kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

プロ野球・阪神タイガースが18年ぶりリーグ優勝。ヤクルトは野村克也「弱者の野球」の負の遺産である死球禍を引き起こした痛恨の一年

 昨夜はプロ野球阪神タイガースが「アレ」を達成したが、あのチームは一昨年から毎年優勝して当たり前の戦力を持っていて、違うのは昨年までの「勝てる戦力を優勝に導けない」監督ではなく、「勝てる戦力を確実に勝たせることができる」岡田彰布監督が「強者の戦い」をしたことだ。直接的には岡田采配が阪神優勝の最大の要因ではあろう。

 私はそういうのはあまり、というより全く好きではなく、故野村克也監督の「弱者の野球」を好んでいる。それをヤクルトの高津臣吾監督が受け継いでいて一昨年と昨年、特に一昨年には2年連続最下位のチームを優勝させるという離れ業を演じたのだが、今年はその野村監督時代の「負の遺産」が出てしまった。それが阪神戦のほか中日戦でもやらかした「死球禍」だった。それを岡田彰布自身が指摘している。下記は『RONSPO』の記事へのリンク。

 

www.ronspo.com

 

 以下引用する。

 

 神宮が騒然となった。阪神が7-0の大量リードで迎えた9回。この回からマウンドに上がったヤクルト3番手の左腕、山本が、先頭打者の近本に投じた2球目が、右脇腹を直撃。近本は、苦悶の表情を浮かべて、その場に倒れ込み、顔を地面にうずめたまま動かない。山本は帽子を取って謝ったが、阪神の観客席からは「近本、頑張れ!」の激励と「ええ加減にせえよ」などの怒号が飛び交い、異様な雰囲気になった。しばらく様子を見ていた岡田監督は憮然とした表情で球審に選手交代を告げた。

 近本は、7月2日の巨人戦で高梨から同じく右脇腹に死球を受けて右肋骨を骨折する重傷を負い、登録を抹消された。奇跡的に早期回復し、7月22日に戦列復帰したが、骨折が完治しているわけではなかった。その同じ箇所にまた死球を受けたのだから、近本の痛がり方が尋常ではなかったのも当然だろう。

 ゲームセットの後、岡田監督は、すぐに出口へ向かおうとはせず、しばらくベンチ前に立ち止まり、ヤクルトのベンチを睨んでいた。だが、高津監督の姿は、そこにはなかった。

 デイリースポーツなどのスポーツ各紙の報道によると、岡田監督は、「あきれるよな。おらんかったんよ、高津がベンチに」と、すぐに謝罪の姿勢を見せなかったヤクルト指揮官の態度に疑問を呈し、「情けない。2年連続優勝したチームやしのう」「そういうチームなんやろ」と、怒りのコメントを発したという。

 ヤクルトは、今季これで58個目の与死球セ・リーグでも断トツの数字だ。ちなみに阪神の与死球は40個しかない。しかも、8月13日のヤクルト戦では、梅野が今野から左手首付近に死球を受け、左尺骨の骨折で今季絶望となっていた。岡田監督が、そのコメントに怒りをにじませたのも無理はない。

 山本は昨季7月にロッテからトレードで移籍してきた6年目の左腕。今季は37試合に登板して防御率2.76の成績を残している。近本への1球はツーシームが抜けてのコントロールミス。「技術がなかった」ということなのだろう。

 だが、スコアは7-0。ヤクルトは借金22を抱えての5位で、CS出場圏内まで13.5ゲーム差がある状況を考えると、あの場面で、カウント0-1から、捕手の松本直が内角に極端に体を寄せて死球の危険性があるインサイドのボールを要求したことも理解し難い。「申し訳なかった」「ぶつけようとしたわけではない」のコメントで済まされる問題ではない。

 現役時代にタイトル獲得経験のある某プロ野球OBは、「コントロールミスで故意に狙ったわけではないだろう。踏み込んでくる近本を抑えるためにはインサイドを投げることが生命線であることも理解できる。だが、あそこまで捕手が近本に体を寄せて構えていたのはどうなのだろう。私達の時代は、この点差、この展開、この順位であれば、そういうボールは投げないという不文律があった。コントロールミスが起こる可能性のあるボールを、あの展開で投げさせたことに問題は残る」と指摘した。

