崩壊の時代、これに極まれり。新元号「令和」をめぐる「リベラル」たちの退廃に接して、私の悲観的予想さえはるかに超えたその惨状に新年度早々心が暗くなった。
退廃した「リベラル」の代表格といえそうなのが朝日新聞に載った瀬戸内寂聴のコメントと、『Yahoo! ニュース』に見解を発表した湯浅誠だ。湯浅は現在は「東京大学特任教授」なのだそうだが、そろそろ「東京帝大」と表記した方が良いのではないかと嫌味を飛ばしたくなる。
以下瀬戸内寂聴のコメントを引用し、湯浅誠の文章にはリンクのみ張る。
https://www.asahi.com/articles/ASM415QYFM41PTIL02G.html
瀬戸内寂聴さん「令和、日本だけでなく世界の幸せも」
聞き手・岡田匠
〈作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(96)の話〉 新元号の発表をテレビで見ていました。令和は「れ」から始まり、響きがいい。「らりるれろ」が入っていると、言葉がきれいに聞こえる。令和と聞いたとき、きれいだなあと、いい印象を持ちました。今まで中国の古典からとっていたけど、今度は日本の万葉集からとって、それもいいことだと思います。
私は大正11(1922)年5月15日生まれだから、令和になってすぐに97歳になります。大正、昭和、平成、令和と四つの元号を生きることになり、もうあきれるぐらいの長生きです。
今までの平成がよかったのは、戦争がなかったこと。本当によかった。ただ、今の世の中の状態だと、新しい元号の時代に戦争が起きないか不安です。
物心がついたころ、昭和のはじめは戦争でした。地元の徳島の女学校のとき、修学旅行で行ったのは満州でした。周りの男の人たちが戦争に行くと、おめでとうと旗をたてて喜んだ。提灯(ちょうちん)行列をしてお祝いした。でも、戦争で愛する人が死んでいく。そんな戦争が平成になくて幸せでした。
これからの時代は、日本で暮らす外国人が増えてくる。日本だけ、日本人だけよければ、ではだめ。「人間」の幸せを考えなければいけない。
世界の平和、世界の幸せ。令和がそんな時代になることを願っています。(聞き手・岡田匠)
(朝日新聞デジタルより)
これらには脱力するしかない。
もっとも、TBSラジオでは「令和」批判もやっていた。この日記のコメント欄で教えていただいたのだが、荻上チキの番組が4月2日に原武史と片山杜秀を呼んで新元号と安倍政権を批判していた。ネットでアクセスできる。私は最初の10分くらいしかまだ聴いていないが、荻上氏だったかが、安倍晋三が「元号制定権力」*1として自らの強大な権力を誇示している、これは天皇の死によってではなく、天皇自身は民主的であることを追求したのだろうが、生前退位によって制定されるため厳粛さが求められないことを悪用して、思いっ切り自分が決めた元号だと誇示できるのだろうという意味のことを言っていた。
いかにも安倍晋三の考えそうなことだが、それに対して瀬戸内寂聴や湯浅誠らはひたすら「令和」を持ち上げるばかりだ。彼らはいったい何を考えているのかと猛烈に腹が立つ。
だから、リンク先のTBSのサイトの序文に書かれたような惨状を呈するのだ。
政府はきのう、平成に代わる新元号を「令和(れいわ)」に決定したと発表しました。政府によりますと、出典は、現存する日本最古の歌集「万葉集」ということで、日本の元号の典拠が、中国の古典ではなく、日本の古典=国書となるのは、初めてだということです。新元号の発表に際しては、菅官房長官に加え、安倍総理も会見を行い、新元号に込められた意味などを説明。「働き方改革」や「抵抗勢力」などの言葉も飛び出し、まるで所信表明演説のようだったとの指摘も出ています。一方、メディアでは、新元号と同じ名前の人を探したり、新元号の名を冠した商品を紹介するなど、お祭り騒ぎの様相を呈しています。こうした中、共同通信がきのうときょう実施した世論調査では、新元号の「令和」について、好感が持てると答えた人は73・7%。出典が日本の古典だったことについて、「評価する」と答えた人は84・6%に上りました。また、安倍内閣を支持する人は、52・8%で、先月の調査に比べ9・5ポイント上昇しています。
今夜は、新元号をめぐって、いま何を考えるべきなのか、天皇や元号について、考察を深めてきた2人の専門家とともに考えます。
(TBSラジオのサイトより)
そのTBSはテレビでは下記の報道をしていた。
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3639403.htm
令和「ビューティフル・ハーモニー」で訳語統一
新元号「令和」の英語の訳について、外務省は、「美しい調和」を意味する「ビューティフル・ハーモニー」と統一し、外国政府などにこの訳語で説明するよう在外公館に指示しました。
外務省によりますと、新元号「令和」が発表された直後、海外のメディアでは「令」の意味について、「命令」の「令」にあたるオーダー(order)やコマンド(command)と説明する記事が見られました。
このため外務省は、「令」は「美しい」、「和」は「調和」の意味であり、「令和」を英訳する際は「美しい調和=ビューティフル・ハーモニー」という訳語で統一し、外国政府や海外メディアにそのように説明するよう、在外公館に指示したということです。
安倍総理は「令和」について、「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められている」とする談話を発表しています。
(TBS NEWS 2019年4月4日)
そりゃ令といえば order や command を指すのが普通で、beautiful harmony の印象を与えたいのなら違った漢字を使えば良かっただけだ。
しかし、「美しい」を強調するのもまた安倍晋三のイデオロギーの発露なのであって、12年前だか13年前だかに私が「読まずに批判」した安倍の「著書」、『美しい国』がすぐに思い出される。そして、「美しい」という意味を表すのに命令の「令」を用いた新元号「令和」こそ、安倍晋三のイデオロギーのエッセンスだといえる。
そんな元号を手放しで褒めそやすのが瀬戸内寂聴や湯浅誠ら「リベラル」なのだ。
思えば、元号に「安」の文字を入れるかどうかなど本当にどうでも良い話だった。新元号が発表された当日、「安」が入るかどうかばかり気にしていた人たちがネトウヨたちの笑いものにされていたが、この件に関しては笑われても仕方ないと思った。なぜなら、あいつの姓が「安倍」でさえなければ、「安」なんていかにも元号に入りそうな安直な文字だし、現に安の字の入った元号など掃いて捨てるほどあるからだ。それに対して、「令」などというタカビーな文字を使った元号など過去一度もなかった。幕末に二回「令徳」が候補になって幕府に却下されたというのだが、これは本当に江戸幕府が倒れる直前の話であって、「幕府に命令したい」という公家たちの願望が元号案となって表れ、それに幕府が激怒したのが真相なのではないか。
それなのに「安」には神経質になって「令」は大歓迎するとはなんとひどい倒錯か。「批判する言論が絶え果てた『崩壊の時代』」はここまできたか。今回もまたそう思った。