kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「文庫X」の正体・清水潔『殺人犯はそこにいる』(新潮文庫)は「これを読まずに死ねるか」と思える名著

朝日新聞夕刊1面(東京本社発行最終版)に「文庫X」の記事が載ったのはいつだっただろうか。下記の記事は昨年10月25日に朝日の福井版に載った記事のようだが、あるいはこれを全国版に掲載した記事だったかもしれない。なお、「文庫X」の発祥の地は福井ではなく岩手県の盛岡だ。

http://www.asahi.com/articles/ASJB272SNJB2PGJB00G.html

福井)何の本? 題名隠した「文庫X」、売れ行き好調
山田健悟
2016年10月25日03時00分

 福井市大和田2丁目の安部書店エルパ店で、題名を隠した文庫本「文庫X」の売れ行きが好調だ。9月初旬に取り扱いを始めてから約1カ月で、130冊以上が売れた。30冊ほど売れた日もあり、9月単月ではぶっちぎりの売れ行きを見せる人気本に躍り出た。

 「文庫X」は、盛岡市のさわや書店フェザン店が始めた。店員による手書きのメッセージが書かれたカバーで本を覆い、客は買うまで中身がどんな本か分からない。もちろん包装しているため、立ち読みすることもできない。

 それが多くの人に受け、インターネットを中心に話題となっている。発案したさわや書店従業員の長江貴士さん(33)は「考えているときにはここまで話題になるとは思わず、ただ驚いています」と話す。(後略)

朝日新聞デジタルより)


この売り方をしている本を、東京都内のそう大きくない某書店で見掛けたのは先月半ばだった。その時には朝日夕刊に載った記事のことなど忘れていたが、あとになって記事のことを思い出した。だから記事に釣られて本を買ったのではなく、盛岡のさわや書店フェザン店が編み出した手法に釣られて買ったといえる。

http://www.asahi.com/articles/ASJD95FMHJD9UJUB00D.html

「文庫X」、その正体は…… 盛岡の書店でタイトル公表
2016年12月9日21時40分

 書名、著者名、中身を隠す売り方が話題を呼んだ覆面本「文庫X」の正体を明かす「文庫X開き」が9日、盛岡市のさわや書店フェザン店であり、本が「殺人犯はそこにいる――隠蔽(いんぺい)された北関東連続幼女誘拐殺人事件」(新潮文庫)と公表された。

買った人だけが知る「文庫X」 タイトル・著者を発表へ

 文庫Xは同店が企画。読者へのメッセージを書いたカバーをかけ、値段とページ数、ノンフィクションであることしか明かさない手法が全国650超の書店に広がり、今月中に13刷、累計18万部に達するヒットになった。

 著者で、桶川ストーカー事件でいち早く容疑者を割り出したジャーナリストの清水潔さん(58)もイベント会場に登場し、「こんな大きなうねりになると思わなかった」と驚いた。

 本は、冤罪(えんざい)となった足利事件など五つの事件が同一犯によるものと推測した内容。「未解決事件の存在を訴えたかった。我々の知らない司法の闇がある」などと語った。

朝日新聞デジタルより)


これは、大げさにいえば、これを読まずに人生を終えることは人生にとって大いなる損失だ、そう言い切っても過言ではないほどの本だ。


殺人犯はそこにいる (新潮文庫)

殺人犯はそこにいる (新潮文庫)


本の内容については、数多くのレビューが書かれているから、ここで屋上屋を架すようなムダなことはやらない(と思ったものの、やっぱり少し書いてしまったな、と書き終えたあとに再読して思ったが)。この本で引っかかるのは、厳罰主義と死刑制度に肯定的な著者のスタンスくらいのものだが、そんなことは本全体の価値からいえば1%にも満たない些末事だ。

上記朝日の記事で、著者は「我々の知らない司法の闇がある」と言っているが、本当にその通りで、警察という司法権力(や検察という行政権力)は、自らの権威を守るためなら平然と無実の人間を死に追いやったり、逆に何件もの殺人を犯した疑いが濃厚な人物を野放しにしておくなどの悪行をやってのけることができる、それこそが「権力」の本質だろいう冷厳な事実を本書は読者に突きつける。

絶対に読むべき本がここにある。これを読まずに死ねるか、と言いたい本だ。本の厚さは松本清張推理小説と同じくらい分厚いが、松本清張推理小説と同じくらい引き込まれて一気に読めてしまうこと請け合いだ。しかも、これはノンフィクションなのだ。その事実を思うたびに慄然とさせられる。これこそジャーナリズムに本来求められる仕事だ。朝日を含む新聞各社が警察の情報を早く取ろうとしのぎを削る「スクープ合戦」なんかに何の意味があるものか。そう思った。

なお、「文庫X」の直前に読んだのは、今年4タイトル目、松本清張にはまり始めてから42タイトル目の『強き蟻』だった。


新装版 強き蟻 (文春文庫)

新装版 強き蟻 (文春文庫)


本の終わりの方で、食器棚のことを清張が「水屋(みずや)」と表記していたことに懐かしさがこみ上げた。大阪では食器棚をみずやと呼ぶことがあり、母が言っていたので子どもの頃からこの言葉に親しんできた。ネット検索で確認したが九州でも同じ言葉を使うらしい。しかし近年はこの言葉に接する機会がほとんどなかった。清張作品にはたまにこうした西日本の方言(というより九州方言)が出てくるところが面白い。読み方の珍しい姓など、ネット検索をかけると九州の姓であることが多いのがほほえましい。

でもって、今も清張43タイトル目を読んでおり、44タイトル目も図書館で借りてきたが、それらを読み終えたあとに読むべく、「文庫X」の著者、清水潔の著書を先週末に買い求めた。下記の2タイトルである。


桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)


「南京事件」を調査せよ

「南京事件」を調査せよ


おまけ。「文庫X」の中で、「S女史」として仮名で指弾されていた「科捜研の女」ならぬ「科警研の女(技官)」の著書名が著者名を伏せた形で「文庫X」に明記されていたので(「文庫X」462頁。もちろん著者が意図的にやったことだ)、ネット検索をかけて著者名を割り出した。坂井活子(さかい・いくこ)という人だ。アマゾンのサイトを見ると、同じような経緯で署名に行き着き、カスタマーレビューに何件かのネガコメが投稿されているのに笑ってしまった。


血痕は語る

血痕は語る


思い出したのは、あの百田尚樹の嘘本『殉愛』のアマゾンカスタマーレビューだったことはいうまでもない(カスタマーレビューの数は2桁違うが)。なお、この本は私の住所からそう遠くないところにある図書館に置いてあることを知ったので、暇ができたら読んでみようと思っている(笑)。