kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「リベラル(寛容)」の対義語は「保守」ではなく「パターナル(権威主義)」(by 高井崇志 via 中島岳志)

 ×××新選組の本質は下記ツイートが指摘する通りだろう。

 

 

 2019年の参院選の頃だったかに山本太郎が発した「あなたを幸せにしたいんだ」というフレーズが、山本と新選組パターナリズムを象徴している。

 笑えるのは旧立憲民主党衆院議員時代に党から除名を受けたあと×××新選組に転じて昨年の衆院選で落選した高井崇志のサイトにある下記記事だ。高井がまだ立民に属していた頃の2017年11月23日付であり、立民が日の出の勢いにあった頃に書かれたものだ。

 

takaitakashi.com

 

 以下引用する。

 

「リベラル」の対義語は「保守ではない」?

 

立憲民主党の勉強会で、東京工業大学中島岳志教授から、「リベラル保守」についての講話をお聞きしました。

よく間違われるのですが、「リベラル(寛容)」の対義語は「保守」ではなく、「パターナル(権威主義)」です。

「保守」はフランス革命への反省から生まれた概念です。人間の理性を過信するのではなく、良識や伝統、慣習を大切にする考え方です。しかし、「復古」や「反動」とは違います。
(ちなみに、右派・左派とは、フランス革命時の議会で、右側に座る人たちが革命反対派、左側に座る人たちが革命派だったことに由来する言葉だそうです。)

中島教授は「保守」は長年続いた老舗のようなものだと説明します。老舗は何も変えないのではなく、常に改革しながら、伝統を大事にしている。そういう精神、「漸進主義」だと。

安倍政権は歴代自民党政権が守ってきた「慣習」をことごとく破ってきました。集団的自衛権憲法解釈のみならず、例えば、「NHK会長に政権寄りの人を任命しない」など。決して明文化されてはいないが、長年守られてきた慣習を壊してきました。

安倍政権に「保守」を語る資格はない。その通りだと思います。

 

出典:https://takaitakashi.com/archives/709

 

 現在では×××新選組の応援団長格の中島岳志だが、当時は立民に入れ込んでいた。

 中島は「リベラル保守」を僭称しているがその本質は右翼である。何より故西部邁に心酔していた。彼の『「リベラル保守」宣言』(新潮社, 2013)を私も読んだが、実にひどい本であって全く感心しなかった。

 しかし私は中島を全否定はしない。数年前に白井聡の『国体論』に対する的確な批判をしていた(但し、白井の立論の核心部を刺し貫く直前に批判を寸止めする甘さをも示していたが)。他に白井を的確に批判した人として松尾匡がいる。松尾は×××新選組のロシア非難決議案反対をも批判していた。中島にせよ松尾にせよ、批判はいろいろあるにせよ学者としての良心を保っていることは評価できる。ここでいう良心とは、たとえ仲間内や親しい間柄であっても、間違っていると思ったら率直に批判する態度のことである。

 パターナリズムについては、中島はごく当たり前のことを言っているだけだ。

 ただ「笑える」のは、中島自身がその後パターナリズム政党である×××新選組の応援団員になり、中島の教えに感激したらしい高井崇志も現在では×××新選組の一員であることだ。

 上記記事に書かれた「パターナル(権威主義)」、それはあんたら自身のことじゃないか、としか思えないのである。