kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「ファ□ストの会」、二度目(?)は笑劇として

 ファーストといえば王貞治ランディ・バースか、はたまた広沢克己くらいしか思い出さない。なぜ「ファースト・広沢」が出てくるかというと、それは1992年9月13日に阪神甲子園球場でやらかした彼のサヨナラ失策(平凡な一ゴロをトンネルした)の印象があまりにも強烈だからだ。あれで優勝争いは一気に阪神へと傾いたかに見えた*1が……。

 

sumita-m.hatenadiary.com

 

さて、「都民ファーストの会」って、かなりの確率で、ついうっかりわざとファシストの会と言ってしまうことが多いのだった。

最初には(firstly)「綱領」(基本政策)も幹部も決まっておらず、決まっているのは代表と(組織から超越した)最高指導者だけ。剝き出しの「ファーストの会」。何が「ファースト」なの? と訊いたりしたら、自明なことについて訊くな! とぶん殴られそうだ。

「左右に偏らない、国の真ん中をいく」という。「ファーストの会」に対する違和感というのは、「右」か「左」かということとは全く別の次元に由来しているのだった。

 

出典:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/10/04/121448

 

 弊ブログは2017年以来ずっと「都民ファ□ストの会」と表記している。「左右に偏らない」というのは、昔某ブログが使っていた「『右』も『左』もないという標語と同じで、一種の全体主義のスローガンかもしれない。

 この「新党」だか「新政治団体」だかに政策がないのは事実だ。下記は三春充希氏のツイート。

 

 

 これはひどい。いくら「歴史は繰り返す。二度目は笑劇として」とは言っても、あまりにも極端だ。安倍晋三棒銀並みの急戦を仕掛けた2017年の衆院選で、時間をかけて進めるつもりだったに違いない「希望の党」の政局があたふたと進められたことを思い出させるが、今回も動きがあたふたと行われた。柿沢未途が自民系候補(公認が得られるかどうかは知らない)になることや、某組が滋賀3区に高井崇志を立てること等々。荒木とかいうファ□ストの記者会見も、あの様子だととりあえず開いておけとの指示を受けた結果、お粗末な記者会見になったものだろう。仕掛人が誰かは不明だが、ファ□スト側が上田清司との会談を申し込んで断られたらしいから上田ではあるまい。おそらく、その杜撰さからし鳩山由紀夫あたりではないかと想像されるが(玉木雄一郎にも声をかけていたに違いない)、記者会見のあまりの拙劣さもあって、早くも実質的にポシャったも同然だろう。柿沢未途自民党を選んだことからわかる通り、上田新党の発足もない可能性が高い。田中秀征が熱望していたとみられる「小池・上田新党」が不発に終わることはほぼ確実な情勢だ。

 今年、4年前からの惰性力によって辛くも議席を守った都民ファ□ストの都議たちも、好き好んでその座を手放すとも思えない。場合によっては1人の候補者も立てられずに、新党の話自体が立ち消えになるのではなかろうか。そもそも都議選については4年前からの惰性力が続いていたが、衆院選では希望の党の敗北という結果しか残っていないのだ。同党公認の当選者は、柿沢未途玉木雄一郎小川淳也長島昭久細野豪志前原誠司など多数いたが、小池系の当選者など誰もいなかったのではないか。つまり惰性力は最初からない。それなのによく記者会見を開こうと思ったものだ。それが最大の驚きだが、こんな動きを騒ぎ立てた大濱崎宅真氏は自らの不明を恥じるべきではないか。

 広沢のトンネルは29年経った今もよく覚えているが、今回の茶番は、来週にはすっかり忘れてしまっているに違いない。

*1:もっとも、広沢のトンネルのおかげで、2日前に救援して9イニング(7回から延長15回まで)を投げたあと中1日でリリーフしていた岡林洋一が、それ以上投げずに済んで良かったとも思ったのだった。現在、いくら優勝争いが熾烈になっても2年目の奥川恭伸の登板日に十分な間隔を与えている高津臣吾監督とは大違いである。この点において、仮に今後阪神との優勝争いに負けたとしても、高津監督は高く評価されるべきであろう。仮に負けた場合はヤクルト球団がずっと懸案だった救援投手陣の補強を怠ったことが第一の敗因になる(一方、阪神が負けた場合には、ずっと懸案だった守備力の強化を怠ったことが第一の敗因になる。今年セ・リーグの優勝を争う両球団は、いずれも本当に強いチームとはいえない。ともに「負けに不思議の負けなし」の試合が多すぎる)。