kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「西山事件」でナベツネが「蓮見さん『聖女』説にみる論理的矛盾」と題した記事を『週刊読売』に書いていた/澤地久枝『密約 - 外務省機密漏洩事件』(岩波現代文庫)は必読の名著

 下記記事のコメント欄より。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 suterakuso

↑ スターwww

カーマインスパイダーさん、こっちへおいでと招待されていますよw

失礼しました。

 

 上記コメント主の真意を測りかねるのだが、西山太吉元記者や毎日新聞の訃報記事につけられた下記ブコメやそれにスターをつけた私に対する批判の意味合いを込めたコメントだと仮定して以下の議論を進める。

 

元毎日新聞記者の西山太吉さん死去 91歳 沖縄返還密約追及 | 毎日新聞

ブコメのほとんどが、この人が沖縄密約を暴いたことに触れてないのに驚き。西山事件はまさにこのような、統治権力の欺瞞より個人のゴシップ・スキャンダルに注目してしまうという日本人のダメさを暴露した。

2023/02/26 00:03

b.hatena.ne.jp

 

 外務省機密漏洩事件、通称「西山事件」に対する「ひそかに情を通じ」というフレーズに代表される世間的なイメージが妥当かどうかについては大いに論争的だ。少なくとも、先月露呈した千葉の共産党幹部がやらかした女子トイレ盗撮事件とは全く異なる。

 実はこの件に関して大きな、そして私から見れば肯定的に評価できる役割を果たしたのが読売新聞の渡邉恒雄ナベツネ)であり、それを著書で正当に評価したのが澤地久枝氏だった。

 弊ブログは2012年にテレビドラマ『運命の人』が放送されていた頃、澤地氏の著書からドラマに関連した箇所についての記載を紹介する連載記事を公開していた。下記がその第1回のリンク。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 上記記事中に引用した澤地久枝氏の著作からの抜粋を以下に孫引きする。内容は、読売新聞のナベツネ渡邉恒雄)が書いた「『西山事件』の証人として - 渡辺恒雄/蓮見さん『聖女』説にみる論理的矛盾」(『週刊読売』1974年2月16日号)と題された記事を論評したものだ。

 

 ここには、弁護側証人として出廷し、スクープが新聞記者の生命であり、不可欠のものであるとして、国家機密もまた当然スクープの対象であることをのべた渡辺氏によって、はじめて事件全体の流れのなかに蓮見さんをとらえ、問題の本質をあきらかにしようとする冷静な眼と、キャリア二十年余の新聞記者として、情熱が感じられ、興味本位のあるいは悪意を含む他の週刊誌マスコミのなかで、異質の記事になっている。「早く世間から忘れられたい」と言いながら、第三者の男性のプライバシー暴露ともいえる手記を発表した真意を、一種の自己顕示欲の表れか、"知的行動派"であることを示すものかという問いかけ。<西山記者が、彼女との関係の進行に関する事件のプロセスをすべて明らかに出来ないでいる事実を私は知っている。ついに保護しきれなかった情報源を、これ以上傷つけたくないからであろう>、西山夫人が <家族に対する社会的圧迫に耐え、かつ、夫の過誤を許し、激励し続けていた事実については、私は深く感動している。同じジャーナリストとして、不幸なこの事件の経過の中で、われわれにとって、これはひとつの大きな救いであった> とも書かれている。そして、<西山君に新聞人としての落ち度があったのは事実だが、その家族にまで罪はない。西山家の家族も、蓮見家と同様、一日も早く世間から忘れ去られたいのである> とも。

 

 蓮見さんは、西山夫人との関係では加害者の側面をもっている。民法上、蓮見さんは西山夫人から慰謝料を請求され、拒否はできない行為を分担している(蓮見武雄氏が西山氏に対して慰謝料請求権をもつのと同じように−)。西山夫人の沈黙、西山氏のニュース・ソースを保護し得なかった新聞記者としての負い目に乗じて、一方的に被害者である「無垢な女」を演じつづける蓮見さんへ、渡辺氏の文章には、ひかえ目な、しかしつよい抗議がある。

 

澤地久枝『密約 - 外務省機密漏洩事件』(岩波現代文庫, 2006年)233-234頁)

 

 下記は連載第2回へのリンク。この回が連載の核心部かもしれない。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 上記記事からは、リンク等を省略した以外のほぼ全文を以下に引用する。

 

 1972年に起きた外務省機密漏洩事件、通称西山事件は、沖縄返還を巡る日米密約を、男女の下半身の問題にすり替えた佐藤栄作政権の権力犯罪であり、真に裁かれるべきは佐藤栄作だったとずっと思ってきた。だから、西山太吉毎日新聞記者と蓮見喜久子元外務省事務官とのスキャンダルには従来関心を持っておらず、「ひそかに情を通じ」と起訴状に書かれた2人の関係までは疑っていなかった。

 ところが実は男女関係についてさえ、検察が描いたストーリーは怪しかった。そのことを今回、TBSテレビのドラマ『運命の人』をきっかけに初めて知った。「西山事件」の裁判当時からこのことを熱心に訴えていたのが澤地久枝氏でありナベツネ渡邉恒雄)だった。

 

 澤地さんの著書には、下記のように書かれている。1974年の文章である。

 

 蓮見さんが現在の姿勢を保ちつづけている限り、蓮見さんは過去の記憶によってさいなまれ報復される人生を自らえらび、しかも自分以外の人々をまきこみ歴史における負の役割を演じることになる−−。その蓮見さんを、痛ましさを感じながら私たち自身が裁かなければならなくなるのではないか。

澤地久枝『密約 - 外務省機密漏洩事件』(岩波現代文庫, 2006年)213頁)

 

