kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「一律8割削減」の再現は私も本音では真っ平御免だが

 新型コロナウイルス感染症に関する一連の記事にいただいたコメントの中で、やはり下記記事にいただいたにっしーさんのコメントに触れないわけにはいかないと思い直した。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

にっしー

 

 ブログ管理主は「人と人との接触を抑える」ことに積極的ですが、政府や専門家が再度の緊急事態宣言発令に消極的なのは、日本の大多数の人々が、4月の1回目の緊急事態宣言発令後の生活・社会情勢に大きなトラウマを抱いているからではないでしょうか?

 少なくとも私は、あの頃の生活には本当にショックを受けました。ほとんどの施設は閉鎖している。外でやることが何も無い。スーパーは売り物(小麦粉など)が品薄になっている。地上波のテレビは新作番組が制作されず、再放送ばかり流している。これだけ苦しんだ中、5月上旬に緊急事態宣言の延長が発表された時の絶望感。私はあんな頃には戻りたくありません。日本のほとんどの人が同じように苦しく感じているからこそ、今ウイルス感染が拡大していても、経済との両立を図って自粛を抑えているのだと思います。

 

 そのトラウマなら私にもあります。昨日(8/9)読書ブログに公開した下記記事の書き出し部分で、少しだけ触れました。
 

kj-books-and-music.hatenablog.com

 

 今年の新型コロナウイルス感染症で「QOL」(Quolity of Life)が下がったと感じておられる方は少なくないだろう。私もその一人だ。

 在宅勤務では仕事にアクセス制限があって(テレワークなんか全然想定していなかった職場なのだ)なかなか進まなかったが、その分を取り返せと言われて仕事に追われていることもある。そして、年に何回か行っていた山にも行けずにいる。

 

 今年度に入ってから(4月以降)の職場環境や仕事に対しては、関西弁で言う「えらい目おうたがな」という、3年前に平野博文前原誠司に対して投げつけた言葉そのものの感想しか湧きません。本音を言えば私もまた「『緊急事態宣言による8割削減』の再現など真っ平御免」です。私の場合、テレワークには制限が多すぎて、週1日だけの出勤では仕事はとうてい回らないのです。

 しかし、だからといって「日本のほとんどの人が同じように苦しく感じているからこそ、今ウイルス感染が拡大していても、経済との両立を図って自粛を抑えている」という態度が正しいとは言えません。

 私はしばしば勝川俊雄氏のツイートを引用しますが、「リベラル・左派」の中にも、氏を蛇蝎のように嫌う人たちがいるようです。たとえば、下記のツイートを目にしました。
 

 

 しかし、勝川氏の下記ツイートなどは、まっとうそのものであるとしか私には思えません。

 

 

 

 前述の勝川氏批判者と勝川氏とでは「PCR検査数を増やすべき」という点では意見の対立はありません。対立があるとすれば、「そもそも指数関数的に増える相手に、キャパシティで勝負できるはずがありません」という勝川氏の主張に、批判者が納得してないのではないかと想像されます。この対立構図であれば、後者には科学的センスが欠落しているとしか私には思われません。彼らは一次関数と指数関数の性質の違いを全く理解していないわけです。

 とはいえ、「一律8割の人の動きの削減」の再現は止めてほしい。それは私も思います。だから、特に動き回る人たちの動きを重点的に止め、その他の人たちに対してはたとえば5割の削減にとどめるなどの選択的な施策をとるほかないのではないのでしょうか。

 しかし、教条的な一部の「リベラル・左派」はそれにすら反対する。これでは、「何が何でも『経済を回す』」という、右派(特に新自由主義的な人たち)と変わるところは何もないのではないと思います。

 そこまではいかずとも、もうあんな思いは御免だから、運が悪ければ死んでしまうかもしれないけれどもかつての生活に戻りたい、という姿勢は無責任きわまりないのではありませんか。そんな姿勢では、本来死ななくても済むはずの人たちを殺してしまいます。