kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

井戸まさえ氏「『候補者たちの闘争〜After 2021』オンライン公開版(抜粋)」のXのポストが始まった

 ついに井戸まさえ氏のXで2021年衆院選での転区の件が語られ始めたようだ。Xのアカウントを持っていない私がどこまで読めるかはわからない。

 

 

 埋め込みリンクの画面では最初の部分しか見えないようなので、以下に引用する。

 

『候補者たちの闘争〜After 2021』オンライン公開版(抜粋)

 

東京15区編(1)「選挙区は言えない」

 

「選挙区は言えないが、転区してもらいたい」

党地方組織の幹部から突然の電話が来たのは、任期満了での総選挙も迫る2021年10月に入ってすぐのことだった。

「選挙区を明かさず、転区をしろ」とはいかにも乱暴な話だ。一般有権者から見たら「いやいや、そんな話はあるわけがない。作り話だろう」と言われても仕方ないレベルである。 当然だが、私は即座に「お断りします」と答えた。すると、相手は「いい話なのに、後悔しますよ」と言って、私が次の言葉を言う前に電話を切った。

 

世の中に溢れる「いい話」というのは、大抵の場合、持ちかけた方にとって「都合がいい話」だ。

実は、この日以前にもたびたび他の区への転区や、都議会議員へ転出等々「いい話」を持ちかけられていたので、私はある意味慣れっこにもなっていた。どんな形であっても東京4区から私を移動させることで、いわゆる「野党共闘」が前進する、というのが向こうの言い分だった。そして、それは共闘相手の強い希望だとも聞かされていた。

 

それから数日後、また電話があった。

「再度、転区を考えてもらえませんか。選挙区を教えます。どこだと思いますか?」

前回とは打って変わって、ていねいな言い回しだった。 選挙区は全く思い浮かばなかった。何しろ選挙は目前に迫っていて、空いているところなどあるはずがないのである。それでも当てずっぽうで言ってみたが、口にした選挙区がどこだったか覚えていない。

 

「違いますね。15区」。伝えられたところは、意外な場所だった。

「柿沢(未途)のところ・・。柿沢は首班指名で岸田と書くとなったから、15区には野党でまとまれる人がいなくなる」

柿沢未途・・。多くの人が柿沢=自民党と思っているかもしれないが、2001年に東京都議会議員に初当選して以来、民主党みんなの党と、一貫して野党で活動してきた人物だ。私自身、地方議員の時には同じ党の議員として面識もあり、柿沢の秘書経験者は旧民主党系の議員事務所にもいる。党には所属していないものの、会派は一緒。この時点まで、むしろ誰もが仲間だと思っていたのではないか。

 

「井戸さんさえ動いてくれたら、共闘相手は複数の選挙区で候補者を下げると言っている。8区も同じ。4区と8区が動けばうまく行く。8区はそれを了承してくれた。あとは、井戸さんだけ」

8区がその時点で納得していなかったことは、のちに候補者本人からの電話で知る。

 

衆院選の公示は19日、約2週間後に迫っていた。

 

URL: https://twitter.com/idomasae/status/1776437391559102931

 

 いやはや、実にえげつない話。

 2000年1月に経験した私自身の人事がひっくり返された件を思い出した。あれは帰任日の3日前か何かで、荷物を送り返そうとしていたまさにそのタイミングで差し止めがかかったのだった。それは、決まっていた人事をひっくり返す話だった。人事権を持っている人間にはそれが可能なのだ。権力の要諦の一つがそこにある。

 期限の直前にいろいろと、それも本人にとっては全く歓迎できない人事を突然やられるというのは非常にこたえるものだ。

 井戸氏はそれを、よりにもよって全国の人々が注目し、自らも(棄権をしなければ)選挙権を行使する衆院選を直前にしたタイミングでやられたわけだ。

 しかも何だって?「8区はそれを了承してくれた」って?

 電話の主が手塚仁雄本人か代理の誰かかは知らないが、めちゃくちゃな話だよな。

 いうまでもなく4区は共産党の強い希望を立民の井戸氏が受け入れて転区が行われ、8区は新選組山本太郎)の強い希望を立民の吉田晴美氏が受け入れなかったために転区は実現しなかった。しかし電話の主は「8区はそれを了承してくれた」と嘘をついた。とんでもない話である。

 井戸氏の転区の件で、昨年1月の時点では井戸氏に深く同情しているように見えたさる泉健太支持者は、最近のXでは井戸氏のことに触れようともしないようだが、政党の支持者がそのように組織防衛のことしか考えないあり方なのは、果たして人間としてそれで良いのだろうか。

 非常に強い疑問を感じる。