kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

立民「提案型野党」が参院選敗因 総括素案が判明、泉執行部に責任(共同通信, 8/3)

 この件も知らなかった。4日前の三春充希氏のツイートを見て初めて知った。

 

 

 上記ツイートからリンクされた共同通信の記事を以下に引用する。

 

立民「提案型野党」が参院選敗因

総括素案が判明、泉執行部に責任

2022/8/3 19:31 (JST)

© 一般社団法人共同通信社

 

 立憲民主党がまとめた参院選総括の素案が3日判明した。改選23議席6議席下回った敗因について「提案型野党」を掲げた国会対策や、自民党の大勝を許した改選1人区での候補者調整の遅れを列挙。泉健太代表ら執行部に「大きな責任がある」と認めた。3日の両院議員総会で示された。所属議員らの意見聴取を進め、10日に正式決定する。

 

 泉氏は両院議員総会で、参院選敗北を重ねて陳謝した。「総括をしっかりまとめ、党を大きく伸ばしたい」と述べ、代表続投の上、執行部人事を含む体制強化に取り組む意向を表明した。

 

出典:https://nordot.app/927473496589828096

 

 この記事を見る限り、立民が参院選に負けたのは「提案型野党」を掲げた国会対策と一人区での候補者調整遅れのためだとしているから、これで泉健太が居座って執行部を刷新するというのなら、馬淵澄夫大西健介の両名が切られるロジックになるはずだ。

 しかし、「提案型野党」路線は、泉が代表選で勝った時の一丁目一番地みたいな路線ではないのか?

 これが参院選の総括なら泉が留任すること自体おかしいと思うのだが、どうだろうか。

安倍晋三元総理とは何者だったのだろうか(田中良紹)

 遅ればせながら今朝になって知ったが、先週月曜日(8/1)に公開された下記記事は、政治について書かれた最近の記事の中では出色のものだ。4桁の数のはてなブックマークがついているのも当然だろう。著者の田中良紹氏の名前は2009年の政権交代前後によくお見かけしたが、1969年にTBSに入社したベテランジャーナリストの方のようだ。

 

news.yahoo.co.jp

 

 長いので抜粋して引用する。

 

 7月28日に北海道テレビが放送した伊達忠一参議院議長の発言は衝撃的だった。安倍元総理が旧統一教会の組織票の取りまとめを一手に引き受けている様子が生々しく語られたからだ。

 

 伊達前議長は北海道で臨床検査技師を務めていたが、北海道議会議員を経て2001年に参議院議員に初当選した。参議院国対委員長参議院幹事長を務めた後、2016年に参議院議長に選出され、2019年の参議院選挙には出馬せず政界を引退した。

 

 その伊達前議長は2016年の参議院選挙に、長野県で臨床検査技師をしていた宮島喜文氏を日本臨床衛生検査技師会の組織内候補として立候補させた。しかし組織票が十分でなかったため安倍元総理と面会し、旧統一教会票を回してもらうよう依頼した。

 

 すると安倍元総理は「わかりました。そしたらちょっと頼んでアレ(支援)しましょう」と言ってくれた。結果、宮島候補は当選した。ところが今年の参議院選挙で宮島候補が自民党の公認を得ていたにもかかわらず、安倍元総理から「悪いけど勘弁してくれ。井上をアレ(支援)する」と言われ、宮島氏は公認を辞退し、安倍元総理の元首席秘書官であった井上義行氏が旧統一教会の支援を受けることになったのである。

 

 伊達前議長は2019年7月に政界を引退した後の10月、旧統一教会関連団体「天宙平和連合(UPF)」の会合に来賓として出席、翌20年にも2月と8月に旧統一教会のイベントに参加し、今年2月には関連団体がソウルで開いた会合でもオンラインで演説を行った。宮島氏の当選のお礼として参加したと伊達前議長は語っている。

 

 安倍元総理は2013年の参議院選挙には、産経新聞社の政治部長であった北村経夫氏を立候補させ、旧統一教会の支援で当選させ、16年の宮島氏の次の19年には再び北村氏を旧統一教会の支援で当選させた。