 実は、先日、岡田監督から話を聞く機会があり、ヤクルトの死球の多さが話題になった。岡田監督にはヤクルトの野球への不信感があった。

「それにしても多いなあ。ヤクルトは野村さんの野球を引き継いでいるチームやからな。そういうことやろ

 岡田監督が、指摘した“野村さんの野球”とは、故・野村克也氏が、ヤクルトに浸透させた“弱者の野球”だ。野村氏には「力のない投手は、内角球を意識させねば生き残ることはできない」の持論がある。内角球の重要さを説き、どんどん内角を攻めさせ、壁にぶつかっている投手にはシュートボールの会得を推奨していた。キャッチャー出身のノムさんらしい配球術。高津監督も優勝した際に、その“野村ID野球”の継承を公言していた。だが、技術のない投手に内角球を多用させると“事故”が増える。

 加えて岡田監督は“アレ”に向けての唯一の心配事として「主力の予期せぬケガ」を口にしていた。長いペナントレースを考え、不測の事態に備え、選手層を厚くする準備をずっと続けてきたが、まだ主力をカバーするだけの控えの層はない。そして岡田監督には「指揮官は、選手と、選手の生活を守ってやらねばならない」との使命感がある。だからこそ、あえて高津監督の野球を批判したのだ。

 試合は、佐藤の覚醒を予感させる2試合連続の3ランなどで先制パンチを与え、ルーキー森下の今回の神宮シリーズ3本目となる一発などで追加点を重ね、守っては「頼りになる男」伊藤が、ヤクルト打線をマダックス達成寸前までに牛耳っての完投勝利。阪神の強みを存分に示した理想的なゲーム運びで勝負の9月をカード3連勝でスタートさせた。“アレ”へ向けての重要な詰めの段階。MVP最有力の活躍をしている近本が無事であることを祈りたい…。

(文責・RONSPO編集部)

 

URL: https://www.ronspo.com/articles/2023/2023090402/2/

 

 これは岡田監督に痛いところを突かれた、と思った。

 確かに死球禍は「弱者の野球」の負の側面だ。しかもそれは、野村監督時代からそうだったがチームが弱い年に限って顕在化する。私が思い出したのは1994年に「危険球退場」の制度を生み出したもととなったヤクルトと読売の死球合戦だった。ぶつけられても仕返しはしない岡田監督とは違って、当時読売の監督だった長嶋茂雄は「目には目を」と公言してヤクルト以上に死球をぶつけまくっていた。その伝統は今も読売に残っており、今年こそヤクルトの与死球が目立つけれども例年与死球の多いチームが読売だ。しかし読売がやるからヤクルトも許されるというものではないことはいうまでもない。優勝争いがかかった年には執念深く戦って、優勝争いを演じた年に優勝する勝率だけは抜群に高いという野村監督の正の遺産を残しながらも、負の遺産はヤクルトのチームとしての課題としなければならない。その意味でお手本になるのは2000年代から2011年まで黄金時代を築いた中日の落合博満監督の野球だと前々から思っている。落合は暴力が大嫌いで、中日から星野仙一の「負の遺産」を一掃した監督だった。この落合監督率いる中日に2011年に大逆転を食らったのがヤクルトが優勝争いをして負けた唯一のシーズンだ。1991年にも12連勝をして6月に首位に立ちながら優勝できなかったが(優勝は広島)、あの年は3位だったので優勝争いをしたとまではいえない。その他に2位になった年にはいずれも優勝チームに大差をつけられている。

 そのヤクルトが今年はダメだろうとは開幕前から予想していた。今年ははじめDeNA、のちには広島が「弱者の野球」をできるだろうか、たぶん無理だろうなと思いながら優勝争いのプロセスを見ていたが、やはりダメだった。

 何よりいただけなかったのは、三浦監督も新井監督も阪神戦にターゲットを絞ったローテーションを組まなかったことだ。三浦監督は開幕カードと前半戦最後の敵地での阪神3連戦の先発に元中日の笠原祥太郎を先発させたが、笠原が阪神に通用するはずがないことは試合をやる前から分かりきっていたし、事実笠原は2敗を喫した。また新井監督は10連勝して首位で迎えた甲子園の阪神3連戦初戦に野村祐輔を先発させたが、こちらもどう考えても荷が重かった。野村には本拠地での阪神戦で好投した試合があったようだが、10連勝で迎えた敵地での首位攻防戦となると重圧も全然違う。

