kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

西崎伸彦『巨人軍「闇」の深層』(文春新書)を読む

プロ野球選手と暴力団(をはじめとする反社会的集団)とのかかわりは、芸能人のそれと同様、誰でも知っていることで驚くには当たらないのだが、単にプロ野球の(にっくき)読売球団のみならず、読売新聞社を頂点とする読売グループ全体が「社会悪」「反社会的集団」といえるのではないか。下記の本を読んで改めてそう思った。


巨人軍「闇」の深層 (文春新書)

巨人軍「闇」の深層 (文春新書)

(2005年4月24日)


著者は週刊文春記者。「文春砲」の作り手側の視点が語られていて面白い。全部で6章からなるが、昨年来騒がれている読売選手の野球賭博問題を扱った第1,2章や清原の凋落を描いた第3章などは特に驚きはなかった。原辰徳への恐喝事件を描いた第4章は、その詳細をよく知らなかったので、話題になった頃に被害者面をしていた原辰徳と読売球団に対する怒りが込み上げた。内海、安倍晋もとい阿部慎之助、それにOBの桑田のホニャララ団(死語)とのかかわりを描いた第5章は、読売球団の選手たちと反社会的集団とのかかわりの根深さを感じさせた。

しかし、この本で本当に驚かされたのは最後の第6章だ。この章で俎上に挙がるのは、なんと今年6月に読売新聞本社社長に就任した山口寿一である。その内容の要約には骨が折れるので、週刊文春に記事が発表された頃に公開された下記ブログ記事を引用する。ブログ主の新田哲史氏は元読売新聞の広報コンサルタントとのことだ。

読売新聞 山口寿一の暴挙 : 元読売新聞の広報コンサルタント新田哲史の(2014年2月1日)

読売新聞 山口寿一の暴挙

読売新聞ナンバー2のスキャンダル
週刊文春  


 今週取り上げるのは『週刊文春』2月6日号(1月30日発売)の「仰天スクープ ナベツネも知らない読売新聞の『特定秘密』」「"御庭番"山口専務が謎の女性に入れ揚げ 会社を私物化」という記事。

 山口寿一専務は、次期社長候補といわれる渡辺恒雄主筆の懐刀。社の情報はすべて彼のもとに集まる。
 山口氏が今の地位に上り詰めるのに大きなポイントとなったのが、法務部長時代に弁護士や警察当局と組んで、プロ野球から暴力団私設応援団を追放したことだという。
 その時の協力者が「謎の女性」ことT夫人である。

 T夫人は、阪神タイガース私設応援団員だった。
 タイガースには私設応援団がたくさんある。その中の「中虎連合会」は山口組系の関係者が仕切っていて、粗暴行為をくり返すだけでなく、ダフ行為や応援グッズ販売で金を稼ぎ、暴力団に環流させていた。
 T夫人は2004年に暴力団排除の専門家、猪狩敏郎弁護士のもとを訪れ、中虎連合会の幹部がタイガースの応援歌を作詞・作曲したと偽ってJASRACに登録して、違法に著作権使用料を受け取っていると相談した。
 これをもとに兵庫県警は中虎連合会の幹部を逮捕。事件がきっかけとなって野球の暴力団排除運動は加速した。
 その後、T夫人と山口氏は暴力排除のイベントでこの成功例を一緒に語るなど「二人の"盟友関係"はその後も続いていった」という。

 そして、事件は起こった。その詳細は週刊文春を買ってもらうほかはないが、要するにT夫人の個人的トラブルに、読売新聞が大きく関与し、しばしばその現場に山口氏も同席している、というものである。
 個人的トラブルとは、銀座に「銀座比内やコリドー店」を構えるM氏と、T夫人との店の経営権をめぐる争いである。
 M氏は、開店時に資産家のT氏に初期費用を肩代わりして貰った。店の利益の半分をT夫人が代表を勤める会社に支払うという約束で。
 最初は順調だったが、2011年ころから売り上げが減少しはじめ、そのころから二人の関係がこじれ始めた。

 2013年6月1日、T夫人は、店を大勢の人で封鎖するという挙に出た。そのとき、中に入れないように固めていた20人くらいの人の中に、読売新聞の「警視庁担当記者や司法担当記者」を経験した社員が複数入っていた。
 警察が出動する騒ぎとなり、通報したM氏側の従業員F氏がなぜか警察に連行されてしまう。(すぐに間違いということがわかり「すみませんでした」と言われ帰される)
 20人くらいいた人物の詳細は、読売新聞の社長室幹事や総務局に在籍している社員、兵庫県警OB、読売新聞の顧問弁護士など。彼らはF氏が連行される様子をビデオカメラで撮影した。