 

 そして今年の参議院選挙では宮島氏の支援を断り、かつての秘書官である井上氏に旧統一教会の支援を回したのである。そのため宮島氏は出馬断念を余儀なくされた。

 

 伊達前議長の話やこうした経緯を見ると、安倍元総理は旧統一教会の支援をいわばポケットマネーのように意のままにできるのだ。(中略)

 

 このように見てくると安倍元総理は、自民党の集票マシーンとして固い宗教とイデオロギー分野での「総元締め」ではなかったかと思えてくるのである。

 

出典:https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakayoshitsugu/20220801-00308391

 

 自民党の集票マシーンとして(の)固い宗教とイデオロギー分野での「総元締め」。言い得て妙だ。最近は統一教会と関係していた政治家の名前がずいぶん挙がっているが、たとえば民民の玉木雄一郎は元世界日報の人間から3万円の献金を受けた程度だし、多くの自民党議員も玉木と似たようなものだ。統一教会との関係といえば、何と言っても統一教会票を自由に差配していた安倍晋三が飛び抜けて癒着が深い。それも、弊ブログなどが「安倍晋三統一協会」などと書きまくっていた2006年当時ではなく、下野後に関係を強め、2012年の政権復帰後はそれこそ本当にズブズブの関係になったらしいのだから、安倍と統一協会との関係の深化を全然知らなかったことは痛恨の極みだ。

 

 以下、再び田中氏の記事を引用する。

 

(安倍は=引用者註)直情径行一本で練れた感じがしない。なぜ小泉元総理が自分の後継者に選んだのか不思議だった。小泉元総理は「拉致問題」で国民に人気があったからだと言い、それ以外には「気後れしないところを評価した」と言った。

 

 確かにトランプ前米大統領とのゴルフを見ても、相手とは比べようがないほど下手なのに、まったく気後れせずにプレイしていたのはある種の才能だと思う。しかし安倍元総理が第一次政権で、自民党から除名された郵政民営化反対議員を復党させたことで小泉元総理は激怒し、2人の関係は表には見せないが微妙なものになった。

 

 そして安倍元総理の政治能力のなさに驚いたのは、2007年の参議院選挙で大敗したのに続投を表明したことだ。それまで参議院選挙で敗れた総理は2人しかいなかったが、宇野宗祐元総理も橋本龍太郎元総理も参議院選挙で敗れると直ちに退陣した。

 

 敗北の責任を取る意味もあるが、参議院過半数議席を失うと衆参「ねじれ」が生じ、政権運営は絶望的になるからだ。その政治の裏表を安倍元総理は知らないと私は思った。すると自民党の中から引きずり降ろしが始まる。やり方は実に巧妙だった。安倍元総理を引きずり降ろすようには見せず、辞めざるを得なくしたのである。

 

 安倍元総理は、海上自衛隊がインド洋で米軍に給油活動を行うことを国際公約していた。それを可能にする法律には10月末という期限があった。秋の臨時国会で法律を延長しなければ活動を継続できない。しかし「ねじれ」が生まれたので延長は難しい。

 

 唯一の方法は、8月中に衆議院で可決して参議院に送り、参議院で棚ざらしにされても60日後には衆議院に戻し再可決することだ。ところが閣僚人事の「身体検査」に時間がかかるという声がどこからか出てきた。8月の国会開会は無理だと言われた。

 

 当時の井上義行首席秘書官が必死になってマスコミに8月国会開会の記事を書かせたが、二階俊博国対委員長は頑として開会を認めなかった。これで安倍元総理は11月1日に海上自衛隊に帰国命令を出さざるを得なくなる。安倍元総理は「国際的嘘つき」の汚名を背負うことになった。

 

