kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

書くまいと思っていたが相変わらず阪神に通用しない村中とローテを変えないヤクルト首脳陣を愚痴る

阪神 9-4 ヤクルト(12回戦、甲子園:阪神9勝3敗)


甲子園に帰ってきた阪神、先発がヤクルト戦8連勝中の久保と阪神戦5連敗中、通算でも1勝7敗、しかも甲子園では未勝利の村中とあっては戦わずして勝敗は見えていた。かつて阪神ファンナゴヤドームでの山本昌先発の試合の前後に味わった気持ちがわかる。

意外にも、ガイエルの2ランでヤクルトが先制したが、村中は3回裏に阪神打線に打ち込まれて予想通りの完敗。村中はこれで阪神戦に昨年から6連敗、通算でも1勝8敗。一方の久保はヤクルト戦9連勝。あまりにも予想通りの結果だったが、意外だったのは久保のヤクルト戦9連勝というのが阪神にとっての「球団新記録」であるらしいことだ。

なぜ意外かというと、私がプロ野球に興味を持った頃のヤクルトはとにかく弱い球団で、読売戦と阪神戦がともに5勝21敗だったシーズンがあったことを覚えているからだ。当時、読売や阪神がヤクルトを相手にした試合は、試合をやる前から結果がわかっていたと言っても過言ではない。それなのに「ヤクルト戦9連勝」程度が「球団新記録」というのが驚きだったのだ。もっとも、国鉄時代のスワローズには金田正一がいて、金田と当たる試合では阪神にせよ読売にせよ苦戦していたに違いないから、意外と連勝は難しかったのかもしれない。

それにしてもヤクルトのローテには工夫がなさ過ぎる。村中は阪神には通用しないけれども、読売や中日には強いのだから、昨日の中日戦に中5日で先発させて、そのあと中7日で来週の読売戦(神宮)の初戦に持ってくれば良かったのだ。昔から好投手でも特定の球団に弱い投手はいた。阪神に弱いといえば若い頃の北別府(広島)がそうだった。北別府はのち「バースキラー」として名を馳せ、猛虎打線の全盛期(1985〜86年)にはリーグでほとんど唯一阪神打線を抑え込める投手として知られるようになったが、それというのも打線の顔ぶれが変わったからであって、バースの来日前、北別府が阪神に勝てなかった頃には何度登板しても勝てなかったものだ。広島では対照的に大野や川口が阪神に強かったが、川口は読売と阪神を得意としながら当時最弱だったヤクルトにはめちゃくちゃ弱く、特に神宮球場を極端に苦手にしていた。川口は、古葉監督や阿南監督に「お前は読売や阪神に勝っていれば良いから」と言われてヤクルト戦の登板を飛ばしてもらって読売戦や阪神戦に集中的に登板していたものだ。エースと言われた北別府が苦手とした読売と阪神に滅法強かったのになぜかヤクルトには弱かった、「弱きを助け強きをくじく」川口がファンの人気を集めたのは当然だった。しかし川口はのちFAで読売に移籍し、「勝てる相手」を失ってからというもの、急速に成績を落とした。バカな選択をしたものである。

そういえば読売の斎藤雅樹広島市民球場を苦手にしていて、広島戦を回避しては「それでもエースか」と読売ファンに罵られていた。当時広島と読売は毎年のように優勝を争っていたからだ。


現ヤクルトの小川監督も、もっと投手の相性を考慮してローテを決めれば良いのにといつも思う。そのうち村中にも、かつての北別府にとってのバースのように、阪神の主軸に相性の良い打者が現れれば阪神に勝てるようになるかもしれない。今はそうではないのだから、阪神戦は外しても良かったのではないか。昨夜の中日戦はヤクルトのローテの谷間となり、リードしていた試合を逆転で落としたが、村中が先発だったらがっちり勝っていただろう。今日はまだ「捨て試合」と思えばさほど腹も立たないが、昨日の1敗は痛かった。