kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

小保方晴子氏への「バッシング」に持つ強い違和感(追記あり)

当日記ではこれまで話題の「STAP細胞」について一度も書かなかった。

小保方晴子氏の発表当初は、研究成果の中身よりも「割烹着」だの「リケジョ」だのと、どうでも良いことばかり喧伝するマスメディア報道にうんざりした。

その後、追試をしても「STAP細胞」作製を再現できないと報じられた時には、昔話題になった「常温核融合」を思い出したりしていた。

しかし、最近になって小保方氏の博士論文に「コピペがあった」と騒がれ、小保方氏を「iPS細胞を使った世界初の心筋移植手術を実施した」と偽った森口尚史はおろか、「全聾の天才作曲家」を騙って、実は新垣隆に作曲させていた詐欺師・佐村河内守とまで同一視する風潮が表れたのを見るにつけ、「ちょっと待て」と言いたくなった。そこで初めてこの件を取り上げる。

小保方氏の「コピペ」で問題視されているのは、「幹細胞とは」云々の、論文のイントロダクションやバックグラウンドの部分だという。

そんなのは、研究者の「共通認識」に当たるものではないのか。

世の中には、学術論文を書いた経験は乏しくとも、特許の出願に関わった経験のある人は少なくないだろう。私もその一人だが、出願特許の明細書には「背景技術」を記載する必要がある。多くの場合、「背景技術」には自社の定型文があってそれを使い回しするし、私はかつて「他社が出願した公開特許公報からコピペしたって構わない」とさえ言われた。

たとえば、ネット検索で下記を拾った。

特許明細書で、意外と【背景技術】がかけません。何を書いたらよい... - Yahoo!知恵袋

Q: 特許明細書で、意外と【背景技術】がかけません。何を書いたらよいのでしょうか?


A: 技術内容がもっとも近いと思う先行技術文献を1〜3個程度選んで、本発明に関連する部分を適宜抜書きして、「特許文献1には、・・・ということが開示されている」とすればいいです。

  肝心なことは、(1)背景技術に時間とパワーをかけないこと、(2)余計なことを書かないことです。

  法律や審査基準を見てもらえば分かりますが、特許がとれるかどうかは、背景技術の記載とは殆ど無関係です。

  (中略)

  先行技術文献に書いてあることなら、それ以上不利にはならないから、それを抜書きするのが楽だし安全です。その範囲内で会社の恥にならない程度にうまくおさめればOKです。


その通りである。出願特許を審査する場合、【背景技術】の記載が、他社の公開特許公報の丸写しだったことが、特許査定を受けられない(拒絶査定を受ける)理由になることなどあり得ない。ただ単に「見てくれ」が悪いだけの話に過ぎない。【特許請求の範囲】に記載された技術が特許査定を受けられるかどうかとは何の関係もないのである。だから、そんなものに時間をかけるなと私は教わった。

粗製濫造が常態である特許出願と違って、博士論文は(同一分野においては)一生にただ一度であって重みが全然違うとかなんとか言われるかもしれないけれども、本質的には変わらないと私は思う。もちろん引用元を明記しなかった等の問題はあるにせよ、それは研究の中身とは直接関係ない。


小保方氏の悪口だらけの「2ちゃんねる掲示板の中にも、共感できるものがあった。以下引用する。

http://2hk.mobi/archives/51672

68:名無しさん:2014/03/11(火) 19:21:49.70 I:BE4V87lr0D

  バックグラウンドは研究者共通だと思うが

http://read2ch.net/scienceplus/1394553252/

24:名無しのひみつ[sage] 2014/03/12(水) 01:22:21.99 id:UwtliaYN


  んなもん七帝のD論でも同じ研究室で同じ研究分野のD論で調べたらイントロとかバックグラウンドなんか
  コピペだらけだわ。審査がずさんって、そんなところ普通明らかな間違い(文章的に)がなけりゃスルーするし
  百科事典の解説みたいなところがあるから似てても当然だし、審査する側にしても2ちゃんねらーじゃあるまいし
  いちいちコピペチェッカーやるほど暇じゃないし


STAP細胞」については、細胞の作製を再現できるかどうかにかかっているが、その検証には時間がかかるだろう。

以下、THE PAGE(ザ・ページ) | 気になるニュースをわかりやすく(2014年3月11日)より引用する。

(前略)

 小保方氏の論文については、擁護するものから、捏造あるいは盗作であるとするものまで様々な意見が出ているようですが、基本的には、あまり結論を急がず冷静に対処するというのが賢明といえるでしょう。科学的研究の分野では、その成果の白黒について、何年間も決着がつかないというケースは珍しいことではありません。

 最終的には多くの研究者が追試(第三者がその真偽を確かめる作業)をすることで、コンセンサスが得られてくるものだからです。仮にミスあるいは捏造だったとしても、いつかははっきりすることですし、そうでなければ、いずれ追試に成功するケースが出てくることになります。研究者本人が意図を持って結果を捏造したと公表する事態にならない限りは、何が正しいのか、あるいは捏造なのかどうかを急いで議論してもあまり意味はないと考えられます。

(中略)

 1980年代の後半、常温核融合に関する論文が発表されたときも、同じような状況でした。多額の予算と人員をかけても実現できなかった核融合が、水を電気分解するだけでできてしまうという内容に関係者は大変なショックを受けました。結局、追試が何度も行われ、目立った成果が出てこないことから、現在では工業的に利用可能な常温核融合は不可能というのがコンセンサスになっています。しかし最終的な結論が得られるまでには数年の歳月を要しています。

(The Capital Tribune Japan)


その通りだと思う。「現代のベートーヴェン」とやらを持ち上げたあと落としたのと同じ感覚で、面白おかしく話題にするのは止めろ。吐き気がする。


[追記](2014.3.15)

この記事で私は、「STAP細胞の存在の真偽」とは直接関係のない、小保方晴子氏の博士論文の導入部及び研究の背景を説明する部分における「コピペ」ばかりが取り沙汰されることへの違和感を書いているだけであって、「STAP細胞の存在の真偽」については何も書いていません。そこを誤解されては困るので、昨日(3/14)当記事のコメント欄に書いた文章を以下に転記します。

 今日、職場でこの話が出たのですが、彼らの意見は「イントロダクションやバックグラウンドのコピペなんかどうでも良い。研究内容が信憑性に欠けることが問題だ」として、研究内容について延々と議論してました(もちろん彼らとて生物学の専門家ではありません)。こういう意見に対しては、私は「その通りだな」と思うだけです。いや、むしろ彼らの意見に強く共感しました。
 一方、イントロやバックグラウンドのコピペに対する批判にヒートアップしている人たちには、この記事を書く前も書いたあとの現在も、ずっと変わらず強い違和感を持ち続けています。
 科学的知見ってそんなもんですよ。事実がすべてです。それは、発見者が「博士号」を受けるに値する人間であるかどうかとは、何の関係もないのです。実際には、事実であるかどうかが極めて疑わしいようではありますが。