 ヤクルトが優勝した一昨年は、開幕から阪神戦7試合で1勝もできなかったほど歯が立たなかったが、奥川恭伸が台頭し、それに刺激を受けてか高橋奎二が「覚醒」すると、故障が懸念されるこの2人の投手の登板間隔をたっぷり開けるという名目で阪神戦に集中的にぶつけたことが優勝できた一因だった。

 「どのチームだろうが同じ1勝」というのは「強者の野球」であって、弱者が同じことをしていては優勝など覚束ない。それを如実に示したのが先週の甲子園での阪神対広島3連戦であって、この3連戦で新井監督は遅まきながらもローテーションをずらしてまでも左右のエースの床田と森下を阪神にぶつけたが歯が立たず、3戦目の先発は阪神戦の相性が悪い九里だったからあっけなく3タテされてマジックを「5」とされてしまった。強いチームが勢いをつけたあとではチームが誇るエース級の投手たちでも止められないのだから、それを早い段階からやらなければいけなかった。戦力が劣るチームが自チームより戦力があるチームをターゲットにしてローテーションを組むべきなのは当然だと私は考えている。それを成功させたのが2010年に読売と阪神をターゲットにしたローテーションを組んで、球宴の時点でともに5ゲームほどの差をつけられていた両球団を抜き去った2010年の落合中日だった。また広島に緒方孝市監督が就任すると、勝てる下位球団から確実に星を稼ぐ戦法をとっていた前任の野村謙二郎監督から一変して読売と阪神をターゲットにした戦法をとって両球団には善戦したものの、他の3球団に勝てずに最終戦で中日に負けてBクラスに落ちて終わり、カープファンに批判されたことがあった。実はこの年はその広島のおかげでヤクルトがリーグ優勝できたのだが、別にその恩があったからではなく合理的な戦法だと思ったから私は緒方監督を批判するカープファンを批判して緒方監督を評価する記事を弊ブログに書いた記憶がある。そしてこの2015年の戦いが翌年からのカープの3連覇につながったのだった。2016年から18年までのカープを「弱者の野球」と評することはできないが、少なくとも緒方カープの出発点だった2015年の「弱者の野球」によって強者を倒すことを覚えて自信をつけた選手たちがカープの黄金期を築いたとはいえるだろう。

 その緒方監督の先例と比較すると、今年のカープは2位にはなれそうだけれども2015年の就任1年目にBクラスに落ちた緒方カープの戦いほどには評価できず、来年のカープも優勝には届きそうにないと思う。少なくとも来年につながる戦い方ができているとは言い難い。ベイスターズも同様で、昨年来岡田彰布が評価し警戒もしていたであろうあのチームを失速させたのでは、三浦監督の前途も暗くなってしまった。

 優勝した阪神について言えば、あの球団には投手の素質を見抜く「目利き」が間違いいなくいる。その人こそ「アレ」の最大の立役者だろう。私がいつも思うのは大竹耕太郎の成功であって、阪神の「目利き」の人はきっと、地元九州の人気球団であるソフトバンクで埋もれている大竹の才能を評価して「もったいないなあ」と思っていたに違いないと想像するのだ。そして、現役ドラフトという絶好の機会を得て阪神は大竹を獲得して彼の才能を開花させた。

 その大竹に限らず、「虎の村神様」村上頌樹もそうだが、阪神からは次々と好投手が出てくる。現在は故障(手術明け)で出てこないが高橋遥人という投手もいる。才能を見抜く「目利き」とともに投手コーチの手腕もあるのかもしれないが、阪神は今年に限らず一昨年からずっと潜在能力では文句なしにリーグ一だった。「弱者の野球」はおそらくできないだろうが「強者の野球」、つまり勝てる戦力のチームを確実に勝たせることに長けた岡田彰布が「もったいない、俺が監督をやったら確実に優勝できるのに」と思ったのも当然だろう。私は岡田監督からは不遜さを感じるので決して好きなタイプの人ではないが、彼の才能を認めないわけにはいかない。勝てる戦力を確実に勝たせることは思いのほか難しいことなのだ。あれほどの巨大戦力を誇りながら2年に1度は野村克也にやられていた長嶋茂雄が良い(悪い?)見本だ。

 日本シリーズはおそらく阪神オリックスの戦いになるのだろうが興味津々ではある。この顔合わせなら過去2年続けてヤクルトと死闘を演じたオリックスの方を私が応援することはいうまでもない。