kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

続・櫛渕万里の処世術/櫛渕と新選組を批判しつつ懲罰に反対した共産党が正しい/泉健太、野党候補一本化への予備選「方向性一致ならありうる」とまた妄言(呆)

 2週間前にも櫛渕万里に関する記事を書いたが、その記事の論旨とぴったしカンカンのツイートに遭遇した。下記2件のツイートの2件目がそれだ。

 

 

 

 これは後者のツイートが完全に正しい。

 櫛渕が今回やったのは「ロールプレイングゲーム」そのものだ。櫛渕は間違っても山本太郎に洗脳されてなんかいない。櫛渕は「役割を演じる」ことによって、山本に取り入ることに成功した。

 最初に書いた弊ブログの2週間前の記事は下記。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 上記記事中にWikipedia「櫛渕万里」より「来歴」の項を引用した。これを読んでいると目が回る。「左」っぽいピースボート職員でスタートしながら、保守の田中秀征が主宰する「さきがけ塾」専修科生となり、2009年の政権交代総選挙に民主党公認で当選したが、2011年9月の代表選では極右の馬淵澄夫を担いだ。つまり当時の民主党新人議員に多かった小沢一派入りは選ばなかった。この時点では櫛渕は明確な民主党右派の人間だった。とはいえこの馬淵は山本太郎の盟友として知られる。

 櫛渕は特に選挙に強い人ではなく、2012年と2014年の衆院選ではともに比例復活もならずに落選した。当時の選挙区は東京23区で、自民党二階派小倉将信という議員が2012年以降毎回当選している。この選挙区の民主系候補は歴代右翼系の人で、櫛渕のあとはかつてこの選挙区で2005年まで毎回選ばれていた伊藤公介のドラ息子・伊藤俊輔が立候補しているが、この人は2012年と2014年には日本維新の会、2017年には希望の党から立候補した。その伊藤俊輔は2021年には立憲民主党から立候補して前述の小倉将信に競り負けたが、希望の党時代の2017年に続いて比例復活で当選した。おそらく伊藤公介時代の人脈がものを言っているのだろうが、こういう感心しない保守政治家がのさばっているのが立民の弱点だ。同党の泉体制はこういう人たちに支えられているのだろう。

 櫛渕は民主党時代には細野豪志系で活動するなど右派政治家として鳴らしていたはずなのに、なぜか小池百合子自身か小池の手下だかに睨まれて、小池の「排除リスト」に載ってしまった。東京新聞は櫛渕を「一貫して護憲を訴えたリベラル派」と書いたそうだが、これは同紙がよくやる事実誤認だろう。「希望の党」に入りたくてたまらなかったであろう櫛渕は、早々に小池らの「誤解」を解いて希望の党入りを果たした。しかしその役割は千葉3区での立民・岡島一正への「刺客」だった。

 皮肉だなあと思うのは、この岡島は小沢一郎の「四天王」の一人、つまり小沢の腹心なのだ。岡島一正もまた世襲政治家であって、父の岡島正之は競輪選手を経て自民党衆院議員となり、小沢一郎と行動をともにして新進党入りしたが、2000年に小沢と袂を分かって保守党に属した。しかしその正之が死去した翌年である2003年衆院選で、小沢の自由党と合流したばかりの民主党が息子の一正を公認し、自民党松野博一に競り勝ったのだった。どういうわけか、非世襲の櫛渕の相手はいつもこういう世襲政治家だ。

 小沢が希望の党騒動に関与したことはほぼ定説になっているが、小沢の狡猾なところはその当時から立民との二股をかけていたことだ。万一希望が転けて立民が躍進したら立民に合流すれば良いと計算していたに違いない。そして小沢は3年後にそれを実行し、そのさらに翌年には自らと考えの近い泉健太を立民代表に選出させるべく汗をかき、これにも成功した。小沢は肝心の泉に冷遇されて臍を曲げてはいるが、思い出せば希望の党騒動でも小池百合子に疎まれたのだった。そりゃ小池や泉から見れば、後々まで口を挟んでくる長老政治家など疎ましいのは当選だ。

 2017年の衆院選千葉3区は自民・松野博一の圧勝だったが、岡島一正も比例復活で当選した(岡島は2021年衆院選では落選)。一方、櫛渕は岡島の半分にも満たない得票数で惨敗した。この時点で櫛淵は希望の党及びその後身である国民民主党(民民)に見切りをつけたに違いない。その櫛渕が目をつけたのは山本太郎の×××新選組だった。

