kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「小沢・孫崎信者」小林信彦が憲法記念日の朝日新聞「オピニオン面」に登場(呆)

憲法記念日朝日新聞「オピニオン面」に、小林信彦の「寄稿」が掲載されている。その内容については触れないが、下記の文章から小林が何を書いたかは想像できるだろう。

小林信彦が1995年の東京都知事選で青島幸男に投票したらしいことは、少し前に図書館で借りて読んだ下記の本の解説文を読んで知っていた。読書記録を参照すると、今年の1月12日から15日にかけて読んでいる。


世界でいちばん熱い島 (新潮文庫)

世界でいちばん熱い島 (新潮文庫)


小林信彦の本は多くが文庫化されたが、大部分は絶版になっており、『世界でいちばん熱い島』もその一つだ。その少し前に読んだ『日本橋バビロン』が結構面白かったので、その勢いで読んだものだ。『日本橋バビロン』は、昨年12月1日から3日にかけて読んだ。


日本橋バビロン (文春文庫)

日本橋バビロン (文春文庫)


だが、小林信彦は政治的には、ありがちな「小沢信者」であった。「小林信彦 小沢一郎」でググると下記の記事がヒットするが、その記事の中に、小林が孫崎享トンデモ本『戦後史の正体』に感じ入り、『週刊文春』で賛辞を呈していたことが書かれている。

『戦後史の正体』が売れている! - 一人でお茶を(2012年10月19日)

 週刊文春2012年10月25日号の小林信彦「本音を申せば」で、孫崎享の『戦後史の正体』が取り上げられている。小林信彦曰く「孫崎氏の本は、まさか、と思う読者のツボを丹念に押してゆく。時間はかかるが、一読にあたいする。」

 小林信彦のファンとしては、うーむ、なのだが、うーむ? にはならないんですね。小林先生は文藝春秋2011年7月号の『「次の総理」は誰か』というアンケートに答えた識者68人の中のひとりとして登場して「もちろん、小沢一郎です」と答えている。その理由については

 もともと、(消去法でみても)この人しかいないと、何年も思っていました。大マスコミその他の誹謗への私の反論を書くと、長くなるので、興味のある人はカレル・ヴァン・ウォルフレンの「誰が小沢一郎を殺すのか?」(角川書店)を読んでみてください。官僚・大マスコミ・アメリカによる陰謀のすべてが非常にはっきりと書いてあります。

(引用元:小林信彦『「次の総理」は誰か』文藝春秋2011年7月号 p96)

 かつては自民党小沢一郎のことを「ファッショのにおい」がすると忌み嫌っていた小林信彦ですが(参照)、その後、小泉純一郎へ一瞬期待したものの裏切られ、ずっと小泉政権をコラムで批判し続け、もう自民党はだめだ、政権交代が必要だ、となって、やっと民主党が政権奪取し、つかの間のよろこびを得るものの、その民主党政権によって期待が次々に裏切られる。その果てに、「いま期待できるのは小沢一郎しかない」となってしまっているんですね。小林コラムを読み続けているファンなら、わかります。ラジオ番組を聴いて田中康夫あたりから影響を受けていることもコラムにお書きになっていますからね。(テレビはあまり観ないそうだし、大新聞は信用できないとも言ってます)

 私にとって小林信彦のコラムは、まずアメリカ映画のこと、次に、日本の芸能人、あとは小説や東京の街並みのことが要チェック事項で、政治など時事感想は参考になることも多いけれども、考えが合わないことも目立つ。それだけです。小林信彦はこう考えているのか、それが読めればそれでいい。

 で、わりとこういう人、つまり小林先生みたいな人が、私なんかが想像するより多いのかな、というのが、最近思うことなんですね。

 もう民主党を出ていってしまいましたが、小沢一郎民主党の中で唯一、かつて与党だった頃の権力中枢の周辺部の余韻が漂っていて、政権を取ったものの勝手がよくわからない風に見えがちな他の民主党の政治家よりは、古き良き与党につながる安定感をかんじさせる政治家なのかもしれませんね。実体は古き良き自民党を破壊した男なのにも関わらず。