 秋の臨時国会が開かれ、安倍元総理は所信表明演説を行ったが、心ここにあらずの感じだった。翌日、突然退陣表明の記者会見を開き、「このままでは政治が混乱する」と言った。国民には何が何だか分からなかったと思う。与謝野馨官房長官が「病気」と助け舟を出し、表向きは病気での退陣となった。お粗末な退陣劇であった。

 

出典:https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakayoshitsugu/20220801-00308391

 

 上記の経緯は非常に興味深い。第1次安倍内閣を潰したのは二階俊博だったということか。二階はかつて小沢一郎新進党に属していた。二階と小沢、あるいは二階と小泉純一郎との間に何らかのやりとりがあった可能性もあるかもしれない。

 

 ところがそれから5年後に安倍元総理は奇跡のカムバックを果たす。なぜカムバックできたのかを読み解く。小泉元総理の「郵政解散」に国民は幻惑され、自民党は一時的に選挙での獲得票数を増やしたが、新自由主義的政策は地方に痛みを与え、それが旧来の自民党支持者の自民党離れを生む。

 

 そこに小沢一郎氏率いる民主党が食い込んだ。「国民の生活が第一」という路線でかつての自民党支持者を取り込む。自民党の中枢にいた小沢一郎氏や羽田孜氏は自民党支持者に安心感を与え、2009年の衆議院選挙ではそれまで自民党を支持していた業界団体が農協以外はすべて民主党支持に回った。

 

 民主党無党派層に訴える風頼みの選挙をやったのではない。建設業界も医師会もあらゆる団体が支持に回ったからこそ政権交代ができた。比例の民主党の獲得票数は約3000万票、自民党は1800万票だった。そしてそれ以降も自民党の獲得票数は減り続ける。

 

 しかし自民党民主党菅直人政権の無能に助けられた。2010年の参議院選挙で民主党は1100万票減らして1845万票、自民党は480万票減らしたが1407万票で、議席数で自公は過半数を制し「ねじれ」が生まれて菅直人政権は「死に体」になった。

 

 ところが菅総理は第一次政権の安倍元総理と同じように総理を辞めなかった。そして民主党には自民党のように巧妙な手段で総理を引きずり降ろす知恵者もいなかった。その挙句、民主党は2012年の衆議院選挙で比例票はわずか962万票、政権獲得した時の3分の1に激減する。

 

出典:https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakayoshitsugu/20220801-00308391

 

 2010年6月に菅直人が発した消費税率引き上げの発言は最悪だった。あれがなければ普通に勝てたはずの参院選を負けに変えてしまったのだから。それ以後も、翌年の東日本大震災に伴って東電原発事故が起きるまでの期間には、菅政権には見るべきところが何もなかった。3.11の直前、弊ブログではなくもう一つのブログでだったと記憶するが、私は菅政権の採点として「0点」をつけた覚えがある。

 しかし菅政権の唯一の見どころは東電原発事故対応だった。そしてその段階になって民主党内で「菅下ろし」を始めた連中がいた。それが小沢一郎とその一派であり、小沢と結託したのが陰謀論者にして統一協会との関係も深い鳩山由紀夫だった。東日本大震災と東電原発事故の対応が大変な時にあんな党内の権力抗争をやるのかと呆れたが、民主党がその後も長く有権者の不信を買い続けた最大の原因は、2011年春から夏までの権力抗争であろう。あれはそれこそ「どっちもどっち」と見られたため、2012年衆院選では民主党も惨敗したものの、菅下ろしを仕掛けた側の「日本未来の党」は、東京新聞が紙面を挙げて応援したにもかかわらず、日刊ゲンダイが喧伝した3桁議席の可能性どころか獲得議席わずか9議席の歴史的大惨敗を喫したのだった。このあたりの認識は、著者とは少し違うかもしれない。

 余談だが、2012年衆院選での未来の党の惨敗には、某暴犬ことbo***-****tukareと名乗るおよそ信じ難いほど低能な某「共産趣味者」も狂喜乱舞したものだ(笑)

 

