衆院選の選挙区の総支部長をなかなか決めない立民(泉健太)が岐阜5区の総支部長に今井瑠々を早々と決めたのは、今井氏の前回衆院選の得票だとか20代の若い女性という属性もあるだろうが、今にして思えば今井氏が(実は)保守系だったという理由もあったかもしれないとふと思った。今井氏がボートマッチ等にどういう回答をしていたかは知らないが。
一昨年の衆院選の直前に東京4区から同15区に移ってきた井戸まさえ氏は、主義主張や思想信条の点で泉のお眼鏡にかなうようにはあまり見えないから、当区ではどうなっているのだろうかと思いながら井戸氏のツイートアカウントを見に行くまではしなかった。しかし、やはりというべきか井戸氏は岐阜5区の件を含む多くの興味深いツイートを発信していた。そのことをnaoko氏のリツイート経由で知った。なお私は2021年の衆院選で、選挙区では井戸氏に、比例代表は社民党にそれぞれ投票していずれも「死に票」となった。その後、井戸氏が岩波新書から出した『日本の無国籍者』(2017)を読んだ。読書記録を見ると、2022年7月27日読了とある。なおその直後から、暇がほとんどなくなって本もろくに読めなくなった。
まず、泉健太の初詣騒動に関する井戸氏のツイートを以下にリンクする。
「立民・泉代表、“初詣炎上”に思ふ」
— 井戸 まさえ (@idomasae) 2023年1月5日
さて、事故後おとなしく自宅療養していたときに、目にしたは「立憲・泉代表、初詣炎上」との記事。炎上したのは参拝先が「乃木神社」だったからである。「軍人を神と崇める行為」「戦前回帰で軍国主義に傾倒か?」といった批判があがった。
さて、乃木希典と言えば、ワタクシ的には真っ先に、明治期に世論を沸騰させた「乃木家再興」が頭に浮かぶ。
— 井戸 まさえ (@idomasae) 2023年1月5日
明治天皇に殉死した陸軍大将乃木希典は子が夭折、戦死等で直系子がいないため、その遺言書で「伯爵家絶家」を明記。これには日露戦争で約6万人の犠牲者を出したことに責任を感じ、
養子を撮るように勧められても「弊家ハ小生トモ一代」として断った問われる。こうして死の翌年には裁判所の許可を得て絶家となり、希典の遺言は達成される。が、三年後、『乃木の家名再興』の思召しをもって旧主毛利家の次男元智に伯爵が授けられ、乃木家は非血縁者によって再興。
— 井戸 まさえ (@idomasae) 2023年1月5日
権力側の意図により、絶家されたいた「家」が再興され、家族国家観と家族主義を強調する政策遂行の具体とされたことに対しての可否をめぐって世論は沸騰したのだ。乃木希典はその死後も、明治から大正へと移行する時代の中での国家権力の思想背景、国家政策に利用されたのである。
— 井戸 まさえ (@idomasae) 2023年1月5日
ちなみに乃木家だが、昭和9年、元智氏は「乃木家再興」が政治利用だとの批判から廃家することになる。
— 井戸 まさえ (@idomasae) 2023年1月5日
泉代表はこの炎上に対して、「私は過去の歴史に学ぶし、教訓にもする。乃木神社創建の経緯もある程度は知っている。でも当然だが、軍国主義者ではない。」とツイート。
— 井戸 まさえ (@idomasae) 2023年1月5日
そうであれば、さらに一歩踏み込んで、ぜひこうした国家権力と家制度についての当時の論争と、進まない夫婦別氏や中途半端な改正で留まった嫡出推定も含み、その影響は続いていることへの言及も、今後、期待したいところである。
— 井戸 まさえ (@idomasae) 2023年1月5日
ふーん。
乃木希典は明治天皇に殉死したことで悪印象しか持っていなかったのだけれど、配下の軍人6万人を死なせた責任を感じて「伯爵家絶家」を遺言状に残したのに(乃木大将にもいいところがあったんだね)、政治権力によって勝手に「乃木家再興」がなされ、1915年(大正4年)に毛利一族の元智(もとのり)が乃木を名乗って乃木伯爵家を継いだんだ。この経緯は全く知らなかった。
乃木夫妻の殉死はいうまでもなく1912年(大正元年)だが、その後の3年間は乃木家を継ぐ人間が現れれば乃木家を継ぐという理由で「絶家」にはならなかった。そして乃木家断絶となった翌日に、時の政治権力が勝手に毛利元智に乃木伯爵家を継がせた。
ところが、絶家を望んだ乃木希典の遺志は当時世間には周知だったらしく、ネットで調べると毛利改め乃木元智による乃木家再興に世論が強く反発し、元智が乃木家を名乗ったことが合法か違法かの裁判まで起きた。さらに1929年には元智の妻が自殺未遂したとの噂が流れ、山口県の地方紙がこれを大々的に書き立てたために元智夫妻は長州を逃れて神戸に移住したものの批判の声は止まず、やむなく1934年に爵位を返上して乃木家を廃したとの経緯らしい。
以上の経緯を考慮すると、家の断絶まで望んでいたという乃木希典は、自らを軍神として祀る神社が建てられることなど全く望んでいなかったに違いないと推測される。
それなのに泉健太は乃木神社への初詣を大々的にアピールした。アジテーターたちは、「神社に初詣に出掛ける当たり前の行為にいちゃもんをつけるのは『限界系』の所業だ」として、自らが影響力を持つ「リベラル」たちを煽りに煽った。そういう話だろう。
記事が長くなったし調べながら書くのもしんどくなってきたので、ここでいったん切り上げる。