kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「GoToキャンペーン」をめぐる「西浦博vs.飯田泰之・中田大悟」論争から素人が推測した、理論疫学に「科学的エビデンスが低いことで知られる研究」がある理由

 中央公論新社から出ている西浦博のインタビュー本を読み終えたが、本の終章は昨年10月上旬、つまりまだ第3波が立ち上がる前のインタビューで、それに現在話題になっている、GoToキャンペーンと感染拡大の関係に関する研究への言及があった。以下引用する。下記引用文は西浦博の発言。

 

 たとえば、僕の研究室で水面下でやっていた研究では、7月22日にGoToが始まった直後の4連休(7月23〜26日)の段階で、観光を理由とした旅行に伴う感染者が地方でどれくらい増えるかを見たのですが、やっぱりしっかり増えているんですよ。でも増えるということを分かってやっている政策なので、その中で重症の人を減らそうかとか流行が悪くなるのを防ぐにはどうしようか、と考えることになります。

 

(西浦博(聞き手・川端裕人)『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(中央公論新社, 2020)266頁)

 

 ところがそれから3〜4か月が経ち、その間に菅義偉が「GoToキャンペーンが感染を拡大させたエビデンスがない」と答弁し、(大阪の?)テレビ番組で辛坊治郎が宮沢孝幸と馴れ合いながら「GoToは感染に影響なかったですよね」というなど、GoToありきの議論が暴走していった。「エビデンスがない」というのは、もともとは昨年11月18日に日本医師会中川俊男会長が

「GoToトラベル」自体から感染者が急増したというエビデンス(根拠)がなかなかはっきりしないが、きっかけになったことは間違いないと私は思っている。感染者が増えたタイミングを考えると関与は十分しているだろう。(朝日新聞デジタル 2020年11月18日*1

と発言したところ、菅がこのコメントの前半だけ切り取って開き直ったものだ。

 実際、第2波の感染状況からGoToと感染増との関係があったと考えることは、直感的にも難しい。

 

f:id:kojitaken:20210131111055p:plain

日本国内のCOVID-19の新規陽性者数と死亡者数(7日間移動平均NHK集計)

 

 上記グラフに見る通り、8月1日開始予定のGoToキャンペーンが前倒しで開始された7月22日には、既に第2波による陽性者数がピークに近づいていて、8月に入ると減少を始めたからだ。

 しかし西浦博らは、首都圏や近畿、東海などの都会地区を外した地方の24県で、GoTo開始直前と開始直後のデータを比較して「GoToトラベルと新型コロナ感染に相関あり。但し因果関係があるとは断定できない」との結論を出した。これがマスメディアに大きく報じられ、経済学者の中田大悟と飯田泰之がそれぞれ別々に西浦らの結論に批判的なコメントを出した。それに対して西浦がさらにコメントを出し、そのコメントに対して中田と飯田がコメントした。このような流れになっている。このうち、西浦のコメントとそれに対する中田と飯田のコメントへのリンクを下記に示す。

 

news.yahoo.co.jp

 

news.yahoo.co.jp

 

note.com

 

 この記事で両陣営の行司役をやってどちらかに軍配を上げる能力は、当然のことながら私にはないので、そんな無粋なことはやらない。もちろん心情的には私は大いに西浦氏寄りだが、それと正しい/正しくないとは全く別の問題だ。

 ただ、一点興味を惹かれたのは下記の点だ。以下中田氏のコメントから引用する。

 

エビデンスレベルについて

安齋・西浦論文で、最初に驚いたのは、分析が観察データのシンプルな比率を提示しているだけだった点ですが、このことについては西浦先生から説明がありました。要すれば、疫学では、因果関係の詳細な分析に踏み込む前段階の、イントロダクション的な記述分析のみを提示する端緒的研究の論文があり、安齋・西浦論文はそれに他ならないということです。このような慣習は、経済学には無い文化(経済学の場合、論文は相当にself-containedであることが求められます)なので、なるほど他の分野にはそういう論文が存在するのかということが知れたことは素直に勉強になりました。これはどちらの分野のやり方が正しいかということではないと思います。

 

出典:https://news.yahoo.co.jp/byline/nakatadaigo/20210129-00220017/

 

 飯田氏もこの点に言及している。

  

 中田氏も指摘されているように,今後続く研究についてのイントロダクション的な分析のみを独立の論文として掲載する習慣が経済学にはないことから私が安斎・西浦論文の意図するところを十分にくみ取れていなかった部分もあるかと思います.

