kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

立民・野田佳彦の公明への接近について「おせーよ。この会見のタイミングで「『平和外交』『ワークライフバランス』『福祉政策』で共闘、賛同できる野党とも」くらいのアドバルーンを挙げられないようでは。詳細は後で詰めればよいのだ、政局的には。」(hayakuzakaさんのブコメ)

 立民の野ダメこと野田佳彦が、高市の急戦(解散総選挙)の話が出た途端に公明の斉藤鉄夫と会談した件だが、私が思い出したのは2017年に安倍晋三がやはり抜打ち的かつ大義も何もない解散を仕掛けた時に、「希望の党」政局がビデオの早送りを見るかのように急に進み、その反作用として立憲民主党(旧立民)が発足した経緯だった。

 今回についていえば、野田は衆院選が近づいたら公明に接近しようと前々から思っていたところ、急に解散話が出たから慌てて斉藤と会談することにした。これが真相だろう。

 こう考えると、下記の軍畑先輩のXは野田に対する過大評価だと思う。

 

 

 私の意見は違う。

 

news.yahoo.co.jp

 

 記事の引用は省略するが、私の意見は下記ブコメと同じだ。

 

立民・公明、衆院選協力検討へ 野田、斉藤両代表が会談で一致(共同通信) - Yahoo!ニュース

おせーよ。この会見のタイミングで「『平和外交』『ワークライフバランス』『福祉政策』で共闘、賛同できる野党とも」くらいのアドバルーンを挙げられないようでは。詳細は後で詰めればよいのだ、政局的には。

2026/01/12 16:34

b.hatena.ne.jp

 

 その通りだ。「神速」どころか遅すぎるのである。

 本当は昨年秋の公明の連立離脱の時に野田は首班指名で斉藤を担いておかなければならなかった。そうして公明との間に一定の信頼関係を築いておけば、首班指名で仮に高市に負けたとしても、今頃になって慌てて公明に接近する必要はなかった。それができなかった時点で野田は後手に回ったといえる。これが私の評価だ。

 たとえば、2004年の京都市長選で共産党推薦の候補者だったのが、現在では有力な共産党批判者の一人として一部の権威主義共産趣味者から激しく攻撃されている広原盛明さんも、野田立民を手厳しく批判している。

 

hiroharablog.hatenablog.com

 

 以下に引用するが、直接の引用ではなく、上記記事についたブコメ、というより私自身がつけたブコメを示す。

 

高市政権の不意打ちで1月23日召集の通常国会冒頭解散が急浮上、野党共闘不発を見越してか、共産党の再生は可能か(その2) - 広原盛明のつれづれ日記

“早期解散に踏み切ることは早くから予想され、その引き金になったのが、野田立憲代表の「あいまい路線」による野党第一党の不振” そうだな。野ダメ立民のふがいなさが高市の暴挙を呼び込んだともいえる。

2026/01/13 06:59

b.hatena.ne.jp

 

 上記ブコメ中、引用符で囲った部分が広原さんのブログ記事からの引用で、「そうだな」以降が私のコメントである。

 立民執行部が、これまで野田執行部がやってきたような、政権を取る気があるのか疑わしいと思えるような弛緩し切った動きではなく、まともに動けていれば、そもそも高市解散総選挙を仕掛ける隙も与えなかったのではないだろうか。

 そうは言っても、公明に接近しないよりはした方が良かったことは明らかだから、今となっては過去を振り返っても仕方ないかもしれない。今からでもやれることをやるしかないことは確かだ。立民が公明票のどのくらいを取り込めるかは、それこそ選挙の結果が出なければわからないけれども。

 万一立民が結果を出せなかった場合には、今度こそ野田にしっかり責任をとってもらうしかない。

 本当は昨年の衆院選惨敗の責任を取らせなければならなかったと私は思うけれども。