kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

鰹節でも勝負師でもなく‥‥大相撲力士・勝武士の新型コロナウイルス性肺炎死に思う

 これは数日前に書きかけてお蔵入りにしていた記事だが、公開することにした。

 

 この力士の訃報を音声ではなく文字で目にした人の多くは「かつぶし」と読んでしまったのではないか。私もそうだった。かつぶしとは鰹節の転訛で、江戸弁をはじめとして全国あちこちで用いられる。先月、新型コロナのニュースの合間に読んでいた武田百合子(1925-1993)の『富士日記』(中公文庫、上中下の3巻本)にも「かつぶし」は頻出した。この日記には著者が山荘で作った献立が欠かさず記録されている。「鰹節」あるいは「かつおぶし」の表記もごくたまにあったが、大部分は「かつぶし」だった。

 以下NHKニュースより。

 

www3.nhk.or.jp

 

 以下引用する。

 

大相撲 新型コロナ感染の力士が死亡 28歳 20代以下は初めて

 

日本相撲協会は、先月、新型コロナウイルスに感染し入院していた大相撲の高田川部屋に所属する三段目の勝武士が13日新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のため東京都内の病院で亡くなったことを発表しました。28歳でした。大相撲で新型コロナウイルスに感染した力士が亡くなったのは初めてです。

亡くなったのは、高田川部屋に所属する三段目の勝武士、28歳です。

日本相撲協会によりますと、勝武士は、発熱やけん怠感のほか息苦しさなどの症状を訴え、先月8日から都内の病院に入院し、その後、新型コロナウイルスに感染していることが確認されていました。

その後、症状が悪化して、先月19日から集中治療室で治療を続けていました。

日本相撲協会によりますと、13日午前0時半に新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のため東京都内の病院で亡くなったということです。

大相撲で新型コロナウイルスに感染した力士が亡くなったのは初めてです。

勝武士は、去年2月に行われたNHK福祉大相撲で相撲の所作や禁じ手などを力士2人がユーモアを交えて実演する「しょっきり」を披露し、会場を沸かせていました。(後略)

 

NHKニュース 2020年5月13日 18時32分)

 

出典:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200513/k10012428091000.html

 

 亡くなった力士の四股名は「しょうぶし」と読む。そうか、「勝負師」に引っ掛けた四股名なんだと誰しも気づいただろう。さらに検索語「勝武士 勝負師」でググると、Tシャツ通販のサイトが「勝武士」の3文字を縦書きでプリントしたTシャツの商品を掲げているのが見つかる。サイトには

勝負師から「負」の文字を無くし、勝つだけの武士として勝武士としました。

とある。おそらく力士の勝武士も、同じような発想からつけられた四股名なのだろう。

 もう一つ気づいたのは、勝武士が高田川部屋の力士だったことだ。この部屋にはかつて剣晃という関取がいて、「貴ノ浪キラー」の悪役力士として名を馳せていたが、30歳の若さで難病にかかって死んだ。1998年のことだ。私がテレビで大相撲を見ていたのはこの頃までだった。剣晃が最後に貴ノ浪に勝った一番も確か見たことがあって、これで対戦成績が五分になったなと思った。当時の高田川部屋は、親方がかつて八百長相撲の疑惑で大関を陥落した力士(元大関・前乃山)だったせいか、それとも貴ノ浪が人気絶頂だった二子山部屋の力士だったせいか、はたまた剣晃のふてぶてしい面構えと態度のせいか、剣晃は悪役だったのだが、私は力だけに頼る貴ノ浪の取り口が嫌いだったので剣晃を応援したのだった。剣晃については以前この日記に記事を書いたことがある。

 しかし、今世紀に入って大相撲中継を見なくなった。ことに2001年5月に小泉純一郎が「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」とかいうセリフを発したあとは見る気がさっぱり起きなくなった。19年前のあの夏場所で優勝した貴乃花は、その後二度と優勝することなくして引退し、数年後にはお家騒動を引き起こした。

 大相撲への関心を失ったせいで、二子山部屋から貴乃花部屋に移って元貴乃花と喧嘩別れした元関脇・安芸乃島が高田川親方になっていたことも知らなかった(元貴乃花と喧嘩別れしたことは知っていたが)。勝武士は前の親方ではなく、元安芸乃島がスカウトした力士だったらしい。元前乃山と剣晃はともに大阪府出身だったが、元安芸乃島四股名からもわかる通り広島県出身、勝武士は山梨県出身だった。

 剣晃の四股名は、入門前の荒れた生活とかつ不摂生で顔色が悪かったことから「健康」を願ったものだったという。そんな四股名をつけたら難病で早世してしまった。

 同様に勝武士も、「負けない勝負師」どころか、糖尿病に起因する低血糖障害のために戦わずして負けたこともある、花相撲で人気の力士だった。以下4年前の日刊スポーツの記事より。

 

www.nikkansports.com

 

 以下引用する。

 

珍事!低血糖障害で不戦敗

 

 4日目の三段目の取組で、珍事が起きていた。西54枚目の勝武士(24=高田川)は土俵下の控えで全身が紅潮して手が震え、取組直前で異例の不戦敗。審判で異変に気づいた峰崎親方(元前頭三杉磯)から「相撲は取れるか」と聞かれると「できれば、このまま帰りたいです…」と訴えた。相手の朱鷺ノ若も「審判の親方から『不戦(勝)だよ』と。ビックリした」。峰崎親方も「初めてだよ」と驚きを隠さなかった。

 原因は2年前に患った糖尿病による低血糖障害だった。当日は取組前に「エナジードリンクとチョコ」を摂取したが、薬は飲んでいなかった。定期通院しておらず、自己管理不足がたたった。駆け付けた師匠の高田川親方(元関脇安芸乃島)からは「野菜を多めに取るとか、自分で考えてやらないとダメ。プロだから」と諭された。朝稽古前は食事しないのが角界の通例だが、特例も認めるという。

 6日目は出場し、体重250キロの謙豊を力強く押し出し。元気な姿を見せ「不安とか緊張も原因だったみたい。薬も1日3回飲むようにして、昨日も検査して異常はなかった」と、ばつが悪そうに笑った。

 病気ではないが、陣幕親方(元前頭富士乃真)は現役時代に土俵から落下した力士とぶつかり左足を骨折。引退に追い込まれた過去もある。土俵外でも、力士は命懸けだ。【桑原亮】

 

(日刊スポーツ 2016年1月17日7時40分)

 

出典:https://www.nikkansports.com/battle/column/sumo/news/1592938.html

 

 「健康」を願った四股名をつけると難病で早世し、四股名を「勝武士」にすると花相撲の人気力士になって実戦では戦わずして負け、「健康」を願った四股名の力士よりさらに若くして死んでしまう。人の世は思うに任せないというか無情というか。

 新型コロナウイルス感染症を発症したタイミングが何より悪かった。緊急事態宣言発令の直前で、発症がもっとも多発していた時期だった。師匠がかけた電話がなかなかつながらなかったことには、安倍晋三小池百合子といったふざけた政治家どもが人命よりも東京五輪の「中止でなく延期」を勝ち取ることを優先した妄動によって、3月の3連休頃まで新型コロナウイルス対策が十分に取られなかったことによる「人災」の側面が強かった。勝武士は勝負運に見放された形となった。

 故人のご冥福を心よりお祈りします。