 にもかかわらず民主党には危機感がない。しかし自民党は減り続ける獲得票を見て危機感を抱いた。どんなことがあっても選挙に勝つ方法を考える。集票力が確かな宗教票とイデオロギー票を取り込める人物をリーダーに担ぐことだ。安倍元総理に再び光が当てられたのはそのためだと思う。

 

 2012年の自民党総裁選で安倍元総理が勝つ可能性は大きくなかった。自分が所属する派閥のトップである町村信孝氏が出馬し、国民に人気のある石破茂氏も出馬した。森元総理は石原伸晃氏を応援した。しかし終盤で町村氏が病に倒れ、それが総裁選勝利につながる。町村氏の病気がなければ、安倍元総理勝利はなかったかもしれない。その場合は自民党を出て維新と合流することになっていた。

 

 しかし運命は安倍元総理に微笑む。自民党を出ることなく、自民党の集票マシーンの中の宗教とイデオロギー分野で票の差配を取り仕切ることになった。そして危機感のない野党のおかげもあり、解散権を自在に行使することで、6戦6勝という選挙結果をものにした。

 

出典:https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakayoshitsugu/20220801-00308391

 

 あの2012年後半の悪夢は忘れようにも忘れられない。なんで町村信孝が突然病気になるんだよとか、なんで古賀誠谷垣禎一を裏切ってシンキローなんかとつるんで、安倍よりももっと無能で軽薄な石原伸晃なんかを担ぐんだよ、などと思った。私はあの時の恨みを決して忘れないから、古賀誠がその後どんなにまともな発言をしようが、古賀みたいな奴は一切信用しないことに決めている。

 

 この選挙結果が経済政策でも外交政策でも他から文句を言わせない強固な体制を作る。ひ弱な第一次政権の時とは打って変わって安倍元総理は政治家らしく悪さを増した。それが一方ではひずみをも大きくする。

 

 自分の後継者を作らなかったことは安倍元総理の欲望が尽きていないことを示している。その欲望によって自民党内にひずみが生まれた。そのひずみが解消されないまま、旧統一教会によって人生を狂わされた山上容疑者の突然の銃撃によって、安倍元総理がポケットマネーのように意のままにしてきた旧統一教会の集票の実態に光が当たり、国民の目に晒された。

 

 この突然の事態は突然であるだけに誰も対応できない。自民党の底流にあった闇が浮かび上がってきたが、誰もどうしてよいのか分からない。世界はウクライナ戦争によって先進国と新興国との対立が鮮明となり、下剋上が始まったかに見えるが、日本政治もまた銃弾が安倍元総理の存在を消し去ったことで、大いなる混迷が襲い掛かってくるように思えるのである。

 

出典:https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakayoshitsugu/20220801-00308391

 

 安倍晋三が「後継者を作らなかった」ばかりか、次々と「ポスト安倍」潰しをしていたことは、ずいぶん前から指摘されてきた。これは独裁者にありがちな心理で、寝首をかかれないための行動だ。

 それが日本社会のニーズと自公政権の政策との間に大きな歪み(ひずみ)エネルギーを溜め込むことになったというのが私の年来の主張だが、著者は自民党内にも歪みが生まれたという。その歪みの存在が山上徹也の銃撃によって突然明らかにされたというのが著者の見立てだ。自民党内の歪みエネルギーはまだ解放されるに至っていないから、党内の特に安倍派では国会議員たちがあがいているし、彼らに忖度するNHKや彼らの圧力を受けているテレビ朝日、あるいは自グループの偉いさん自身が安倍派の国会議員になって統一協会と癒着していたフジテレビなどは、いまだにこの件に関するまともな報道をやっていない*1

 しかしエネルギーの解放を抑えてきた安倍晋三という重石は、山上徹也によって粉砕されてしまった。今後徐々にそのエネルギーが解放されることは確実だし、もともとは安倍晋三とは異なる集団に属していた岸田文雄はそれを利用するに違いない。

