kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

有馬哲夫『原発・正力・CIA』(新潮新書)

最近、といっても先々週に読み終えた本。


原発・正力・CIA―機密文書で読む昭和裏面史 (新潮新書)

原発・正力・CIA―機密文書で読む昭和裏面史 (新潮新書)


同じ著者の『日本テレビとCIA』(新潮社、2006年)の続編に当たるが、最初から新書のために書き下ろされたこの本は前作ほど硬派の作りにはなっておらず、速く読める。参照文献も、文献番号を付して厳密に参照先を示していた前作とは異なり、巻末にまとめて「本書のソース」として示している。ハードカバーと新書で書き分けたということだろう。

以前、『日本テレビとCIA』について書いた時*1にも参照した、本書についてのノビー(池田信夫)の書評*2を再び掲げておこう。

本書では原発が中心になっているが、著者の前著『日本テレビとCIA』とあわせて読むと、冷戦の中でメディアとエネルギーを最大限に政治利用した正力松太郎という怪物が、現在の日本にも大きな影響を残していることがわかる(これは『電波利権』にも書いた)。正力は暗号名「ポダム」というCIAのエージェントで、米軍のマイクロ回線を全国に張りめぐらし、それを使って通信・放送を支配下に収めるという恐るべき構想を進めていた。

この「正力構想」はGHQに後押しされ、テレビの方式はアメリカと同じNTSCになったが、彼が通信まで支配することには電電公社が強く反対し、吉田茂がそれをバックアップしたため、正力構想は挫折した。しかし、そのなごりは「日本テレビ放送網」という社名に残っている。そしてGHQが去ってからも、正力はCIAの巨額の資金援助によって「反共の砦」として読売新聞=日本テレビを築いた。同じくCIAのエージェントだった岸信介とあわせて、自民党の長期政権はCIAの工作資金で支えられていたわけだ。

正力が原子力に力を入れたのは、アメリカの核の傘に入るとともに、憲法を改正して再軍備を進めるためで、最終的には核武装まで想定していたという。しかしアメリカは、旧敵国に核兵器をもたせる気はなく、正力はCIAと衝突してアメリカに捨てられた。しかし彼の路線は、現在の渡辺恒雄氏の改憲論まで受け継がれている。こうした巨大な政治力を使えば、電波利用料で1000倍の利益を上げるなんて訳もない。

(『池田信夫blog(旧館)』 2008年2月26日付より)


ノビーの書評では、引用部分のあとにわけのわからない文章が続いているが、知りたい方はノビーのサイトを直接ご参照いただきたい。引用を割愛した部分はともかく、引用部分はよくまとめられていると思う。


本書の各章のタイトルを下記に示す。

  1. なぜ正力が原子力だったのか
  2. 政治カードとしての原子力
  3. 正力とCIAの同床異夢
  4. 博覧会で世論を変えよ
  5. 動力炉で総理の椅子を引き寄せろ
  6. ついに対決した正力とCIA
  7. 政界の孤児、テレビに帰る
  8. ニュー・メディアとCIA


以上で本書の流れはほぼ想像がつくと思うけれども、一言で言って正力松太郎はコードネーム「ポダム」(のち「ポジャクポット」)を持つCIAのエージェントだった。蛇足だけれどもなぜかCIAの日本人エージェントのコードネームは "P" で始まる。正力がライバルと目した朝日新聞OBの保守政治家・緒方竹虎もCIAのエージェントだったが、緒方のコードネームは「ポカポン」だった。

但し、正力にせよ緒方にせよアメリカの自覚的なスパイであったわけではない。正力は自らの政治的野望のためにCIAを利用しようとさえした。その結果CIAと衝突したのだった。原発はむろん正力が総理大臣の座を射止めるための「道具」に過ぎなかった。

ところで、正力がアメリカではなくイギリスのコールダーホール型原子炉を導入したときのいきさつは本書で初めて知った。これは佐野眞一内橋克人の本には出ていなかった。

1956年にイギリスからクリストファー・ヒントンが来日して「コールダーホール型」と呼ばれる原子炉を売り込み、正力はそれに乗ったのだが、その決断に先立って正力はアメリカにも探りを入れていた。しかし既に正力を見限っていたアメリカの反応は冷淡で、「招待ではなく非公式訪問なら応じてやる。但し費用は日本持ちだ」というものだった。これに怒った正力が、それならということでイギリス製の動力炉導入に踏み切り、同時に読売新聞紙面を使って猛烈なアメリカ批判を展開したというのだ。正力は、アメリカとの「原子力朝貢外交」*3を断固として拒否したのである。

本書169頁に引用されている1956年6月20日付読売新聞の一面掲載コラム「編集手帳」のアメリカ批判は過激きわまりない。同コラムは、前半でアメリカが同年5月21日の水爆実験で着弾点が4マイルも外れた結果2人の米兵の視力が奪われてしまったことを笑いものにしたあと、沖縄の米軍基地問題について次のように書いたという。

