kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

小沢一郎に利用される藤波心さんは「右も左もない」の象徴になるのか

朝日新聞(12/3)の3面に掲載された「原発国家 政党の外側で・下 左も右も 連携膨張」はいただけない記事だ。書いたのは高橋純子記者で、3年ほど前に反貧困運動が盛り上がった頃に共産党に関する記事を書いて物議をかもしたことがあったように記憶する。

記事の前半で取り上げられているのは、「『B級アイドル』としてグラビアや映画で活躍している藤波心さん(15)」。括弧で囲ったのは高橋記者の記事からの引用であることを示す。藤波さんは「脱原発集会に招かれるたびに唱歌『ふるさと』を披露する」とあるが、実際「6.11新宿・原発やめろデモ!!!!!」の時にもそうだった。

記事がおかしくなるのはそのあとあたりから。藤波さんの「所属事務所には『未成年を左翼の集会に参加させるとは言語道断』『愛国心軍国主義を助長する言動をとるな』と左右から抗議がくる」と書かれているが、後者については初耳だ。「藤波心 軍国主義」「藤波心 愛国心」でググっても何も出てこない。少なくともネットではそんなことは何も話題になっていない。

高橋記者は、下記の藤波さんの発言を紹介する。

「自分の意思で公動しているし、原発をなくしたいという思いに右も左も関係ない」と心さん。「日本が好きって言っちゃいけないんですか? みんな好きなんじゃないですか?」


読んでいてなんともいやーな気がした。私があの「『右』も『左』もない。オレは...」というフレーズや、自公の不信任案提出を煽るなどして「脱原発」の邪魔ばかりしてきた小沢一郎が「脱原発派」に媚びるために藤波心さんを利用したことを思い出したことはいうまでもない。

気になって調べてみたら、藤波さんは「マガジン9」主催の鈴木邦男サイン会に駆り出されていた。

私は何も「右」が「脱原発」運動をしてはいけない、などと言っているのではない。「右」も「左」もそれぞれ別個に「脱原発」運動をしていけば良いだけの話なのに、なぜことさらに「左右から抗議がくる」などという言い回しで、「右」と「左」が大同団結しなければならないかのような「空気」を作り出すのに加担するのかと思うだけである。

記事は後半で「統一戦線義勇軍」(針谷大輔議長)が主催した「脱原発デモ」を取り上げる。「左のデモと違って右デモは警察とケンカする人がいないから安心」という「30代の女性」のコメントには目を剥くとともに、無邪気(無批判)に取り上げる高橋純子記者の見識を疑った。

高橋記者は記事の結びで「いま、放射能汚染は『私たち』の問題となり、ネット空間の気軽さがさまざまな人々を運動に向かわせている。それは世の中を変えるパワーになりうるし、閉塞感のはけ口で終わるかもしれない。日本各地できょうも集会やデモが開かれている」と書く。しかし、「ネット空間の気軽さ」で多くの人たちが政治についてあれこれ書くようになった結果生み出されたのが「左」でいうと「小沢信者」だった。「小沢信者」(「小沢左派」)は、小泉純一郎安倍晋三に対する猛烈な批判から生まれたが、2007年の参院選民主党安倍晋三率いる自民党に圧勝したあたりから「信者」が先鋭化し、同年11月の「大連立騒動」では小沢を弁護する意見が大勢を占めた。騒動が起きると同時に小沢一郎民主党代表辞任を求めた私は「異端」だった。その後、「小沢信者」たちが「カルト化」していく過程を私はずっと見ていた。

その時以来ずっと思っていることが、「ネット空間の気軽さ」は容易に「大政翼賛会」的な空気を生み出すということだ。「小沢信者」たちの9割は河村たかしを支持し、橋下徹については3年前に対立した経緯があったにもかかわらず、ざっと見たところ「小沢信者」の3分の2は橋下を支持しているように見える。小沢の思想を解説して教えを広める植草一秀のような「使徒」も現れた。

これがネットの世界だけの話ならまだ良いのだが、リアルにも平野貞夫のような「使徒」、マルチ商法で有名な山岡賢次のような「パシリ」などがいて、「小沢派」はボスへの批判が一切許されない集団になっている。そんな集団が、再来年の総選挙までの間、政局を引っ掻き回すのだ。その間「脱原発」は全然進まず、リアルの「脱原発」運動さえ尻すぼみになってしまうのではないか。かつて、ネットで盛んだった「反貧困」の話題がさっぱり聞こえてこず、リアルの「反貧困」運動まで注目されなくなったと同じように。