kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

おいおい「阿修羅」の「小沢信者」さんたちよ。どこに目がついてるんだよ。モグリかよあんたらは

「小沢信者 橋下」でググってみた。上位5件は私が書いた記事だったが、6件目に『世に倦む日日』のエントリを転載した「阿修羅」の記事が引っかかった。この記事は、『世に倦む日日』が転載を禁じている有料部分まで引用しているので、リンクは張らないでおくが、コメント欄に目を疑うコメントがあった。以下引用する。

01. ヒゲ-戸田 2011年11月30日 08:02:02
 そうかなぁ? 「断固として橋下粉砕!」を継続している戸田ですが、「かつては橋下批判だったが、今は橋下に好意的」という「左派ブログ」の具体例を3つか4つくらいは挙げてもらいたく思います。
 私が見ているブログではそういう所はないので、ぜひご教示下さい。

 私は、こういう「思想転向・変節」という重大な問題を批判公表する場合は、具体例を提示する事が必須不可欠なものと考えます。
 極小な2〜3の変節だけを見て全体が変節しているかのように言い立てるならば、それは「デマ宣伝」になってしまいますが、「元引籠り」氏のこの投稿だけでは「妥当な批判」なのか「デマ宣伝」なのか「思い込みによる誤認識」なのか、判別できません。


これに対し、

僕もそう思います
地上げ屋さんのところをはじめ
主要なところは反橋下


小沢支持でしかも左派、リベラル派が橋下を推す理由は無いです

と、「ヒゲ-戸田」氏を後押しするコメントもあったが、

日々坦々と、世川さんは、橋下万歳みたいですね。

と反論が出た。


下記のコメントがこの記事を書いている時点で最新である。

小沢一郎はすっかり左派のムードメーカーになってしまっているから、小沢一郎が橋下支持を打ち出したことで、橋下流のえげつない新自由主義路線にはしっかり抵抗してもらわなきゃならなかったはずの左派がなだれをうって橋下支持や賛美に回りはじめて、なんだかお先真っ暗な感じですね。
小沢一郎の根っ子も所詮新自由主義だし、そもそもなんで期待されてたのか。


だが、本当に「小沢信者」たちは知らないのだろうか。それなら私が典型例を挙げておこう。

 
正鵠を射た橋下大阪府知事批判: 植草一秀の『知られざる真実』 (2008年10月20日

(前略)

サブプライム金融危機は、市場原理主義新自由主義の終焉を象徴し、日本では小泉元首相が退場し、小泉竹中経済政策の罪が確認されるようになった。小泉竹中経済政策は国民に対する背信でもあった。日本国民の犠牲の上に、外国資本への利益供与が実行された。政権交代が実現した段階で、すべての巨悪を明るみに晒さなければならない。


弱肉強食を奨励し、セーフティーネットを破壊して、社会の二極分化を推進し、多くの人々の生存権を脅かす政治から決別し、分配の公正を重視して、すべての国民が幸福な生活を営める社会構築を目指す政治を、新たに構築することが求められている。日本はいま、時代の分岐点に位置しているのだと思う。


「カナダde日本語」の美爾依さんが、橋下徹大阪府知事朝日新聞社説に激怒する橋下知事の知的レベルについて、的確な記事を掲載された。橋下知事は時代のあだ花であるのだと思う。小泉元首相流のパフォーマンスで有権者を惑わす劇場型政治が席巻した余熱が、大阪府民の判断を歪めてしまったのだろう。橋下知事は、新自由主義市場原理主義の余韻のなかで誕生した知事であるが、時代の転換とともに姿を消してゆくことになるのだろう。


民主主義のなかでの知事は独裁者ではない。知事の権能に基づいて、すべての府民の人権を尊重し、ルールに基づいて行政を執行する役割を担っているだけにすぎない。小泉元首相も首相が独裁者であると錯覚していたきらいがある。自民党という「民主主義」を掲げた政党であるにもかかわらず、「郵政民営化」に賛成しない議員を追放し、刺客を放つ手法は、反対意見の存在すら認めない、独裁者がとる行動だった。


