5月最後の日に12連敗を喫してプロ野球セントラル・リーグの最下位に落ちたばかりではなく、交流戦2戦目にして単独最下位(首位は2連勝の日本ハムで10球団が1勝1敗で同率2位)という怪記録を達成したヤクルトスワローズが6月最初の日に勝って連敗を止めた。4年前の今日、2019年6月2日のことだった。あれは交流戦に入る前の最後の試合で、打線が初回から得点を重ね、投げては今年名前を全然聞かない原樹理がベイスターズ打線を抑えて勝ったが、それを私は旅先で知った。現在は週末に遠出する余裕もない日々であり、当時よりも仕事が厳しくなって暮らしが格段に悪くなったなあと思わずにはいられないのだが、それも日本社会が急激に崩壊しつつあることと無関係ではないのではないかと考えている。社会の急激な崩壊の影響を受けない職場も多いだろうが、私の職場はそうではないということだ。そして私よりも厳しい環境にいる人々の方が、私より楽をしている人たちよりずっと多いんだろうなとも思う。それが現在の日本社会に対する私の認識だ。
本論に入る前にスワローズについて書いておくと、先日泉健太と小沢一郎を批判した弊ブログの記事を取り上げていただいたばかりか、あの懐かしい野村克也氏が2008年、楽天監督時代の交流戦で読売に勝った試合後に口にした「バッカじゃなかろか、ルンバ♪」という言葉を思い出させてくれた宮武嶺さんが、スワローズの現状を私が怒っているのではないかと気遣っていただいている。大いに感謝したい。
宮武氏は橋下徹が口にした「野党の予備選」について
野党の予備選はついこの間の4月の大阪市長選挙の時に、大阪維新の会が前年に予備選をやろうとしたら総務省に
「公職選挙法で禁止されている選挙の事前運動にあたる」
と当たり前のストップがかかり、一般市民からの電話などでの予備選を諦めたことを知っていて、法的に絶対不可能なのがわかっていたので、文字通りスルーしてたんですよ。
とのことで、それに食いついた小沢一郎や泉健太に「バッカじゃなかろか、ルンバ!」との言葉を進呈している。
スワローズについては、怒るというより「高津監督でもこうなってしまうのか」と呆れている。一昨年の開幕戦で神宮で阪神に3連敗してスタートしたのが「底」で、そこから年間通して尻上がりの戦いで最後には序盤戦で首位を独走していた阪神をうっちゃってリーグ優勝したばかりか、下馬評では「勝てるはずがない」と言われて私もそりゃそうだよなと思った難敵・オリックスにまで勝ってセ・リーグに9年ぶりの日本一をもたらした。その前が2年連続最下位だっただけに、1960年の大洋ホエールズのスケールにはやや及ばないけれども1975年の広島東洋カープや2015年の自チームを凌ぐ大逆襲だった。あの年にも村上宗隆は大活躍したけれども、それよりも「日替わりヒーロー」で9月に9連勝したのが大きかった。それと比べると「村神様」ばかりがクローズアップされた昨年の戦いは物足りなかった。あんな状態だと村上が好調の時は良いけれどもスランプに陥ったらひとたまりもないよな、と思ったのだ。その懸念が現実のものとなったのが今回の12連敗だった。しかしその兆候は昨年の終盤戦や日本シリーズで一昨年と同じ相手のオリックスに先に連勝しながら4連敗した負け方にはっきり現れていた。だから負けるべくして負けたというのが感想で、そもそもスワローズファンは連敗には慣れている。今回の連敗ストップも村上が打ったことによるものだから続かないだろう。村上の当たりが止まればまた普通に負けが込むのではないか。おそらく村上は1980年の阪神・掛布雅之(11本塁打、打率.229)と同じように年間通して振るわずに終わり、村上の復活は掛布と同様に来年のシーズンになるのではないかと予想している。ちなみに1980年の掛布は新人の岡田彰布に対する意識過剰に自らの故障が追い打ちをかけた。現在の村上は大谷翔平に対する意識過剰と昨年に気を張り詰めすぎた反動が不振の原因だではないだろうか。
