kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

リアルのナベツネが「西山事件」で演じた役割(『サンデー毎日』2/19号のナベツネ「寄稿」より)

新聞のテレビ欄を見ると、今晩9時のTBSテレビ放送のドラマ『運命の人』第5話で、読日新聞記者・山辺一雄が主人公を訪ねるシーンがあるらしい。そこでリアルの渡邉恒雄ナベツネ)が『サンデー毎日』2月19日号に寄せた寄稿文から一部紹介しておこう。

「ゆすり、たかり記者のような描き方をされている」と怒るナベツネだが、この件に関してはナベツネの主張に分があり、昔から中曽根康弘と癒着していたナベツネ田中角栄にたかっていたはずがない。おそらく今後ドラマにも描かれるだろうが、リアルのナベツネは、西山元記者の裁判で被告人側の証人として法廷で弁護に立った。以下ナベツネの寄稿から引用する。なお、ナベツネは蓮見喜久子元外務省事務官の名前を意図的に出さず、ドラマの役名や伏せ字で表現している。

 何故、私が西山弁護のため、毎日新聞弁護士会合にまで出席し協力したかというと、その第一の理由は、西山君が釈放後、彼から三木事務官(原文ママ)との男女関係の始まり、その後の進行状況、さらに機密文書の受け渡しなどの実際の経過を詳細かつ写実的に聞いていたので、起訴状中の「ひそかに情を通じ、しつように申し迫り、これを利用して同被告人(三木事務官=原文ママ)をして外交秘密文書を持ち出させ、記事の取材をしようと企て…」とあることについて、疑問を持ったからである。

 私が西山君から聞いたところでは、西山君が帰宅しようとする三木事務官(原文ママ)を自社の車で送ったところ、彼女が「飲みたい」と言い、したたか酔った段階で「一休みしましょう」と連れ込み宿(今日のようなハイカラなラブホテルは当時はまだなかった)に誘い入れ、かつその後のベッドでの様子を詳しく私に報告した。

 何故それが重要かというと、彼女の方が積極的だったならば、検察のいう「ひそかに情を通じ、しつように申し迫り…」という件(くだり)が成り立たなくなるからだ。

(『サンデー毎日』 2012年2月19日号掲載 「私は『運命の人』に怒っている!」(読売新聞グループ本社会長・主筆 渡邉恒雄寄稿)より)


スポーツ紙や夕刊紙や東京新聞(2/10)の1面掲載コラムは「ナベツネがドラマ『運命の人』に激怒している」としか書かなかったが、実はナベツネの「寄稿」の核心は上記の引用部分にある。ナベツネは「ひそかに情を通じ」という検察の主張を否定しているのである。ただ、ニュースソースが西山太吉氏本人であるところが弱いとはいえるが。

さらにナベツネは、ある男が読売新聞社ナベツネを訪ねてきて、安川壮外務審議官(ドラマでは「安西審議官」)の前任の黄田多喜夫審議官の秘書をしていた時の三木秘書(原文ママ)と情交があったという告白を受けたという。その男がナベツネを訪ねた理由は、事件第一報で知った外務審議官を同郷で尊敬する黄田審議官だと誤認し、尊敬する黄田さんのために彼を失脚させた女性秘書のウラの顔を暴き、報復するためだったというのだ。

これらを受けてナベツネは、1974年2月16日号の『週刊読売』に、「××さん(原文ママ)『聖女』説にみる論理的矛盾−『西山事件』の証人として」と題した記事を書いた。ナベツネを訪ねた男については、下記の澤地久枝の著書の243頁「第十二章告白2」に登場するX氏と同一人物と見られるとナベツネは指摘している。


密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)

密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)


ナベツネは、この澤地氏の著書を下記のように絶賛している。

澤地著のこの件の取材分析は、通常の新聞記者では出来ないような周到な取材と分析、文章力で驚異的なものであり、尊敬に足ると思う。いわゆる「西山事件」の全体像を完全かつ正確に書いたのは澤地さんのこの書に尽きると思う。


