「正の相関関係」 - Living, Loving, Thinking, Again(2014年10月17日)より
「捏造」というのは捏造として実体的に存在しているわけではあるまい。ばれるという出来事を通じて存在を開始するのだ。「インパクトファクター」が高いということは読者が多い、より注目が集まるということであり、ばれやすくなるということだろう。じゃあ、「捏造」するなら「インパクトファクター」がもっと低い雑誌でやれよという話になるけど、そうすると、ばれるリスクは低くなるけれど、敢えて「捏造」してまで得られるベネフィットも小さくなる。
ところがどっこい、「『インパクトファクター』がもっと低い雑誌」で大量に捏造論文を書いた「研究者」がいたりする。
榎木英介『嘘と絶望の生命科学』(文春新書, 2014)より
確かにネイチャーに一本論文を出すことは大きな利益がある。不正をやってでも載せたい人が多いだろう。しかし、そんなネイチャーをはじめとする一流雑誌は、影響力が強いがゆえに、たくさんの研究者の目にさらされ、再現実験を行う研究者も多い。出した瞬間から猛烈なあら探しが行われるのだ。
2014年の1月下旬に発表されたSTAP細胞の論文に、はやくも翌2月上旬にはネット上でおかしいという声があがった。CNS*1などのインパクトファクターが高い雑誌に論文が掲載されると、不正発覚のリスクは高いのだ。
たとえ不正をしてもCNSほどの影響力のある雑誌に載せられないような研究者は、別の手を考える。影響力のない、つまりインパクトファクターの低い雑誌などに論文を載せまくる。業績の水増しをするのだ。
影響力のない雑誌に掲載されると、逆に注目をあびることが少ないので、不正がバレる確率が減る。もちろん、インパクトファクターは低いから、業績としては価値は低いが、量で補うのだ。そういうインパクトファクターの低い雑誌の論文は数十本出してはじめてCNSの一本と同じ価値になるわけだが、だったら、数十本出そうという「戦略」だ。
この戦略を大々的にやったのが、172本という不名誉な世界記録のねつ造を行った、元東邦大学の麻酔科医、藤井善隆氏だ。度々の登場で恐縮だが、藤井氏は架空のデータをでっち上げ、これだけの論文を書いた。そして、この業績を地位獲得に使った*2。
ウソの論文は、やがて歴史の波に飲まれ、誰からも引用されずに消えていく。ところが、一度得た地位は簡単には手放せない。だから、地位を得る審査のときに水増ししようとする輩が出てくる。業績はいわば「最大瞬間風速」のようなものだ。
もし、地位の獲得に不正が使われたら、まじめにやっている研究者が報われない。そして、本当に実力のある研究者が低い地位に留められることになる。社会にとっても損失だ。(榎木英介『嘘と絶望の生命科学』(文春新書,2014)188-189頁)
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引用文中に「度々の登場で恐縮だが」とあるのは、同じ本の139頁にも藤井善隆の話が出てくるためだ。Wikipediaによると、藤井は、1997年に東邦大学講師、2005年に同准教授に昇格したが、2012年に研究不正が発覚して失職した。なるほど、こんな輩がいるのでは、「小保方晴子なんてかわいいもの」という声が聞こえる理由もわかる。藤井が論文捏造に最初に手を染めたのは1993年で、その後20年近くも捏造論文を大量生産していたことになる。論文捏造は藤井のライフワークであったと言っても過言ではなさそうだ。
なお、同じWikipediaによると、
藤井以前に、単独で論文撤回本数の記録をもっていたと考えられている研究者は、同じく麻酔学者であったドイツのヨアヒム・ボルト(Joachim Boldt)で、90本ほどの論文の撤回が必要となっていた。
とのこと。
余談だが、Googleで藤井善隆に関する画像を検索してみると、なぜか小保方晴子の画像があちこちに現れるのに笑ってしまった。
また話は飛ぶが、この藤井善隆の「『塵も積もれば山となる』作戦」から、なぜかサブプライムローンを思い出してしまった。あれは、「塵も積もれば」とは逆に、山のような巨大なリスクも細かく分散してしまえばリスクは薄められるという、今にして思えば「ほんまかいな」と言いたくなる話だったから、似てるような似ていないような話だが、インパクトファクターの小さい雑誌にウソの論文を分けて投稿すれば、露見(して失職)するリスクは薄まるだろうと藤井善隆が考えたとみなせば、似ているといえなくもない。
同じようなことを考えた人間はいないかと思って「藤井善隆 サブプライム」でググったら、2ちゃんねらーが
などと書いていたのを見つけて*3、やられたかと一瞬思ったが、これは、その1つ前*4の
STAPは信用創造詐欺なんだよ
誰もそれを見たことが無いのに、ハーバードやら女子医大やら理研やらで箔を付けてアホを騙された。それだけの話
に対する応答だった。
サブプライムローンの場合、もともとのリスクが大きければ大きいほどたくさんの断片に切り刻まざるを得ず、その結果多くの金融商品に切り刻まれた高リスク債券が入ってしまってリスクを回避できなかったと私は解している。それと同じように、藤井善隆の場合は、個々の論文の虚偽が露見するリスクは低くとも、それらの捏造論文はすべて藤井善隆が書いていたのだから、藤井本人にとってのリスク回避にはなろうはずもなかったといったところか。もっとも、15年間も「大学のセンセイ」として威張ることができたのだから、藤井善隆も苦労の元はとったといえるのかもしれない。
いずれにせよ、金儲けに繋がる研究分野であるとされる「バイオ」と、金儲けそのものを研究する分野であると思われている「金融工学」との印象が似てくるのは決して偶然ではないのではないかと思う今日この頃。
*1:Cell, Nature, Scienceの3誌=引用者註
*2:藤井善隆氏論文に関する調査特別委員会報告書 日本麻酔科学会 2012=原註(本書214頁掲載)