 なんにせよ、小沢一郎のファンにとっては、小沢一郎の失脚、あれはそういうことだったのか、と、孫崎享の本を読むと納得できるようなんです。小沢が四億円の出所を説明できずに有権者の信用を失ったのも、アメリカの陰謀なんでしょうかね。

 孫崎本売れてます現象のひとつとして、メモしておきたい、小林コラム雑感でした。

 今回のコラム、なぎら健壱の『町の忘れもの』(ちくま新書)の紹介が、よかった。

この記事には4件の「はてなブックマーク*1がついているが、そのうち1件は私がつけたものだった。

kojitaken 孫崎享 小林信彦 これはひどい "小林信彦曰く「孫崎氏の本は、まさか、と思う読者のツボを丹念に押してゆく。時間はかかるが、一読にあたいする」" どこが。多様な近代史の人物を「反米−親米」の軸に投影して平板化した本だからすぐに読めてしまう 2012/10/21

ちなみに、小林信彦小沢一郎を批判していた時代には、こんなことを書いていた。上記引用記事からさらにリンクされている、同じブログ主が書いた記事に言及されている。

小林信彦『日本人は笑わない』新潮文庫 - 一人でお茶を(2010年1月12日)

日本人は笑わない (新潮文庫)

日本人は笑わない (新潮文庫)


 元の本は1994年に出版されている。1989-1994までに書かれたエッセイをまとめたもの。話題は、時事、芸能、小説、東京で暮らすということなどいろいろ。

 本の題名にもなっている「日本人は笑わない」は、日本人の笑いの感覚の劣化を取り上げている。特に、1980年代以降、<タレントを消耗品と見る点において、もっとも徹底した局である> フジテレビが笑いの幼児化、空洞化に拍車をかけている、と。くわしくは本を読んでみてください。

 時事については、毎日新聞で91-93年に連載されたコラムが「<バナナ・リパブリック>で起ること」と題して収録されているのですが、読んでみるとおどろくほど最近の世の中とシンクロした話題が並んでいるのですね。

 湾岸戦争小沢一郎と宮沢首相、ハイビジョン、従軍慰安婦、タバコ、バブル・ライター、森田健作参院選出馬、政治改革、自衛隊の海外派遣。

あとがきにはこうあります。

 時代のせいか、「平成つれづれ草」のパートの文章はエッセイというよりコラムであり、そういう短文が要求されたのです。とくに、「<バナナ・リパブリック>で起ること」はいつ打ち切られるかと思いながら書いていました。新聞社のどこかからの要求で <直し> を命じられたこともありました。

 でも、ぼくはトラブルを好まなかった。ぼくを担当している記者のせいではないのですし、問題があるとすれば、<剛腕(?)> オザワ・イチロー氏を持ち上げていた新聞社、テレビ、全マスコミに責任があるのです。

(引用元:小林信彦『日本人は笑わない』新潮文庫

 「本当に思っていることの十分の一も書いていない」とのことだが、さすがするどい、ぴりっとくる文章が読めてうれしいです。一部を紹介してみます。

 「<バナナ・リパブリック>で起ること」の中から、「アナクロ」と題された章。

 親子や親戚が国を支配している状態、発展途上国でしばしば見られ、他国のことながらヤリキレナサを感じていたら、湾岸戦争で日本もそういう <バナナ・リパブリック> だったことがわかった。三人の親戚(金丸、竹下、小沢)に日本の政治は左右されている、ヤリキレナイ状況になっていたのだ。そして、当時49歳の「アブナイ中年男」小沢一郎についてこう述べる。

 アブナイ中年男は <不愉快な存在感> や <ファッショのにおい> ゆえに、漫画の中では必ず、悪役と描かれる。しかし、それ以上の批判がされないのは、どうしたわけだろうか?

