kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

中村紘子死去

朝っぱらからこの日記のアクセス数がちょっとというか微妙に多めだったのであれっと思ってアクセス解析を見ると、検索語「庄司薫」によるヒットが若干数あったためだとわかった。庄司氏の代表作「薫くん4部作」を、歳をとってから遅ればせながら一昨年秋から昨年初めにかけて読み、その読書メモをこの日記に記録したのだった*1。なぜ「庄司薫」を検索語にしたアクセスかといえば、庄司氏の妻・中村紘子氏が死去したためだった。

http://www.asahi.com/articles/ASJ7X7RGVJ7XPTFC01H.html

カレーCM・文筆活動…多才な音楽家中村紘子さん死去
2016年7月29日05時11分


 72歳で亡くなったピアニストの中村紘子さんは、広く親しまれた大輪の花のような存在だった。華やかな笑顔でテレビにもしばしば登場し、文才も発揮。その多才ぶりでクラシックを身近に感じさせた。

 私生活では1974年、作家の庄司薫さんと結婚して話題に。きっかけは、芥川賞を受けた庄司さんの小説「赤頭巾ちゃん気をつけて」に自分の名前が登場するのに気づいた中村さんが、庄司さんに電話したことだった。

 ハウス食品のカレーのCMではショパンの「華麗なる大円舞曲」を弾き、国際コンクールの審査員を務めれば、その内幕を書いた「チャイコフスキー・コンクール」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。その後もエッセー「ピアニストという蛮族がいる」などで文筆家としても活躍した。

 得意としたのはショパン。「これほどピアノの魅力を尽きせぬ美しさで伝えてくれる音楽はない」と語っていた。若い音楽家には「この音楽で何を伝えたいの?」と問いかけ、時間をかけて若い才能を育む大切さを訴えていた。

朝日新聞デジタルより)

あいにく私はその「得意とした」という中村氏の弾くショパンに感心したことは一度もなかった。「文才も発揮」の件については、「中村紘子のヒモ」との陰口も叩かれた夫君がゴーストライターではないかとの風評があるが、中村氏の「著書」そのものを読んだことがない私としては、ありうる話だよなあとは思うものの、風評の真偽は判断できない。

あとこの人の印象を悪くしたこととして、1982年にプロ野球の××対阪神の「伝統の一戦」が1000試合目を迎えたことを記念して放送されたNHKスペシャルに、中村氏が「××ファン代表」として出演していた動画を、数年前にネットで見てしまったからだ。燕党である私にとって、(燕党のみんながみんなそうでもあるまいが)「伝統の一戦」ほど気分の悪いものはない。昨夜まで甲子園でスワローズに3タテを食わせた阪神(おかげでスワローズはまた最下位に落ちた)もたいがいだが、××は論外なのだ*2。その番組で××をほめたたえて阪神をこき下ろす中村氏がまた憎たらしかった*3

でもまあ、そういったことどもはもう水に流そう。心より故人のご冥福をお祈りします。

*1:そのうち、http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20141019/1413694415中村紘子に言及している。これまで、この日記で中村氏に言及した記事はこの1件しかなかった。

*2:今晩からの東京ドームでスワローズは今年まだ1試合も勝ってないので、最低でも1勝はしてもらいたいものだ。もちろん勝ち越ししてほしいし、運良く3タテできればこの日記に祝賀記事を書く。

*3:なお、プロ野球で一番最初に通算1000試合に到達したのは、××対阪神ではなく中日対阪神であり、その試合で中日は大勝したが、当時のスポーツジャーナリズムはたいした扱いでは取り上げなかった。中日対阪神や中日対××の1000試合を事実上無視したスポーツジャーナリズムに対して、当然ながら名古屋のプロ野球ファンは怒ったが、そのことを私が知ったのは、××対阪神1000回戦のあと、当時週刊サンケイが連載していた阿部牧郎氏のコラム「偏見球談」にこの件が取り上げられていたのを立ち読みした時のことだった。