kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

渡辺輝人氏弁護士の素晴らしいブログ記事「朝日新聞『吉田調書』報道の功罪」

朝日新聞の「吉田調書」報道に関して、弁護士・渡辺輝人氏(ナベテル業務日誌のブログ主さん)が、素晴らしいブログ記事を書いているので紹介する。

朝日新聞「吉田調書」報道の功罪(渡辺輝人) - 個人 - Yahoo!ニュース

朝日新聞「吉田調書」報道の功罪
渡辺輝人 | 弁護士(京都弁護士会所属)
2014年9月12日 20時1分


時系列による事実整理

 弁護士が事件の事実関係を整理するときは、とにかく起こったことを時系列にまとめます。そこで、朝日新聞「福島フィフティーの真相」大分合同新聞共同通信配信)の記事「全電源喪失の記憶〜証言福島第一原発〜」を読み比べ、記載してある事実を時系列にしてみました。最後に添付しておきます。

 まず、朝日新聞は吉田所長がテレビ会議でした「構内退避」の発言と吉田調書をもとに、9割の職員が第二原発(F2*1)へ退避したことを「命令違反」としています。

 放射線量が測られた。免震重要棟周辺で午前7時14分時点で毎時5ミリシーベルトだった。まだ3号機が爆発する前の3月13日午後2時すぎと同程度だった。吉田の近場への退避命令は、的確な指示だったことになる。

 ところがそのころ、免震重要棟の前に用意されていたバスに乗り込んだ650人は、吉田の命令に反して、福島第一原発近辺の放射線量の低いところではなく、10km南の福島第二原発を目指していた。その中にはGMクラス、すなわち部課長級の幹部社員の一部も入っていた。

 一部とはいえ、GMまでもが福島第二原発に行ってしまったことには吉田も驚いた。

出典:朝日新聞

 一方、共同通信は、記事作成時点で吉田調書を入手していないはずです。9割の職員が退避したこと、吉田所長のテレビ会議での発言は前提にしつつ、現場の職員の証言などを元に吉田所長の発言を「不可解な発言」とし、菅総理の「逃げられないぞ」発言を踏まえて、部下が第二原発へ逃げられるようにしたのだ、と結論づけています。

 そして、この度公開された吉田調書そのもので、吉田所長は以下のように証言しています(読みやすく書式をいじっています)。

回答者:本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2'Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で所内に関わらず、線量の低いようなととろに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しょうがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰ってきてくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです。

質問者:そうなんですか。そうすると、所長の頭の中では、1F周辺の線量の低いととろで、例えば、バスならバスの中で。

回答者:今、2号機があって、2号機が一番危ないわけですね。放射能というか、放射線量。免震重要棟はその近くですから、ここから外れて、南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで、言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んで、しまうねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです。マスク外して。

質問者:最初にGMクラスを呼び戻しますね。それから、徐々に人は帰ってくるわけですけれども、それはこちらの方から、だれとだれ、悪いけれども、戻ってくれと。

回答者:線量レベルが高くなりましたけれども、著しくあれしているわけではないんで、作業できる人間だとか、パックアップできる人間は各班で戻してくれという形は班長に。

出典:吉田調書

 吉田所長は共同通信の記事の推測を明確に否定しているのが分かります。また、吉田所長が政府の聞き取りに対してこの点で嘘を言う動機も見当たりません(もちろんですが吉田調書の方が共同通信より先にできています)。吉田調書が早期に公開されていた場合、共同通信の記事が上記のようにならなかった可能性があると思います。

 結局、共同通信の記事と吉田調書を前提にすれば、吉田所長は第一原発から余り遠くない(比較的短時間で帰ってこれる)場所への退避を想定していたのに、指示が現場に伝わる間に、確定的に福島第二原発へ退避すべし、との指示に変わってしまった、ということが言えるのではないでしょうか。

 このように、少なくとも吉田所長の意図に反する退避が行われたことは事実であり、読売新聞もこの事実自体は認めるようです。読売新聞2014年8月30日「朝日の「命令違反・撤退」報道、吉田調書とズレ」をご参照ください。

 そして、これを引き起こしたのは、混乱状況における言い間違い、聞き間違いや、判断力の低下、現実的な死の危険を前にしたバイアスなどでしょう。問題は、これを捉えて朝日新聞のように「命令違反」と言うべきかどうかですが、日本語で「命令違反」というと、故意に命令に不服従したニュアンスが強く、筆者は評価としては誤っていると思います。ただ、この評価の誤りという誤報が大きな問題だとも思いません。誤報について言えばNHKだって読売新聞だって身に覚えがあるだろうし、産経新聞なんて誤報や曲解のメッカでしょう。


何が問題なのか

 この件で一番責任が重いのは、吉田調書をはじめとする関係者の聞き取り資料を隠蔽し、原発再稼働のために都合の良い報告書を作成した政府と、せっかく事故調査報告書を作成したのに根拠資料を不開示として国会図書館に死蔵している国会でしょう。朝日新聞の失敗はこの資料隠蔽に挑んだ結果であり、結果的に吉田調書の全面開示を勝ち取ったという意味では大きな成果をあげており、国民の知る権利の実現のために多いに奉仕したと言えるでしょう。この点は評価するべきだと思います。