 新聞をみて異様に思えたのは、その人物が、<コメ問題で関税化協議に積極的対応示唆> した記事と <海外での武力行使は合憲> という解釈を打ち出した記事がならんでいたからで(もっとも後者は <小沢調査会の答申> とあった)、宮沢新首相がこれからなにかをやろうとしているのに、何者かわからない人物が横からいきなり自分の考えをぶち上げ、しかも、それが大きな記事になって内閣の方向を示すという <流れ> がブキミである。

 <愛嬌とカリスマ性のない田中角栄> とでもいうべき四十九歳の <若手政治家> 小沢の発言・行動を、マスコミは無視してしまったらどうだろうか? 無視できないのなら、こまかく批判したらどうか? ぼくなどには、この人物の <発言の異様な大きさ> だけがみえ、実態は <古めかしい対米追従外交男> ではないかと推測される。ブッシュ以後の日米相互主張外交時代には通用しない感覚ではないのか?

(引用元:小林信彦『日本人は笑わない』新潮文庫

 小沢一郎は、私より少し年上になる世代(40−50代くらいですか)の一部の男(知的だと自認しているようなタイプ)に何故か受けがよい印象が強い。何故なのか、よくわからないようでじつはよくわかるところがあり、うんざりさせされるのだが、小林氏言うところの <発言の異様な大きさ> というのも、ある種の男を引き寄せる要素なのだろう。

 現在の小沢は参院選のことで頭がいっぱいのようだが、参院選に勝ったとして、その後何をするつもりなのだろうか。小沢一郎はそこをあまりはっきりとさせない。有権者がいちばん知りたいのは、小沢が具体的に何をしようとしているのか、だと思うが。

 小林信彦は戦前の東京下町のアメリカニズムを記憶し、中学一年で敗戦を経験した世代で、そのせいか、世の中が戦争へとなびいていく気配にはたいへん敏感、そして「日本人は過去を忘れ易い」と嘆く。

 昭和初期の頃どころか、湾岸戦争の頃のことまでもう忘れてかかっているのかもしれない。この本を読み返して、あのころを思い出してみたい。


追記

 keiさんからのコメントで、小林信彦『日本人は笑わない』新潮文庫は既に絶版になっており、05年に「東京散歩 昭和幻想」と改題されて光文社知恵の森文庫から出ていることがわかりました。


東京散歩 昭和幻想 (知恵の森文庫)

東京散歩 昭和幻想 (知恵の森文庫)

この記事にも2件の「はてなブックマーク*2がついているが、そのうち1件は私がつけたものだった。

kojitaken 小沢一郎 "小沢一郎は、私より少し年上になる世代(40−50代くらいですか)の一部の男(知的だと自認しているようなタイプ)に何故か受けがよい印象が強い。"私(♂)は、同世代か少し上の世代の女性に何故か受けが良いと感じます 2010/01/14

2010年初め(鳩山由紀夫政権時代)にこのブクマをつけた時に、私が念頭に置いていたのは、数人の女性ブロガーたちだったが、現在でもネットで目立った発言があって、かつ私がチェックしているのは2人だけである。しかしその後、ドイツ文学翻訳やオウム真理教観察で有名な人たちが一時「小沢信者」となり、学者上がりの地方自治体の首長が小沢と組み、直近では「脱原発」運動のリーダーたち(彼ら彼女らはもっと年上だが)までもが、もはや小沢一郎は表舞台に現れなくなったとはいえ、明らかに小沢と同系列の候補者を応援した。つまり、先鞭をつけた市井のブロガーたちはもはや後景に退いたが、あとになればなるほど大物たちがゾロゾロ現れては、小沢一郎本人や、小沢の系列につながる人たちに「望みを託する」ありさまなのである。

だが、90年代の小沢一郎の行いを指摘する小林信彦の20年前の文章を読むと、小沢一郎がまぎれもない安倍晋三の先駆者だったことがよくわかる。

戦後民主主義は、「リベラル」「左派」「護憲派」たちの中から小沢一郎になびく人間が続出した時点で、その「敗北」が決定していたのである。

しかも、その誤りは現在なお「総括」されていない。

いや、総括するどころか、この期に及んで朝日新聞憲法記念日のオピニオン面に「小沢信者」にして「孫崎享信者」の小林信彦の寄稿を掲載するていたらくなのである。あれほど(民主党右派的立場から)小沢一郎を批判していた朝日新聞までもが「遅れてきた『小沢信者』」の系列に加わろうとしているのであろうか。小林信彦の「寄稿」を載せただけじゃないかと言われるかもしれないが、そんな気配を感じた。