 6月13日、東京地裁はM氏側の主張を認め、T夫人による占有を解除させる決定を下した。
 同日、読売新聞本社に比内地鶏の生産者A氏が連れてこられた。その場にいたのは、T夫人のほかに顧問弁護士2名、そして山口氏など。彼らはA氏に、F氏がパトカーに乗せられる画像を見せ、「F氏は反社会勢力だから取引をやめて下さい」と迫った。
 A氏はこれを断る。
 その後も、Oと名のる読売新聞社会部の記者が秋田のA氏のもとを訪れ、取引中止を迫った。

 7月1日、読売新聞本社で、「銀座比内やコリドー店」の仕入先であるの「秋田比内や」の関係者の集会が開かれた。そこにも山口氏は参加していた。「F氏は暴力団ではないが乗っ取り屋の集団である」といったことが話された。

 F氏の言によると「被害届の相談で築地署に行った際、刑事から読売関係者らが『何とか(F氏を)暴力団周辺者とだけでも認めてくれないか』と頼みに来た(読売新聞グループ本社広報部は否定)が、『該当しないものを暴力団扱いすることはできない』と断ったと聞きました」という。
 事件は今も裁判で係争中である。

 記事の最後は次のように締めくくられている。
 「社会の公器たる新聞の大幹部が、恣意的に権力を使えば、シロのものをクロに変えることも可能かもしれない。だが、それはメディアにとって自殺行為である。」

 老害主筆が居座り続けると社内が淀み、こんな輩が側近として幅を利かすようになる、という分りやすい例である。

昔、プロ野球掲示板で読売や阪神、それに堤義明がいた頃の西武*1などの悪口を書きまくっていた頃、読売と阪神の応援団同士が癒着している話を知って呆れ返ったことがあるが、阪神応援団員にして神奈川県在住の富裕層の人間であるT夫人(本書では「夫人」は外されて「T」とのみ表記されている。その実名を探るべくネット検索をかけたが、今のところつかめていない)は読売応援団どころか今や読売新聞本社社長となった人物と癒着していたのだった。

本書を読んで、暴力団排除運動を手がけ、「読売コンプラコンプライアンス)軍団」のトップを経て読売新聞本社社長にまでのし上がった山口寿一自身と、その配下の読売新聞社員らの行状は、暴力団員のそれとどこが違うのかと呆れ返ってしまった。あの悪名高かった阪神私設応援団中虎連合会」が山口組の傘下にあったことは一部プロ野球ファンの間では昔からよく知られているが、その名も同じ山口である山口寿一の傘下にある「読売コンプラ軍団」とやらは、「第二山口組」と言っても過言ではないのではないか。阪神応援団員で「中虎連合会」を訴えて同会のスタンドからの締め出し(その後同会は解散に追い込まれた)に成功したTというのもきわめて怪しい女だ。Tは暴力団排除に功のあった人物として幅を利かせているようだが、その背景はきわめて後ろ暗い。以下本書から引用する。

 ただし、排除団体と接点を持っていた者ならば誰でも例外なく排除されていたわけではない。首を傾げたくなるような“タブー”もあった。

 それが中虎連合会著作権法違反事件の端緒となる相談を行った女性女性応援団員、Tである。彼女は一九八〇年代から阪神の応援団の間では有名な存在で、地方銀行の元役員だった夫とともに、中虎連合会の元会長とは家族ぐるみの付き合いだったという。元会長は神奈川県内にあるT夫妻の自宅にも何度も招かれており、横浜で結婚パーティーを行った際にはT夫妻が仲人を務めるほどの仲だった。元会長は一九九二年まで山口組系組織の組員だったが、「彼女もそのことは招致していたはずだ」と彼は私の取材に答えている。

 著作権法違反が表面化したのは、もともと阪神の応援団員の主導権争いが根底にあり、Tのグループが中虎連合によって活動休止に追い込まれたことも、一因だったようだ。元会長はTから「かわいさ余って憎さ百倍」と言われたこともあるという。中虎連合会が排除された後、元会長らは球場からも排除されたが、Tは阪神応援団の“正団”の副理事長というポストに就任した。

