の森派に入会したのであって、西村が中曽根系列の派閥(志帥会)に属したことは一度もないようだ。

 なお、同期初当選の城内実も、無所属で初当選後森派入りしたが、現在は細田派には属していない(城内は無派閥とも菅義偉グループともされているようだ)。城内が無所属時代の2010年に平沼赳夫を裏切った経緯がその後の冷や飯食いを招いたのではないかと勝手に思っている。

 ところで、同じ自民党の候補に対立候補を立てたといえば思い出されるのは河井案里だが、なぜか河井夫妻はともに清和会に属していない。その理由はよくわからない。