 そして、吉田調書が開示されたことで判明した重要なことは、命令下だろうが命令違反だろうが、最悪の事態に向けて対処すべき職員らが、最悪の事態を前に、混乱して指示すら行き渡らない状況で、退避しなければならない、という原子力発電所の性質が再確認されたことでしょう。電源喪失に陥ると、事態が次々に拡大し、混乱・焦燥の中で過酷事故にいたる点については先の大飯原発差し止め訴訟に関する福井地裁判決でも述べられていて、原発の運転が差し止められるべき理由になっています。

 朝日新聞は、吉田調書を取り上げる上で、正面からその点を強調すべきだったと思います。それをせず、本質的でない「命令違反」に焦点を当ててセンセーショナルに報道しようとした姿勢に、筆者は大きな疑問を感じます。また、朝日新聞は、退避の後に被害が拡大していることにも言及していますが、3月15日朝6時の段階で2号機でも4号機でも爆発が起こっており、職員の退避とその後の被害拡大に因果関係があるのかについて何も検証されていません。誤報そのもの以上に問題なのは、朝日新聞のこういう報道姿勢なのです。

 一方で、 読売新聞は朝日新聞の「命令違反」の点を

 作業員の奮闘は海外でも称賛されてきた。だが、朝日新聞の「撤退」報道に基づき、米紙が「作業員が命令に反して逃げた」と報じるなど誤解が広がっている。
 吉田氏は、危険を顧みぬ作業員の事故対応に、「本当に感動した」と語っている。彼らの名誉のためにも公開は妥当な措置である。

出典:読売新聞

などと批判しました。これも焦点がぼけています。自衛隊員ではあるまいに、東京電力の職員には死に至る可能性がある業務命令を拒否する権利があります。2011年3月15日朝の段階で職員らが退避したことは、命令があろうがなかろうが正しい判断なのであり、残った作業員の奮闘に感謝こそすれ、安易な「名誉」とか美談にしてはいけません。それは「名誉の戦死」を賛美しながら強制することにも繋がる危険な風潮です。また、安倍首相にいたっては第一次安倍政権の時の2006年に福島第一原発に危険性は無いと言い切り(第一次安倍内閣の答弁書はこちらで読めます)福島第一原発の災害対策を遅らせた張本人なので、吉田調書を今日まで隠してきた歴代政権以上に、この問題であれこれ言う資格はないでしょう。

 筆者は、すでに述べた点も含めて、朝日新聞の報道姿勢が大っ嫌いなので、大分前に読者を辞めましたけどね。朝日憎しで本当に重要なことをぼかすのには反対です。

引用文中、青字ボールドにした部分は、私が昨日(9/12)書いた記事 もともと無価値な「吉田調書『命令違反』報道」を朝日新聞社長が謎の「謝罪」 - kojitakenの日記 で主張したこととほぼ同じだ。但し、当然ながら渡辺弁護士の記事は(書き飛ばした)私の記事とは違って事実を丁寧に追っている上、内容的にもはるかに深いし、加えて文章表現にも雲泥の差がある。渡辺弁護士の記事を読んで私の文章が恥ずかしくなったことを告白しておく(笑)。

一方、赤字ボールドにした部分は、私の記事には含まれない主張であり、これも本当にその通りだと納得できる。1971年に当時毎日新聞記者だった西山太吉氏が国民の「知る権利」に応えて「沖縄返還をめぐる日米密約」を暴いたが、その取材方法に問題があり、そこを(孫崎享が「自主独立派の政治家」として絶賛する)佐藤栄作に突かれて西山元記者は逮捕され、『週刊新潮』その他に針小棒大に非難された。それと同様に、朝日新聞記者たちも「吉田調書」を入手したまでは良かったが、「1F所長・吉田昌郎の命令に東電職員が違反した」などという事柄に論点を絞った間抜けな記事を書いたために、安倍晋三や読売新聞や産経新聞に付け込まれた。朝日新聞記者たちは、「西山事件」の悲劇の歴史を「笑劇として」繰り返したといえようか。

この朝日新聞記者たちの「間抜けさ」は、かつて魚住昭が指摘した「朝日新聞の『民主党』化」の表れといえるだろう。そもそも「吉田調書」など、野田佳彦(「野ダメ」)政権時代に開示しておけばこんな騒ぎにはならなかったのではないか。もはやその程度の、「左」ともいえない朝日が、「サヨク」の象徴として安倍晋三や読売や産経の猛攻を受けるのだから、日本の言論の右傾化は「行き着くところまできた」ように思われる。

2011年3月15日朝の段階で職員らが退避したことは、命令があろうがなかろうが正しい判断なのであり、残った作業員の奮闘に感謝こそすれ、安易な「名誉」とか美談にしてはいけません。それは「名誉の戦死」を賛美しながら強制することにも繋がる危険な風潮です。

という渡辺弁護士の主張に、私は心から共感する。それとともに、東電職員たちの「命令違反」を批判するかのような記事を書いた時、朝日新聞記者たち自身がこういった風潮に染まっていた(=誤った価値観を持っていた)ことを指摘しておきたい。それに対して「『命令違反』などなかった」と反論した読売新聞記者も、もちろん同じ価値観を共有していた。極論すれば、これは「右翼」と「極右」との戦いだったとも言えなくはないのである。そしてその戦いに勝利を収めたのはもちろん「極右」であった。

その「極右」の頂点に立つ安倍晋三の高笑いが聞こえてくる。

*1:東電福島第二原発の東電者内の略称は正しくは「2F」=引用者註