kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

安倍と菅の失政によって、コロナ禍が収束したあとの政策だったはずの「GoToキャンペーン」が前倒しで開始され、惰性で続いた(呆)

 今年強く感じたのは、非常時には惰性に流される政治をやってはいけないということだ。安倍政権も菅政権もこの観点で見ると0点だ。いや、安倍は0点で菅はマイナス点かもしれない。私が念頭に置いているのは「GoToキャンペーン」の政治だ。

 GoToキャンペーンが最初に議論されたのは春の緊急事態宣言の頃だった。当時、どうやって感染拡大を止めるかが喫緊の課題だというのに、コロナが収束したあとの議論をするとは何を考えているのか、と自民党を批判する報道があったことをよく覚えている。それに対して、下記ツイートに示された閣議決定がなされた。

 

 

 それなのに、コロナ禍が収束もしていないのにGoToキャンペーンが開始(しかも前倒し)されたのは、安倍晋三が緊急事態宣言を終了した際に「わずか1か月半で流行をほぼ収束させることができた」などと言ってついた嘘が根拠になっている。この時、コロナが収束したのだからキャンペーンを早く開始しろ、という圧力が生じた。GoToキャンペーンの旗振り役は、自民党内では二階俊博菅義偉だった。その菅が、安倍の後継首相になったのだからたまらない。第2波が起きようが、第2波どころか第1波よりよほど大規模な第3波が起きようが、キャンペーンは惰性で続いた。もちろん菅の責任がもっとも重いが、GoToキャンペーンは安倍政権時代の7月に始まっており、その頃には既に第2波の真っ只中だったのだから、安倍の責任も菅と同じくらい重い。

 

 

 

 

 「感染拡大しても政権へのダメージない」という、自民党幹部(二階あたりだろうか)の緊張感を欠いたコメントが、彼らがとらわれていた「正常性バイアス」をよく物語っている。

 1995年の阪神大震災では社会党村山富市が総理大臣だった。2011年の東日本大震災・東電原発の時には民主党菅直人だった。三度目の正直で、新型コロナウイルス感染症の2020年に自民党安倍晋三菅義偉が総理大臣だった。

 2020年だけ2人の名前が出ることからもわかる通り*1、もっとも出来が悪かったのが自民党の総理大臣だった。しかも、これより出来が悪い総理大臣がいるとは思えなかった安倍と比較しても、こと新型コロナ対応に関する限り、菅は安倍よりももっと無能だ。何しろ、菅は「GoTo」のほかにも海外からの渡航の緩和など、逆効果の政策にばかりこだわり続けたのだから。あれなら、なんとかのマスクや星野源とのコラボで笑いものになっただけの安倍の方が、逆効果ではなかっただけまだマシだ。今回、イギリス由来の変異種が5件も見つかった件も、菅の失政による「人災」だとしか言いようがない。

 この事実を直視できない人々が、この国にはあまりにも多すぎる。

*1:2011年も8月末に、1995年も翌96年の年明け早々に総理大臣が代わったけれども。