 Tは阪神の応援団にいるにもかかわらず、著作権法違反をきっかけに、巨人軍*2側と密接な関係を築いた。彼女は読売グループの山口とともに民事介入暴力対策のイベントなどに登場し、プロ野球の暴排の成功例を語る“盟友”として、隠然たる影響力を持つ立場になっていた。

 私は出入り禁止となった複数の元応援団員を取材した。彼らは暴力団との関わりはないのに十把ひとからげに処分を受け、排除されたと唇を噛んだ。野球観戦の楽しみを奪われた彼らはみな、昔を懐かしむ一方で、今も異常なまでにTや読売グループの影に怯えていた。当時の体験が強烈なトラウマになっているのだろう。

 読売グループの山口とTの協力関係は、のちに読売の威光を笠にきた彼女の“暴走”を招き、そこに読売グループの社員たちが加担するという前代未聞の事態に発展していくことになる。

(西崎信彦『巨人軍「闇」の深層』(文春新書,2016)207-208頁)

神奈川県の地方銀行ってあそこ以外に考えられないな、とか、そういや横浜スタジアム阪神ファンは異様にやかましくて腹が立ったな、などと、かつて横浜市民だった時代の長い*3私は思うのだが、阪神応援団員がその後読売グループのトップとなる人間とつるんでいようとは夢にも思わなかった。

上記の引用文の最後の方で、「野球観戦の楽しみを奪われた彼ら」とあるが、グラウンドに背を向けて応援の旗を振る連中に「野球観戦の楽しみ」なんてあったのだろうかとも、球場に足を運んでもある時期から外野スタンドなんかには絶対に行かないことに決めた*4私は思う。しかし、その応援団員たちと比較しても、「T」なる女やその後ろ楯になった山口寿一の方がはるかに悪質だろうが、とも思うのである。

そして、引用文最後の「読売の威光を笠にきた彼女の“暴走”を招き、そこに読売グループの社員たちが加担するという前代未聞の事態」こそ、この記事の初めの方で引用した新田哲史氏のブログ記事に紹介された一件なのだ。

この一件で阪神応援団員・Tと読売の連合軍は、焼鳥店を占拠する暴挙に出た。店の周囲を取り囲んだ私服姿の男たちの正体はというと……、以下本書から引用する。

 この私服姿の男たちの正体は、なんと読売グループの幹部だった。読売新聞グループ本社社長室幹事、社長室法務部長、元巨人軍法務部長を始め、警視庁担当記者や司法担当記者などと経験した社員が複数含まれていた。さらに当事者であるTはもちろん、プロ野球暴力団排除に関わった兵庫県警OB、Tが代表を務めていた「関東若虎会」の幹部らもかけつけていた。彼らはビデオカメラを回しながら、正面玄関にパイプ椅子を置いて監視を続け、店の占有行為を数日間にわたって行ったのだ。読売の社員のなかには平日の日中も店の占有と監視活動を行っている者もいた。(本書209頁)

高給取りの中の高給取りのはずの読売新聞の幹部が、こんなことをやっていようとは驚くほかない。彼らは、阪神応援団員の女とつるんだ上司の山口寿一に私的にこき使われているとしか言いようがない。これが読売の正体なのである。

本書には、最近小池百合子の手下として名を馳せ、東京10区補選に自民党公認で出馬することが内定しているらしい衆院議員・若狭勝のコメントも出てくる。といっても、若狭が読売・阪神連合軍側に立っているわけではなく、逆に批判的な立場からのコメントである。

 検察OBの若狭勝弁護士(現・衆議院議員)は一連の行為を法的にこう解説した。

「これは自力救済と呼ばれるもので、法的手続きによらずに侵害されている自らの権利等の回復を図る行為として原則認められておらず、民事的には違法です。鍵を換え、店舗の中に居座り、店舗の周りを人が囲んで、相手側が入ろうとすることを強硬に実力行使を持って阻止していたならば、不動産侵奪罪という犯罪になり得る可能性があります。(本書210頁)

この件で、当初読売側は阪神応援団員・Tと対立する経営者側の従業員に暴力団関係者がいるとみていたらしい。しかし、読売・T連合軍側が警視庁に照会をかけたところ、問題の相手側従業員は暴力団関係者として登録されていないとの回答を受けてしまった。そこで読売側は、相手側を「新たな反社会的勢力」とみなすという奇手を編み出した。昔の江川事件(1978年)*5の「空白の一日」を思い出させる詭弁である。

