kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

現在の立民に必要不可欠なのは「踏みとどまる勇気」。小選挙区制のまま分裂したら全野党が「泡沫政党」になる

 この方は関西在住らしい。私は生まれと育ちは関西だけれども、大学で東京に出て長く首都圏に住み、そのあと中国四国に10年ほどいたけれども、岡山・香川のテレビ局は大阪準キー局制作よりも東京キー局制作の番組を流す方が多かった。岡山・香川から見てさえ大阪や阪神間は「近くて遠い」地域だった。それに維新の台頭は2008年の大阪府知事選で橋下徹が当選した後、2009年に「自由民主党・維新の会」が結成され、2010年に大阪維新の会が発足するという経緯をたどったが、私が再び東京に出たのは2010年だったから「維新」は最初から遠いところにある地域政党だった。

 私と出身地の近い山本太郎にとって維新はどんな存在なのだろうかと時々思う。

 

 

 こういう人は首都圏では2001〜05年に小泉構造カイカクに熱中し、2009年には政権交代を支持し、2016〜17年には小池百合子にワクワクしていたのだろう。

 

 

 「居れる」→「入れる」だろうが、政治には若さだけではなく継続性が必要だ。特に現在の衆院選小選挙区制をとっているから、政党の分裂は致命傷になる。その格好の例は2012年の日本未来の党であって、あれは政権与党の民主党から分かれたために、小選挙区でほとんど勝てなかった。東京新聞の紙面を挙げての大バックアップを受けたにもかかわらず、小選挙区で当選したのは、今回ついに負けた小沢一郎亀井静香の2人だけだった。

 枝野幸男は、自らは保守政治家で、2000年代半ば頃までは新自由主義的な経済政策を持っていた人だが、旧民進の「リベラル」派に支えられていたために、稜線上のナイフリッジを渡るような左右のバランスが要求される党運営を余儀なくされ、それは連合と共産党の両方と手をつなぐ離れ業ともいえたが、まるで槍と穂高の間を結ぶ大キレットの終わり近くで滑落死したどっかの役人みたいに、最後の最後に失敗してしまった。

 その後継者なのだから、もっとも強く要求される資質は若さに由来する勢いなんかではなく、経験を持つ人間のバランス感覚だ。あえて選ぶなら、その経済政策は全く評価できないけれども岡田克也の緊急再登板といったところだろうか。あのゴリゴリの財政再建論者が2016年参院選共産党との「野党共闘」を東北の選挙区で成功させて、あそこまでうまく参院選を乗り切るとはさすがに想像できなかった。まあ本当は枝野幸男が後継者の育成を怠ってきた(ように見える)のが一番いけないのだが。

 

 

 その「無茶苦茶」はさすがに実現不可能だ。一つだけ考えられるのは、「野党共闘」を時限的なものとして、ある期限までに政権を奪うとともに、こんな綱渡りをする必要のない選挙制度の改変で維新との合意を取りつけることだ。その上で妥協を行う。選挙協力まではしないが、互いの重点区は侵犯しないとの協定を行うとかそういう話だ。つまり共闘の枠組に入れないが配慮はする。既に2016年に共産との共闘に成果を挙げた小川淳也を除く泉健太馬淵澄夫には立民と共産という基本的な共闘ラインまで壊す恐れがあり、特に極右に近い右翼の馬淵であれば間違いなく派手にぶっ壊すので、それだけは避けなければならない。その意味では小川は貴重な人材だが、今回いきなりだと失敗する可能性が高いし(私は成功確率0%と断定している)、そうなると黒川滋氏が指摘する通り再チャレンジは難しいので、今回はベテランでつながざるを得ないと思う。

 なお、野党共闘をいつまでも続けていると、今回の立民・共産の比例票にはっきり表れたように、比例票に悪影響を与え、長期的には党勢が衰えていく。それを避けるためには野党共闘を時限的なものにすることを最初から決めておくしかない。当選者数の総枠を比例代表制で決める選挙制度であれば、今回のような労多くして功少ない作業は必要なくなり、もっと政策ベースでの実りある論戦が可能になる。

 

 

 少し前にこの人を「小選挙区制論者」だとして批判したことがあったが、この人も選挙制度の問題は認識しておられるようで、それは良かった。

 

 

 もともと自民党には、あの小泉純一郎を含めて小選挙区比例代表並立制に反対する人が多かった。賛成していたのはむしろ河野洋平のような「リベラル」派だった。そして、小選挙区制を実現するために自民党を飛び出したのが小沢一郎だった。小沢の罪は万死に値する。

 しかし、自民党は2005年以降は2009年の一度を除いてすべて小選挙区制の衆院選で制度が第一党にもたらす利益を享受しているし、今回も危なかったとはいえその範疇に入る結果を収めたので、そんなところから安倍晋三がいきなり「小選挙区制を止めろ」と言い出す可能性があると考えることには、およそ合理性が全くない。そもそも、なんでこんな他力本願の議論が突然出てくるのか。

 こんな状況なのに、下手に立民を右に引っ張って党内のバランスを崩して分裂してしまえば、小選挙区制で現在の立民のように、議席を減らしたとはいえ100議席に迫る議席を得る政党はもはや残らない。全野党が泡沫政党になる。あとに残るのは何もない焼け野原。漫画『MONSTER』のクライマックスに出てきた「終わりの風景」みたいな情景だ。

 いまもっとも必要なのは、あの漫画で言えば「撃たない勇気」、現実の政局に即していえば「踏みとどまる勇気」なのだ。