 新選組入りした櫛渕は、今度は東京22区から立候補した。ここの立民候補は山花郁夫、ご存知、社会党委員長を務めた山花貞夫(1936-1999)の地盤を譲り受けた世襲政治家だ。山花貞夫自身が山花秀雄(1904-1987)の地盤を引き継いだ世襲政治家だったから山花郁夫は三世政治家に当たる。当然ながら地盤は強固で、2021年衆院選でも山花郁夫惜敗率は85.57%と高かった。しかしこの衆院選では立民の惜敗候補が多かったために山花は落選した。櫛渕は惜敗率24.35%とお話にならない惨敗だったが、例の山本太郎議員辞職に伴って比例区の繰り上げ当選になったのだった。

 こんな櫛渕が「茶番」発言をしたこと自体が茶番だ。

 ただ、櫛渕(および参議院での大石晃子)に対する懲罰には弊ブログは反対であり、それは前回公開した記事の末尾にも「先日出された櫛渕と大石晃子への懲罰動議は支持しないけれども」と書き添えた通りだ。

 この点で筋を通しているのは共産党だ。共産党には執行部の権威主義がひどいという致命的な欠陥があるが、他党に対する批判には筋が通っていることが多い。同党の塩川鉄也衆院議員のツイートを下記にリンクする。

 

 

 

 以下、塩川氏のFaceBookから引用する。

 

【れいわ櫛渕氏を懲罰委に付託することについて、議運委で意見表明】

 

今日の衆院本会議で、れいわ新選組櫛渕万里議員を懲罰委員会に付することが決まりました。

 

懲罰動議を提出した自民、立憲、維新、公明、国民の提出会派を代表して、自民党盛山正仁議員が理由を説明しました。

 

盛山氏は、櫛渕氏が18日の本会議での財務大臣不信任決議案の採決に際し「与党も野党も茶番」と書かれた紙を壇上で掲げ、議長の許可なく発言するなど一方的な意思表明を繰り返したことを批判。盛山氏は、会派所属議員の同様の行為に同日に厳重注意を受けていた経緯などからみても「院の秩序を乱す明らかに確信犯的なパフォーマンスで到底容認できない」と指摘しました。

 

櫛渕氏は、弁明の発言で「院の秩序とルールは尊重されるべき」「行き過ぎた面があった点はおわびする」と述べながらも、不信任決議案を出した野党を「茶番」と揶揄したことへの反省は述べませんでした。

 

これに先立つ議院運営委員会で、塩川議員が意見を表明。
櫛渕氏の行動は許されるものではないが、懲罰に相当する「不穏当な言動」に当たるとまでは言えないとして、懲罰委員会に付することには反対しました。

 

塩川議員は、「櫛渕議員の行動は、懲罰動議ではなく、国民の評価と批判にこそ委ねるべきだ」と主張。また、れいわには発言の機会を確保するための「権利行使の努力をしてきたのかが問われている」と述べました。
以下、塩川議員の発言です。<スタッフ>

 

*****

 

櫛渕万里議員の懲罰動議を議題とすることに関し意見を述べます。

 

18 日の本会議における財務大臣不信任決議案の採決において、れいわ新選組の櫛渕万理議員が投票のため壇上にのぼった際に、「与党も野党も茶番」と書かれた紙を広げた行為は、許されるものではありません。

 

そもそも、議員が本会議において演説し、討論し、表決するという権限は、厳粛な国民の負託にもとづくものです。議場、壇上は言論と表決の場であることを踏まえるべきです。

 

しかし、私たちは、これが懲罰に相当する「不穏当な言動」に当たるとまでは言えないと考えます。したがって、懲罰委員会に付することには反対であります。

 

櫛渕議員の行動は、懲罰動議にゆだねるのではなく、広く国民の評価と批判にこそゆだねるべきであります。

 

この際、櫛渕議員が共同代表をつとめる会派としての「れいわ新選組」に申し上げたいのは、れいわ新選組として、権利行使の努力をしてきたのかが問われているということです。

 

れいわが、発言の機会を確保するため、委員外発言を求めるなどの要求や働きかけを行ったということを承知していません。また、議事協議の場である理事会に当初出席していたのに、それを取りやめるなど、権利行使を放棄していると言わざるを得ません。

 

