kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

東京五輪開催強行を止めようとした尾身茂の発言を「感情」論だと評した梶原みずほを報ステに送り込んだ朝日新聞のネオコン・ネオリベぶりはもはや処置なし

 ずっと「新型コロナ」の優等生といわれていた台湾やベトナム新型コロナウイルス感染症の大きな波に襲われた。

 台湾はずっと陽性者数累計1000人、死亡者10人ちょっとで踏みとどまっていたが、N501Yに襲われて陽性者累計が1万人近く、死亡者が150人近くになった。この「近く」は「以上」になるだろう。新規陽性者数は既にピークアウトしたようだが、死亡者数はまだまだ出る。それでも人口が台湾の3分の1程度の大阪府が死亡者が2300人以上も出しているのと比較すると一桁小さいが、ずっと抑えてきた今年4月までより一桁大きな数字になった。

 また人口が1億人近くまで増えているベトナムでは、イギリス型とインド型のハイブリッドという性質の悪い変異株が発見されたという。ベトナムの陽性者累計は8000人近く、死亡者は50人近くになった。ベトナムでの感染増加は台湾で見られたほどの爆発的なものではなかったようだが、死者がほとんど出ていないという同国のイメージは変わった。

 山中伸弥が言い出して一時話題になった「ファクターX」とは何だったのだろうか。そんなものは存在しなかったのではないか。そう思われる。

 また、ウイルスの弱毒化理論もあった。しかし、その理論で挙げられている具体例を見ると、数十年のタイムスパンで弱毒化の方向で変異が進んだというものだった。100年前の「スペイン風邪」(実際の発祥地はアメリカだったらしいが)では、最初は高齢者が多く死亡したが、おそらくは変異株によるものだろう、第3波以降では若者や子どもたちの死亡が多くなり、流行は2年以上続いた。結局、ウイルスが弱毒化するとともに、ヒトの方もウイルスにやられやすい人々が生き残ったといえるのではないか。要するに感染しやすい、あるいは重症化しやすい人々の犠牲があってこそ「ウイルスの弱毒化」が起きたに違いないということだ。都合良く人々に何の害もなく「ウイルスの弱毒化」だけが起きるはずがない。

 こう考えると、「ファクターX」とワクチンだけをひたすら当てにしているとしか思えない菅政権がノーガード戦法を貫きながら東京五輪に突っ込もうとしていることは、危険極まりない。

 そんな中、分科会の尾身茂が「パンデミックの中での五輪開催は普通ではない」、「IOCへの直訴を考えている」などと発言し、スポーツ紙は「尾身の乱」と報じた。この件に関して、芥川賞作家の平野啓一郎氏が何やら言ったらしいが、私は下記くろかわしげる氏のツイートに軍配を挙げる。

 

 

 尾身茂氏は科学者であって技術者ではないと思うが、それを除けばその通りだ。たとえば企業に属する技術者は、会社がそのプロジェクトを止めてしまえば会社にとって必要ない人間になる。そうなれば技術者は自らが働ける場を求めて自分から出て行く。つまり、何も文系の連中に「クビをかけろ」と言われる前から、常に自らの首を賭けて仕事をしているのだ。「クビをかけて」云々という文系の連中の寝言には「お前が言うな」としか思わない、それが多くの技術者(や、あるいは科学者)の言い分だろう。

 その技術者が出ていく先が中国や韓国だったりすると、ネトウヨを含む日本の右翼に指弾されるが、技術者たちはそんな右翼の連中を「お気楽な人たちだよなあ」とあざ笑っていることもつけ加えておこう。

 この手の右翼を含む、どうしようもない文系の連中の中でももっとも腹立たしいのは、アメリカのネオコンの薫陶を受けた、現朝日新聞編集委員の梶原みずほのような人間だ。下記は江川紹子氏のツイート。

 

 

 幸いにもこの場面は視聴しなかったが、梶原みずほは尾身茂の発言を「感情」と評したのか。論外だ。

 尾身茂に対しては、同業の科学者からも批判が出ている。たとえば、時間がとれなくて読書ブログでの書評の連載を中断しているが、『新型コロナの科学』(中公新書2020)の著者・黒木登志夫氏などがそうだ。黒木氏は「分科会に編成替えまでの専門家は、使命感から積極的に発言し、国民に警鐘を鳴らし続けた。われわれも専門家の発言に注意していた」(前掲書184頁)と高く評価する一方で、「分科会委員に格下げされてからの専門家は、政府の政策にお墨付きを与えるだけの立場に甘んじてしまった。専門家が正論を言わなくなったら専門家ではない」(同186頁)と批判している。

 この論法に当てはめれば、今回の尾身茂の発言は、「東京五輪がなし崩し的に開催を強行される流れが決まりつつある現在、専門家が本来の姿を取り戻し、危険極まりない東京五輪の開催強硬を止めようと動いた」ものとして肯定的に評価されるべきものだろう。

 少し前には「小池都知事東京五輪を止めたくて仕方がないのではないか」などと、妙に小池百合子に期待するかのような「リベラル」がいたが、私に言わせれば、小池こそ東京五輪開催に固執して、コロナ対策よりも五輪開催を優先させて東京都に新型コロナの感染を拡大させた最大の戦犯の一人だ。自治体の首長で小池と悪質さを比較できるのは、大阪の吉村洋文だけだろう。第3波の時に小池が菅義偉と責任の押し付け合いをしたあげくに新型コロナ対策に無策を続けて、年末年始の首都圏に感染爆発を招いたことを、小池に東京五輪の止め役を期待した人たちはもう忘れたのだろうか。そんな記憶力なら、4年前の「希望の党」騒動など、もう何も覚えていなくても何の不思議もない。

 梶原みずほのようなネオコンを報棄てのコメンテーターに送り込んだ朝日新聞も酷い。朝日は少し前に社説で「ええかっこしい」をしたが、結局東京五輪中止の大キャンペーンを張ったりはしなかった。朝日新聞が読む人などほとんどいない社説で五輪中止を訴えたのは、やはり単なるエクスキューズに過ぎなかったようだ。

 朝日は、消費税減税に関しても、新自由主義の立場からこれを煽ったとのこと。

 

 

 私は「消費税を基軸とした税制」を掲げる井手英策のような行き方にも大反対の立場であることは昨日も書いた通りだが、新自由主義的な「小さな政府」の立場からの消費税減税論だと、それこそ河村たかしの「減税真理教」と何も違わない。

 こんなネオコンネオリベ新聞の購読を止めて本当に良かったと思っている。