 アメリカ下院のプライス委員会の報告によると、アメリカ軍用地を実際的には「百年でも二百年でも」永代借地できるような措置をとるらしい。じょうだんじゃない。イエス、イエスと平和条約にサインはしたけれども、沖縄を永久に差し上げますなどという約束はどこにもない。「国際の平和と安全の維持のため」には日本の防衛はまだまだこの百年ぐらいは心もとないから、日本の主権の潜在する土地にガン張って守ってあげますよ、というご親切にはホトホト恐縮のほかないが、それだけの親切があったならば、すぐに燃えて落っこちるような飛行機を自衛隊に与えるようなことはやらないでほしいものだ。的はずれとヤブにらみの「親切」。この「親切」がアメリカさんに対する世界の人気を失わしめているのだ。

(読売新聞 1956年6月20日付「編集手帳」より;有馬哲夫『原発・正力・CIA』169-170頁より孫引き)


正力松太郎=コードネーム『ポダム』を持つCIAのエージェント=アメリカの言いなり」などという短絡的なイメージを持っておられる方は、その正力松太郎が「独裁」していた読売新聞の1面の看板コラムにこんな文章が載ったことを知るべきだろう。本書によると、CIAはこのコラムに激怒し、「犯人探し」をして筆者を突き止めたそうだ。本書には「I」というイニシャルで書かれているが、この頃の「編集手帳」の筆者といえば、のちの務台光雄社長時代に読売新聞の百年史をまとめたという高木健夫ではなかったかと思う。もっとも、すべてのコラムを同じ執筆者が書いていたかどうかはわからない。

それはともかく、サンフランシスコ平和条約の発効から4年しか経っていない時期に、当時から右寄りと言われていた読売新聞に、正力松太郎がへそを曲げた結果とはいえこんなコラムが載ったことを思うと、現在の野田(「野ダメ」)政権の文字通りの「朝貢外交」や、それを読売「ナベツネ」新聞ばかりか朝日・毎日も翼賛しているジャーナリズムの現状はお寒い限りだ。特にTPPの件などひどいものである。

しかしながら、正力がイギリス製動力炉を導入したことは大間違いだった。1957年10月10日、イギリスのウィンズケール(現セラフィールド)で原子炉が火災事故を起こし、それを受けてイギリスは日英動力協定に「免責事項」を入れてほしいと申し入れしてきたのだ。要するに、事故が起きてもイギリスは責任を持たないということであり、かといって事業者(電力会社)には事故が起きた場合に賠償の費用をまかない切れない。こうして、1961年の原子力損害賠償法制定につながった。これは、賠償措置額を超える原子力損害が発生し、原子力事業者が自らの財力では全額を賠償できない等の事態が生じた場合に、国が原子力事業者に必要な援助を行うことができると定めた法律だ。

正力松太郎に関して書かれた本を読むたびに思うのは、日本人はいつまでこの「前世紀の『巨怪』」が自らの野望のために利用しようとした「原発」にこだわり続けるつもりなのかということだ。前世紀に正力松太郎が日本の大衆文化に与えた影響は絶大であり、今世紀に入って10年以上が経過した今なお尾を引いている*4。そして正力は政治の世界でも「保守合同」を仕掛けて「55年体制」を作り、原発推進を日本の「国策」にして、それがこの地震列島・日本に54基もの原発を建てるという愚行につながった。日本人はいつまでもその呪縛を脱しようとしないばかりか、かつて正力自身が時と場合によってはアメリカと対決したような姿勢すら失ってしまって、野田佳彦を筆頭とする権力者たちは、アメリカのいいなりになっておけば安泰とばかり保身に走っている。いつの世でもエピゴーネンは本家より矮小だ。

今の日本に求められるのは「脱・正力松太郎」、「脱・読売」だと思えてならない。


他に読んだ本。


昭和の終わりと黄昏ニッポン (文春文庫)

昭和の終わりと黄昏ニッポン (文春文庫)

*1:http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20111001/1317440629

*2:http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/6f6f5ff4096f9cad3de2939095645c7d

*3:本書159頁の小見出しより

*4:たとえば、人気が衰えたとはいえ、読売ジャイアンツがいまだに「クライマックスシリーズ」に出てきて、それがテレビで報じられる。昨夜(10月28日)のテレビ朝日報道ステーション』では、ジャイアンツが「V9」を達成した頃の日本シリーズの話を蒸し返す翼賛特集を組んでいた。堀内恒夫ら読売投手陣が1970年の日本シリーズでロッテの主砲・アルトマンを敬遠責めにしたなどというアンフェアな戦法までをも褒め称える特集に呆れ返ったが、そんな特集を朝日系のテレビ局が流すのである。