菅直人首相が早くも「バル菅」などと呼ばれているが、確かに社民連を出発点に、少数勢力にいながら大勢力を引っかき回して総理大臣にのし上がった菅首相には、「バルカン政治家」のイメージがある。谷垣禎一など、いいようにあしらわれた印象を受けた。
菅直人は鳩山由紀夫の後を受けて総理大臣になったが、鳩山由紀夫の後ろには小沢一郎がいたことから、田中角栄の後を受けた三木武夫になぞらえる人も多い。
その三木内閣を支えたのが中曽根康弘だった。田中角栄が逮捕されたロッキード事件で中曽根が逮捕されなかったのは、首相が三木武夫だったからだとも言われている*1。
田中角栄が逮捕されてから6年後、中曽根康弘は総理大臣になったが、いつの間にか中曽根は田中角栄に取り入っていた。朝日新聞などマスコミは、「田中曽根内閣」だとして批判したが、私は「田中曽根だから悪いんじゃない、中曽根康弘その人が問題なんだ」と思っていた。そして、田中角栄が病気で倒れた時から、中曽根の黄金時代が始まり、翌年の衆参同日選挙での自民党圧勝をもたらした。「民活」(民間活力の活用)と銘打った中曽根の新自由主義政策は、総理大臣退任の頃(1987年)に始まったバブル経済を招来した。
話を菅首相に戻すと、なんだかんだ言って、神野直彦、金子勝、小野善康、湯浅誠各氏らと近い菅首相は、民主党内にあっても特異なスタンスの人だといえる。それは、旧民社とも新自由主義勢力とも違って、いかにも元社民連の政治家らしい。
しかし、合従連衡によって総理大臣にのし上がった菅直人の周囲は、鳩山由紀夫政権時代の旧民社は後退したとはいえ、それに代わって新自由主義勢力の影響力が強くなった。今後、菅首相は綱渡りの政権運営を行い、時には新自由主義勢力と大幅に妥協してはらはらさせられるだろう。
そして、中曽根康弘とのアナロジーから、現在菅首相にくっついている新自由主義者の中に、将来小沢一郎と手を結んで総理大臣の座につく人間が出てきやしないだろうかとふと思った。その人間は、当初「小沢一郎の傀儡」としてマスコミに非難されるが、いやこれ以上妄想は止めておこう。ただ、もしそういうことになっても、小沢一郎に取り入った新自由主義者を、小沢信者は歓呼をもって熱烈歓迎するのではないかと思う。
いや、既に現実の政治で小沢一郎一派は新自由主義者の樽床伸二を担いだが、小沢信者は誰も樽床を批判しなかったのだ。植草一秀に至っては樽床伸二を絶賛する始末だった*2。
だから、連中が何をやらかしても不思議はない。
*1:児玉誉士男の口が堅かったことが最大の理由ではあろうけれど。
*2:http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-69c9.html