kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

弊ブログの民主集中制批判に小田原人さんから反批判のコメントをいただいた

 下記記事に小田原民さんからコメントをいただいた。民主集中制の正当性を主張する内容だ。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 小田原人

民主集中制について一言

凡そどんな団体・組織でも、意思決定を行なった当初からその決定が誤りだとするものはありません。機関意思の決定は、当該意思決定を行ない得る機関や役職者が正当・妥当と判断したからこそなされるものです。
民主主義的中央集権制を採用する政党であろうがなかろうが、意思決定の時点で「問題はない」とする判断が多数でない限り機関意思にはなりえません。

kojitaken氏は、「民主集中制は……間違った決定を修正できない原因」と述べています。しかし、日本共産党において、党員多数が「間違った決定」と判断しているものが修正さないという事実は確認できません。
また、「間違った決定に党員が従わざるを得ないあり方」が存在するとすれば、これは問題です。

しかし、政党において何が正しく、何が間違っているかを判断するのは党の構成員です。そして日本共産党のような構成員の権利平等に基づく組織政党では、その判断は一人一人の党員が行ないます。

従って、kojitaken氏は、日本共産党の党員の多数が「間違った決定」と認識している決定が存在し、それに従わざるを得ない(=修正できない)状況に置かれていると主張していることになります。しかし、その主張を支えるに足る根拠は示されていません。

民主集中制は……間違った決定を修正できない原因」と、kojitaken氏は主張します。しかし、社会民主主義の立場からすれば「間違った決定」となる場合でも、科学的社会主義の立場からすれば「正しい決定」となる場合は多々あります。
kojitaken氏の民主集中制への批判は、この点の理解を欠いているために生じているように思われます。


なお、政治は、自然科学のような実験を行ないその正当性を証明できる性格のものではありません。人々の実践の中でその歴史的正当性・妥当性が証明されるものです。
従ってある一時期においては、歴史的正当性・妥当性を持ちえない政治的主張が、社会的多数派を占める、あるいは一定の支持を持って存在することがありえます。

例えば、1937年総選挙では、日本無産党を除くすべての政党が親ファシズム的傾向を有し、日本の中国侵略を肯定・容認する立場に立っていました。
だからと言って、政友会や民政党の党員が、間違った決定に従わざるを得なかったわけではありません。歴史的に見れば正当性を有しなかった日本の中国侵略を、当時の政友会や民政党の党員たちは、正しいもの判断し支持していたのです。
また、反ファシズムを掲げ、侵略戦争に反対していた日本無産党は当選者1人に止まり、前回18人から37人へと躍進した社会大衆党と比較すれば不振だったと言えます。
だからと言って、日本無産党が選挙で躍進しなかったから反ファシズム・戦争反対の主張が「誤り」となるわけではありません。当時の国民の支持を受けなかったからと言って、反ファシズム反戦の主張を取り下げる必要性は、当然ありませんでした。

社会民主主義を是とする立場からすれば、社会主義実現を目指すという日本共産党の綱領的立場そのものが「間違った決定」になります。
しかし、日本共産党社会主義共産主義の実現を目指す科学的社会主義政党です。民主集中制を採用しようがしまいが、社会民主主義者からすれば「間違った決定」(=科学的社会主義者からすれば正しい決定)に「党員が従わざるを得ない(=修正できない)」のは当然と言えます。

日本には結社の自由が存在します。
社会主義共産主義に反対する人は、科学的社会主義政党に所属する必要はありません。
また、社会主義共産主義には賛成だが民主集中制に反対の人は、民主集中制を組織原則とする政党に所属する必要はありません。
社会主義共産主義の実現を目標とし、組織原則として民主集中制を採用しない政党を結成すればよいだけのことです。

ある政党の振る舞いが問題になる場合、決定された機関意思とそれに基づく行動によってもたらされた結果が、当該政党員以外にとっては問題となります。
当該政党の機関意思形成の手続きを問題にすることは、勿論、政党選択の判断材料となります。

しかし、日本の政党において民主集中制を採用している日本共産党が、他の政党と比較して政党の機関意思決定にあたり著しく合理性・民主性を欠いているとは言えません。
例えば、旧立憲民主党、旧国民民主党は2020年に解党し、新たに立憲民主党を結成しました。この際、党員の意思は問われたのでしょうか。少なくとも日本共産党においては党の解散や合同を決定する際に、党員の意思が問われない、党大会が開催されないなどと言うことは規約上認められません。

以上のことから、kojitaken氏の民主集中制に対する批判は妥当ではないと考えます。

長文ご容赦ください。

 

 科学的社会主義の立場からの社会民主主義に対する批判として承りました。

 歴史の審判に耐えて日本共産党を現在まで生き延びさせた「宮本路線」の生みの親である宮本顕治は、その反面、宮本顕治不破哲三らは党の誤りの責任を袴田里見野坂参三らに押しつけたともいえるわけで、「宮本路線」を高く評価する中北浩爾『日本共産党』にもそのような記述が何箇所かあります。中北本によれば野坂参三が山本懸蔵をソ連に密告した(そのために山本がスターリンに処刑された)とする説は「現在では否定されている」*1とのこと*2ですし、宮本が最高権力者になる前の事例である伊藤律についても、伊藤が特高のスパイだったとする共産党の認定(尾崎秀樹松本清張らによって流布された俗説がそれを補強した)も「現在では否定されている」*3し、戦前に宮本らに査問されて死亡した小畑達夫についても「スパイであったか否かについて論争がある」*4とのことで、彼らに対する党の認定が現在のままで良いかどうかは私には大いに疑問です。また、そのような過去の事例ばかりではなく、宮本顕治亡きあとに共産党が「悪しきポピュリズム」に迎合し始め(たように私には見えます)、ことに2019年に共産党がれいわ新選組との野党連合政権の協力に合意したことなどは大きな誤り*5だったのではないかと考えていますが、その当否は今後の歴史的検証を待つしかないでしょう。

 本記事ではこれ以上の冗句を書き連ねることは止めておきます。こちらとしても批判を受けなければ前進はありませんから、今回コメントをいただいたことには大いに感謝します。どうもありがとうございました。

*1:中北本122頁、参照文献は和田春樹の論考。

*2:この件は中北本を読むまで私は認識していなかった。

*3:中北本127頁、参照文献は渡辺富哉の著書『偽りの烙印』。

*4:中北本116頁、参照文献は立花隆日本共産党の研究』及び袴田里見の著作。

*5:もちろん新選組への迎合は立民や社民にも見られたことで、共産党と同様にこれらの政党も誤りを犯したと考えている。