しかし私がいただけないと思うのは、高津監督がスワローズを「村上のワンマンチーム」にしてしまったことだ。ヤクルトは昨年の優勝チームなので高津監督は昨年に続いてオールスター戦の監督を務めるが、オリックスの中嶋監督と一緒に受けたインタビューで、ファンに見てほしい選手として中嶋監督はロッテの佐々木朗希など自チーム以外の選手の名前を挙げたのに対し、高津監督が「村上のホームランを見てほしい」と言ったことには大いに失望した。あそこは他球団の、例えば同じ村上でも阪神の村上頌樹の名前や、いや別に阪神でなくても良いのだが他球団の選手の名前を挙げてもらいたかった。あのインタビューだと、他ならぬスワローズの選手が見ても「また村上の名前かよ」としか思わなかったのではないだろうか。絶対の中心選手がこけたら最下位というチームはもろいものだ。
言いたいのはここからで、政党も絶対のカリスマ党首だとか権力が絶大な執行部に支えられた構成だと大きなリスクを抱えることになる。
前述の小沢一郎との絡みだと、小沢系からスタートした山本太郎の×××新選組がわかりやすい例で、あれは山本の弱点がそのまま党の弱点になっている。右と左の「反米」に媚びを売るための「既成政党」への逆張りだとしか山本が認識していなかったであろう親ロシアのスタンスによって「パブリックエネミー」になってしまったことがその代表例だ。
下記まことん氏のツイート及びそれへの反応もリンクしておく。
私は「れいわ新選組」結党時の山本太郎氏の政見放送での叫びを観て、再び政治に目覚めたクチですけど。山本氏には危うさを感じつつも、2019年の参院比例は「れいわ」に入れましたし。そんな私が「れいわ」に決定的疑問を抱いたのは、彼が翌年に国民年金廃止論を唱えたからなんですよね。
— まことん┃SDGsを目指す労働者 (@makotonch) 2023年6月1日
私は山本太郎氏が政治家になった頃には「こういう政治家も1人ぐらいいてもいい」と思い、それなりに期待していました。何だかなあと思ったのは天皇直訴の時。更に評価が下がったのがれいわ新選組結党の時でした。
— ねむり猫〈まゆり@非国民です@あきらめない〉 (@ynogi3) 2023年6月1日
当初(それなりに)シンパしていた物の。都知事選以降(山本太郎が)何をしたいのか?解らなく成った自分。今現在「正論も言う」N国見たいな?印象ですね😬🧐🙄🥶
— ならぽん☆回転木馬 (@NarapoN1966) 2023年6月1日
私は上記お三方のどなたよりもアンチ山本太郎歴が長い。私は1996〜97年にはまっていたNHKの朝ドラ「ふたりっ子」の時代から、つまり役者時代の山本からして、その妙に押しの強い演技が苦手で、その頃から好感を持っていなかったからだ。だから政界に進出した経緯にも胡散臭さを感じたし、2013年の天皇直訴以前に小沢一郎にすり寄った時点で強い反感を持った。要するに私は山本太郎とは根本的にそりが合わないのでどうしようもないのだが、その山本の弱点がそのまんま党の弱点になっているとあっては、下記石田昌隆氏と同様の意見しか持ちようがない。
ヘンなことを言うときもあるけど頑張ってほしい勢力(立憲、共産、社民)、批判すべきことが多い勢力(自民、公明、維新、国民民主)、滅びるべき勢力(れいわ、参政、幸福実現、N、日本第一)。ここをはっきりさせたうえで、個別の活動を批判したり評価したりするしかない。
— 石田昌隆 (@masataka_ishida) 2023年6月1日
というわけで「滅びるべき勢力」たる新選組は二の次で良い。私が本当に懸念しているのは共産党の現状で、それは立民と比較してもずっと深刻だと思う。それを神谷貴行(紙屋高雪)氏のブログ記事の件に絡めて書くのが本論のはずだったが、例によって長い長い前振りを書き終えただけで時間がきてしまった。本論は土日にゆっくり書くことにしたい。