私たち日本共産党は、憲法と国会法に基づき衆議院規則 45 条が「委員は、議題について自由に質疑し及び意見を述べることができる」と規定し、議員の発言権を保障していることをあげ、質疑、発言を求める全ての議員にその機会を認め、とりわけ少数会派に質疑に必要な時間を確保するよう主張してきました。発言権の保障は、全ての会派に問われている問題であることを強調したいと思います。

 

国民主権憲法と国会法にもとづき、国会を文字通り、国民の代表による言論の場とする不断の努力によって、国会が立法機能と行政監視機能を果たし、議会制民主主義を発展させることこそ、われわれ国民の代表たる議員の責務であることを強調し、発言を終わります。

 

URL: https://www.facebook.com/100057774202866/posts/678119324123868/

 

 櫛淵及び新撰組への批判は、上記の共産党・塩川衆院議員のような行き方が一番理にかなっている。立民は当初懲罰動議に賛成したことが失敗だった。これがネットで吉田晴美、石垣のりこ、塩村文夏ら立民の女性国会議員が山本と新選組の信者に集中砲火を浴びた(らしい)原因になった。「らしい」と書いたのは、直接彼らのツイートを確認したわけではないからだ。そんな暇などない。だが、伝え聞く彼らの行動様式から思うのは山本信者及び新選組信者たちのマッチョ的あるいは反動的な体質だ。やはり彼らが信奉する元号新選組とは右派ポピュリズム政党なのだなあと改めて思う。

 しかし新選組がそのような政党であり、信者がそういう人たちであることなど最初からわかっていた話だろう。吉田、石垣、塩村議員らが懲罰動議に賛成したのは党の決定だからであり、要するに泉健太の権限で決定したことなのだろうが、泉は単に自民や維新や民民に同調したかったのだろう。しかし立民は結局櫛渕を10日間登院停止を求めた懲罰委員会の採決に、処分が重すぎる、戒告が相当だとして反対した。最後に反対するなら共産党と同じように動議の時点で反対しておけば、吉田、石垣、塩村議員らに山新新選組信者らが集中砲火を浴びせる隙を作らせずに済んだのである。

 結局、泉は下記のように山本と新選組に「いじめられている僕たち」的なアピールをさせただけだった。

 

 

 

 このあたりからこの記事は泉健太に対する批判がメインになる。つまり記事の前半で櫛渕万里と×××新選組を、後半で泉健太をそれぞれ批判するという二段構えの構成の記事だ。

 泉は例の「予備選」について、またわけのわからないコメントを発した。以下朝日新聞デジタルより。

 

digital.asahi.com

 

立憲・泉代表、野党候補一本化への予備選「方向性一致ならありうる」

2023年6月4日 7時30分

 

立憲民主党泉健太代表(発言録)

 

 (次期衆院選で、野党候補者一本化のための予備選を行う可能性を問われ)野党第1党は常にいろんなことをもっとかなあかんですよ。いろんな政党と、何かあるかもしれないっていう気構えを持つ必要がある。

 

 自民党の大きな政治を変えるために、予備選をやる。そういう思いが維新にあるのか。立憲民主党を潰すのが先に立ってるから、日本維新の会から予備選の話が出てこない。予備選の考えは維新にはないと思う。

 

 自民党と違う価値観で政治をつくる側として、元気な人や力のある人がどんどん伸びればいいっていう国じゃなく、元気のない人を底上げして国力を高める。そういう方向性が最低限一致するとなれば、全然予備選はありうる。(ネット番組で)

 

朝日新聞デジタルより)

 

URL: https://digital.asahi.com/articles/ASR637RHWR63UTFK00J.html

 

 泉は、予備選には維新から話が出てこないから実現しない、(維新がその気なら)「全然予備選はありうる」などと言っている。普通の日本語では「全然」のあとには否定表現がくるはずだと思うが、それは措いておく。問題は、泉自身は予備選に大いに乗り気だということだ。やはり泉の立場は小沢一郎と同じだとしか私には思えない。

 泉が「維新がその気になってくれない」とぼやくばかりか、維新は「立民を潰すのが先に立ってる」などと、上に見た山本太郎の「これを機に×××を潰してしまおうという話」とそっくりの表現を使って、被害者意識を全開にしている。

 要するに、山本も泉も自らの支持層に向けた発信をしているといえる。維新が立民を潰そうとしているのであるのなら、なぜそんな政党に泉はすり寄ったのかと言いたい。

 これではお話にならない。泉健太には小沢一郎山本太郎ともども、早く表舞台から去ってもらわなければならない。