一方でナベツネは下記のように西山元記者を批判している。

 しかし、ひそかに私の心にひっかかったのは、新聞倫理の基本である取材源の秘匿と取材情報の目的外使用の禁止の原則を西山君が踏み外したことであった。


これについても、この部分だけ切り取れば正論だ。但し、ナベツネは自らがやらかしたさらなる巨悪を完全に棚に上げている。


ナベツネをして西山氏弁護の行動をとらせたのは、ドラマに毎朝新聞政治部長・司脩一として登場する毎日新聞政治部長(当時)・上田健一氏との友情だったという。余談だが、この政治部長のモデルを現政治評論家の三宅久之であるとしているブログを複数見かけたが、これは誤りである。西山氏は日頃上司の上田氏のことを良く言わなかったが、にもかかわらず上田氏は部下をかばうために献身的に行動した、その立場にすっかり同情したというのがナベツネの言い分である。

以上のナベツネの主張を信用すれば、当時の日本政府(佐藤栄作政権)や検察は、沖縄返還に絡んだ日米密約を男女関係の問題にすり替えたのみならず、その「男女関係」の中身も捏造したことになる。つまり、ナベツネが指摘するように「ひそかに情を通じて」という起訴状の主張自体が崩れ去るのである。

ナベツネは、山崎豊子氏の『運命の人』の取材に協力してやったのに、小説に悪く書かれた上、テレビドラマで田中角栄からカネをもらったシーンを見て「完全に西山君に対する感情がブチ切れた」という。私は、原作については、ナベツネに対する世間一般の標準的なイメージから山辺一雄のキャラクターが造形されているなと思ったし、ドラマに至っては、原作にも書かれていないようなナベツネ、もとい山辺一雄が田中角栄、じゃなかった田淵角造から金をもらうシーンを作るなど、悪乗りしているなと思った。ドラマでは田淵と癒着した山辺沖縄返還協定の全文をスクープしたことになっていたが、原作では旭日(きょくにち)新聞のスクープとなっており、史実では(確認していないがおそらく)朝日新聞のスクープだったと思われる。だからナベツネが「激怒」したことに「理」はあるわけだ。ただ小説やドラマによるこれらの歪曲について西山元記者にわびを入れよ、というのはお門違いである。抗議は山崎豊子氏、『文藝春秋』編集部、それにTBSに対してなされるべきだろう。

もっとも、スポーツ紙や夕刊紙が大々的に報じた「激怒」の部分は自らの「寄稿」に注目を集めるためのナベツネ一流の演技であり、「実は『西山事件』では俺はこんなことをやったんだぞ」というナベツネの自己PRであるとともに、TBSや毎日新聞の宣伝も兼ねて恩を売るという、ウィンウィンの番宣記事だったのではないかと私は疑っている。西山元記者に「一言わびを入れよ」というのも、一度この件で電話くらいかけてこい、という西山元記者への親愛の情も込めたメッセージではなかろうか。

当ダイアリーのこの記事も、TBSやナベツネや読売新聞や毎日新聞の宣伝になってしまっているかもしれないが、ナベツネの文章が実に面白かったので紹介した。他にもいろいろ紹介したいくだりはあるのだが、長くなったのでこのあたりでやめておく。

ナベツネという男の才能はただものではないと改めて思った次第。惜しむらくは、この件以外でのナベツネのベクトルの向きが日本(及びプロ野球界)のためにならない方向に向いていたのではないかと思われることだ。


[追記]
ドラマを見たが、まさしくリアルのナベツネが「寄稿」に書いたストーリーだった。つまり、起訴状や従来の通説に反して、「三木(蓮見)事務官の方が弓成(西山)記者を誘惑した」という、西山元記者から聞いた話に基づくナベツネの主張に沿ってドラマが作られていた(山崎豊子の原作ではこのあたりははっきりとは書かれずにぼかされている)。これを見て、ナベツネの『サンデー毎日』への「寄稿」はやはり「番宣」だったとの確信をますます強めた。