 

出典:https://note.com/iida_yasuyuki/n/nb9a4b91c7a28

 

 順番が前後するが、両氏の言及に対応する西浦氏のコメントを下記に示す(2箇所)。

 

 最初に申し上げますが、今回の私たちが発表した(疫学研究領域ではエビデンスレベルが低いと言われる)記述疫学研究1編は、それだけでGo Toトラベルという政策の是非を強く問うものではありません。

 

出典:https://news.yahoo.co.jp/articles/1b8728b5775defe7c94701f86c2cb83a0bc4165b?page=1

 

疫学研究の中で、今回の研究は観察研究(observational study)、特に、記述疫学研究(descriptive study)と呼ばれ、そこから得られる科学的エビデンスのレベルは低いことで知られます。つまり、位置づけとしても、今後のために「因果関係を検討すべき」と呼び掛ける程度の役割をしている研究に相当します。

 

出典:https://news.yahoo.co.jp/articles/1b8728b5775defe7c94701f86c2cb83a0bc4165b?page=4

 

 なぜ、「科学的エビデンスのレベルが低いことで知られる」研究が経済学にはなく、理論疫学にはあるのかということに興味を惹かれたのだ。

 直ちに思いついたのは、理論疫学の課題には、科学的正確さの他に、助けられる命があれば一刻も早く助けなければならないということがあるからだろうな、ということだ。

 最初に引用した日本医師会の中川会長が言う通り、特にGoToキャンペーンの開始からしばらくの間は、このいかにも感染を拡大させそうな政策が実際に感染増につながったことを示唆するデータは何もなかった。7月下旬に陽性者が増え、これはGoToのせいで感染爆発に至ってしまうかもしれないとは私も思ったが、そうはならなかった。しかし、その時点で西浦研究室は今回発表した研究を行っていた。この点が評価されるべきだと思う。

 実際、GoToがよりはっきり「怪しい」と感じさせるのは、10月とこの年末年始の感染状況だ。当初GoToの対象外だった東京都がGoToの対象に加えられたのは10月1日だが、この記事の最初の方で示したグラフからも明らかな通り、その2週間後にあたる10月後半以降に第3波が立ち上がった。そして、GoTo停止が発表されたあと、駆け込み利用があったと見られる時期の2週間後に、すさまじい勢いで陽性者が増えた。それが年末年始の異様なまでの、まるで槍ヶ岳のピークみたいな陽性者の急増だった。山の頂点はGoToキャンペーンの停止日からちょうど2週間後の今年1月11日であって、そこから「下山」が始まった。

 偶然にしてはあまりにもタイミングが合い過ぎている。もちろん私は直感的にGoTo*2の影響を強く疑う立場に立っている。

 正直、年末年始の陽性者急増には、どこまで増えるのかと恐怖を感じた。疫学の分野には命がかかっている。研究者たちの中にも、これまで他の疫病の感染状況がひどかったアフリカ等で自らの生命を危険に晒しながら研究を行い、実際に命を落としてしまった人たちが少なくないはずだ。

 そんな分野だから、因果関係の研究開始を促すような「科学的エビデンスのレベルが低い」研究があるんだろうなと推測した次第。

*1:https://www.asahi.com/articles/ASNCL5VLMNCLUTFL00Q.html

*2:トラベルだけではなくイートも含み、むしろイートの方がより影響が大きかったのではないかと思っているが。