メディアへの監視を強め、言論空間から反対意見を抹殺する「ファッショ」的な体質が、日本社会を息苦しいものに変質させた。橋下知事は小泉元首相をモデルとしているのか、その言動は権力を笠に着る高圧的なもので、他者に対する心配りを欠いている。


橋下知事の言動がこれまでメディアを賑わしてきた。メディアが社会の木鐸として、中立公正の立場から、橋下知事を批評すれば、誤りが是正されることも期待できる。しかし、政治権力に迎合するメディアは、橋下知事に対する当然の批判を抑制してきた。メディアの偏向が橋下知事の不適切な行動を助長してきた面も否めない。そのメディアの姿勢にようやく変化の兆しが見られ始めている。


大阪府民は府民自身の選択とはいえ、時代のあだ花と言える、人権意識の欠落した、傍若無人知事に、残り3年以上も府政を委ねるのだから、大変気の毒だと思う。(以下略)


選挙で信得ることが政策正統性原点の大阪冬の陣: 植草一秀の『知られざる真実』 (2011年11月28日)

 大阪で実施された府知事と市長のダブル選挙で、前大阪府知事橋下徹氏が率いる大阪維新の会が圧勝した。
 
 橋下氏は大阪府大阪市の二重行政の問題を取り上げ、大阪都構想を提示し、府知事を辞職して大阪市長選に立候補して大勝した。橋下氏の辞任により、大阪府知事選挙も同日に実施されることになり、橋本氏が率いる大阪維新の会から出馬した松井一郎氏が圧勝した。
 
 今回の選挙結果は、既成政党に対する主権者国民の批判を大阪維新の会が巧みに吸収した結果であると言える。国政では2009年8月に政権交代が実現したが、政権交代時の方針を掲げる政権はわずか8ヵ月で総辞職に追い込まれ、その後に樹立された政権は菅直人政権も野田佳彦政権も、2009年8月総選挙マニフェストを否定する政権運営を行っている。
 
 菅政権や野田政権の基本的特徴は、政治運営の全体が、政権交代以前の自公政権時代に逆戻りしている点にあり、旧政復古政権と表現することができる。この旧政復古政権が発足して以来、民主党はほとんどすべての国政選挙、地方選挙で惨敗を続けており、主権者である国民は現政権を信任していないことが明白に示されている。


大阪で大阪維新の会の圧勝は、橋下氏の主張に理があると大阪府民が捉えたことの反映でもあるが、同時に、主権者国民の意思を踏みにじり、暴走を続ける現政権および既存政党に対する、主権者国民がついに反転攻勢をかける怒りの狼煙をあげたものであるとも理解できる。
 
(中略)
 
 大阪の選挙でも、既存の構造を維持しようとする既得権益勢力は、大阪維新の会を封殺しようとした。この既得権益利権複合体の一角を占めるメディアも、橋下氏に対して激しい集中攻撃を浴びせた。
 
 私は橋下氏の政治行動を全面支持するものでないし、橋下氏の主張のなかには正しくない主張がいくつも含まれているとも考えている。しかし、具体的な政策方針に対する正当な批判を示すのならともかく、マスメディアの一角を占める俗悪週刊誌などが、束になって橋下氏に対する個人攻撃を展開したのはあまりにも異様であった。
 
 この中で、今回選挙が実施され、大阪維新の会が圧勝した。このことが示唆するものは計り知れぬほど大きい。この国の本当の支配者、主権者である国民が、必ずしもマスメディアの言いなりにはならないことが現実の行動で示されたことも重要だ。

 
 俗悪週刊誌は橋下氏の出自、家族、親族のプライバシーなどを狂気の形相で書き立てた。重大な人権侵害の行動である。
 
 大阪市長選挙では、共産党が独自候補の擁立を中止して、橋下氏の対立候補である平松氏の支持に回った。既存のすべての政党を敵に回しての選挙戦になった。
 
 その大阪維新の会が圧勝を遂げた。


「阿修羅」に投稿する「小沢信者」たちは、「三種の神器」の一つたる植草一秀大センセも知らないのか。モグリじゃないのか? それとも、「知られざる真実」なのだろうか。