この一件は両者による告訴合戦となったが、なぜか読売・T側に有利な結果となって終わった。

(前略)焼鳥店の経営権はTに経営権が移り、二〇一六年三月に店の明け渡しが行われた後、六月三日にTの店として新規オープンを果たした*6。そしてすべては封印されたのである。

 それにしても日本一の販売部数を誇る新聞社の中枢幹部たちが、総力をあげ、真昼間から街の焼き鳥屋を占有するなど前代未聞の出来事である。彼らの行動の原動力とは何なのか。その核心は巨大な看板を背負った組織内エリートでなければ理解できないのかもしれない。私は彼らの執念を目の当たりにして、ただ呆気にとられるしかなかった。(本書215頁)

松本清張が生きていたら小説の題材にもってこいだと思ったかもしれない一件だと思った。

しかし、問題の核心はそんな下世話な興味ではなく、「反社会的勢力」であるかないかを読売が恣意的に決定できてしまうところにある。上記は、読売が勝手に「反社会的勢力」であるとみなした人々を追放して、読売の最高幹部と癒着した神奈川県在住の阪神ファンの金持ち女に利益を供与した例だが、その逆の例としては、明らかに反社会性勢力(暴力団関係者)に1億円の金を支払った前読売軍監督・原辰徳の例がある。読売は、明らかに出場停止に追い込まれても止むを得ない原を理不尽に庇い立てた。そんな読売だからこそ、昨年来問題となっている読売球団選手たちによる野球賭博事件を招いたのであろう。これではコンプライアンスも何もなく、読売グループ自体が「反社会的勢力」であると断じざるを得ない。

やはり抜本的な解決手段としては、読売(球団のみならず読売グループ全体)をプロ野球界からの永久追放する(もちろん読売球団は廃団処分)しかないと改めて強く思った今日この頃なのである。ついでに読売と強く癒着している阪神にも最低一年は出場停止処分を課すべきであろう。

*1:その後堤義明が逮捕されるなどして堤が西武グループから追放されたので、「アンチ西武」は廃業した。

*2:原文ママ。「巨人」は2011年以降この日記のNGワードとしているが(それ以前には私も「巨人」と書いていた)、引用文なので止むを得ず原文通りにしている。

*3:1998年の横浜38年ぶり優勝の時も、私は横浜市民だった。この年横浜スタジアムに4回行ったが(阪神戦3回、読売戦1回)、阪神にはすべて勝った(うち1勝は三浦大輔の先発)ものの読売には負けた。その試合で読売打線に滅多打ちされたのも三浦大輔だった。神宮球場同様、阪神戦でも読売戦でも敵のファンの方が多い横浜スタジアムに私は苛立ったが、最後に観戦した9月の日曜日の試合でベイスターズファンがレフト側・三塁側に侵食しているのを見て快哉を叫んだ。試合でも横浜は11対0で阪神を完膚なきまでに叩きのめした。ヤクルト戦以外であんなに気分の良かった試合はない。その頃、ヤクルトの優勝はもはや絶望的だったので、私はにわか横浜ファンと化していたのだった。

*4:昔のガラガラの神宮球場の外野スタンドは、応援団からはるか離れた席をとることができた。よく神宮のライドスタンドのバックスクリーン近くで試合を見たものだ。しかし当時でさえ、阪神など敵のファンの侵入が目立ったことには腹が立った。読売戦は満員になるので高い金を払って内野で見たが、私が読売戦を見に行くとヤクルトは必ず負けた。今では読売の存在そのものを否定するようになったので、読売戦には絶対に行かない。最後に行ったのは1998年9月上旬の土曜日だったが、その試合もヤクルトの大敗だった(それどころかこの3連戦に3連敗して優勝の望みを絶たれ、それ以後にわか横浜ファンになったのだった)。翌年の同時期の読売3連戦ではペタジーニが打ちまくって読売を3タテして読売に引導を渡したが、後年そのペタジーニが読売に引っこ抜かれた時には怒り狂ったものだ。

*5:そういえば江川事件でも阪神が土壇場で読売側に寝返り、江川卓の「ゴネ得」を許す最悪の結果をもたらした。

*6:この情報から、店舗名を割り出すことができた。どことなく阪神応援団幹部の命名だなと思わせる店舗名だ。