 今がその時なのだ、そう私は思った。いわば、一審判決から38年の年月が経って、突然蓮見喜久子氏が「フィクション」を通じて「裁かれる」ことになった形だ。ドラマや山崎豊子氏の小説には作り物が多いことはわかり切っているので、それなら真実はどうだったのだろう、そう思って調べていくうち、澤地さんの本に行き当たった。そこには「事実は小説より奇なり」を地で行った蓮見喜久子氏の姿が描かれていたのだった。蓮見氏の現在の消息を私は知らない。亡くなったとの情報はないから、おそらく健在なのだろう。ただ、現在の姓は「蓮見」ではないはずだ。氏はまさか、存命中にこんなテレビドラマが放送されようとは夢にも思わなかったのではなかろうか。

 

 真の問題は「日米密約」であり、裁かれるべきは佐藤栄作以下当時の日本政府であって、それに比べたら蓮見氏や西山氏の問題など取るに足りない。そんなことは当然だ。だが、今回のドラマに対する反響をネットで調べてみて、まだまだ西山元記者への悪いイメージが定着していることがわかった。問題の真の所在を明らかにするためには、西山氏の名誉回復がなされねばならない。その過程で、必然的に蓮見喜久子氏の責任を問うことは避けて通れない。即ち、蓮見氏は歴史の審判を受けなければならない。そう私は考える。

 澤地さんの本の第11章から、一審判決前後に発売された週刊誌の記事の見出しをピックアップしておこう。

 

  • 「ジャンボ企画 マスコミ初登場 真相告白第1弾 蓮見喜久子さん夫妻が語り合った5時間=なぜ私は、西山記者と情を通じたのか!『好きなタイプの男性ではなかった。だが、あのとき……』と嗚咽にむせび−−」(『女性自身』1974年2月9・16日号)
  • 「手記 外務省機密文書漏洩事件 判決と離婚を期して 私の告白 蓮見喜久子」(『週刊新潮』1974年2月7日号)
  • 「外務省機密漏えい事件二つの秘話 夫・蓮見武雄氏が告白する『事件前後』の妻」(『週刊朝日』1974年2月15日号)
  • 「緊急徹底取材=外務省機密漏えい事件 「西山記者無罪」の陰で病む蓮見夫妻の深い傷 判決直後本誌に告白した離婚・夫婦生活、常時の真相」(『週刊ポスト』1974年2月15日号)
  • 「独占手記/蓮見武雄(56歳)『妻・蓮見喜久子との離婚を 私は決心できない!』 西山記者と "情を通じた" 妻が、有罪判決を受けた直後、別居中の夫が綴った痛恨の叫び!」(『女性セブン』1974年2月20日号)

澤地久枝『密約 - 外務省機密漏洩事件』(岩波現代文庫, 2006年)225-234頁より)

 

 これに加えてフジテレビ系で放送されていたワイドショー『3時のあなた』にまで出演したのだから、蓮見喜久子氏及び夫の武雄氏の露出ぶりはいささか過剰だ。だが、当時は夫妻が同情され、一人無罪判決を勝ち得た西山元記者は「悪玉」として徹底的に指弾された。

 

 澤地さんの著書は1974年に発売され、西山氏の逆転有罪が確定した1978年に増補版が出されたが、以後2006年に岩波現代文庫版が出版されるまで、長らく絶版になっていた。この本に基づいた単発のテレビドラマを1978年にテレビ朝日が制作したが、これも10年後に劇場版が公開されるまで再放送さえされなかった。この作品を監督したのは、日本テレビ系のホームコメディ『パパと呼ばないで』(1972〜73年)で脚本を書いていた千野皓司だったが、澤地さんの原作に忠実な作りの作品だったという(未見)。ドラマは1978年度の日本テレビ大賞優秀賞を受賞したが、千野氏はこの作品以降、2年ほど仕事が回ってこず、干されていたとのことだ。「西山事件」に触れることは、長年の自民党政権時代、「タブー」とされていたのだろうか。

 

(『kojitakenの日記』2012年2月29日)

 

出典:https://kojitaken.hatenablog.com/entry/20120229/1330527464

 

 記事の最後の文章を読み返して、そうかあのドラマが放送されていたのは民主党政権時代だったんだよな、と思い出したが、残念ながら総理大臣は既に野ダメ(野田佳彦)に代わっていて、民主党政権は崩壊への道を歩んでいた。

 そして西山元記者が亡くなった訃報記事についたブコメを見る限り、澤地久枝氏やナベツネ千野皓司氏や2012年のドラマ制作に関わったTBSのスタッフたちや松たか子氏や真木よう子氏らの努力もむなしく、事件のイメージは佐藤栄作や当時の『週刊新潮』が目論んだ通りのまま半世紀後も変わらなかったというほかない。

 しかし救いは今朝のサンデーモーニングで、(危うく聞き逃しそうになったが)元共同通信青木理氏が西山氏は晩年名誉を回復して云々のコメントをしていたことだ。最近はあの番組をよく注意して視聴することができなくなっているので、もしかしたら名誉回復を目指していたというコメントだったのかもしれないが。

 ネット検索をかけたら朝日新聞デジタルに下記有料記事があった。まだ朝日新聞デジタルのスタンダードコースを申し込んでいないのだが、そろそろ申し込もうかという気が起きた。

 

www.asahi.com

 

 2012年の弊ブログの連載は全5回だった。第3回以降については以下にリンクのみ示す。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

kojitaken.hatenablog.com

 

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 改めて思うが、澤地久枝氏の『密約 - 外務省機密漏洩事件』は大変な名著だ。

 

www.iwanami.co.jp

 

 上記リンクを見ると岩波書店には在庫があるらしい。未読の方には是非一読をおすすめしたい。変な陰謀論の本を読む暇があるくらいなら、絶対に澤地氏の本を読むべきだ。