 とはいえ、安倍派が分不相応に巨大化してしまったことが大いなる不安定要因になり、日本の政治は今後嫌でも混迷する。まず安倍派で主導権を握って岸田と対抗しようとする動きが起きるだろうが、派内で「なんであんな奴がトップになるんだ」という声が挙がって派内抗争が起きる。また安倍派のアナクロイデオロギーは広く国民の支持を受けられるようなものではないので(だから清和会は長年保守傍流にとどまってきた)、長い目で見れば今後清和会は間違いなく崩壊していくだろう。その崩壊の過程で、いろいろな混乱が起きるものと思われる。

 

 上記記事についた「はてなブックマーク」コメントより。

 

安倍晋三元総理とは何者だったのだろうか(田中良紹) - 個人 - Yahoo!ニュース

いい評論。“自分の後継者を作らなかったことは安倍元総理の欲望が尽きていないことを示している”自民党の総理経験者で派閥の長としてこのへんは異様。

2022/08/02 06:47

b.hatena.ne.jp

 

 上記が人気筆頭のブコメだが、既に書いた通り寝首をかかれることを恐れて後継者を作らないことは独裁者にはありがちな行動だ。独裁者のあり方としては特に「異様」だとは私は思わない。ただ、安倍晋三が日本の総理大臣の中でも珍しいくらい独裁的性格が強かったとはいえるだろう。そういえば、安倍自身が自分は畳の上では死ねないだろうと言っていたという。自らが異常な独裁者であるという自覚だけは安倍自身にもあったようだ。

 

安倍晋三元総理とは何者だったのだろうか(田中良紹) - 個人 - Yahoo!ニュース

とても参考になる面白い記事。やっぱり無能だよな、安倍さん。統一教会日本会議神社本庁といったカルトの総元締めとしては有能だったが無能な働き者で日本がどんどん疲弊しても無対策だったのもよく分かる。

2022/08/02 03:31

b.hatena.ne.jp

 

 ブコメとしてはこちらの方が人気筆頭のものより共感できるので、スターを進呈した。

 安倍は自民党の集票マシンやカルトの総元締めとしては有能だったかもしれないが、日本社会をダメにして日本国民の暮らしを悪くした点では無能もいいところのダメダメ宰相だったとは私も思う。

 

安倍晋三元総理とは何者だったのだろうか(田中良紹) - 個人 - Yahoo!ニュース

安倍チャンが死ぬ前どころが総理総裁であった時に(旧)統一教会とズブズブだった事が報道、糾弾されていれば(タイミング的に)撃たれる事も無かっただろうが政治家として死んでいたかもしれない…

2022/08/02 07:31

b.hatena.ne.jp

 

 私はブログで安倍晋三の政治生命を絶つ(=政治的に殺す)べきだ、とずっと書いてきた。そのために、"AbEnd"(AbeをEndさせるという意味)という造語も作った。しかし、安倍はこの造語の元になった古い計算機の用語である "ABEND"(= abnormal end; 異常終了)をしてしまった。

 もう何度も書いたが、安倍晋三は政治的な意味において殺されなければならなかった。それができなかったことは残念至極だ。

*1:テレビ朝日は最初はやっていたものの、モーニングショーで有田芳生が「政治の力」発言を行って玉川徹がフリーズした日を境に、突然不熱心になった。

泉健太は "枝野等の対立者には過度な責任論をぶつける一方、自陣がそれ以上の失態を晒すと「全員野球」とか前向きムードで逃げる。" (by Gl17氏)/その通り。それが泉健太だ!

 立民代表の泉健太は結局大西健介だけ切ることによって党内リベラル派の批判をかわして逃げ切ろうとしているのではないかと考えるようになった。

 批判に逆ギレして右バネを強めるなどということは、党内政治に長けた泉はおそらくやらない。党を分裂させてしまったら、せっかく用意周到な党内工作で野党第一党代表の座にのし上がった自身の野望を、自分から潰してしまうからだ。

 このことは、さる立民支持系にして(私から見ると)比較的右寄りと思われる方のツイートを見ていて気づいた。その方のツイートに、大西だけを切る人事がほのめかされていた。あるいはそれが立民支持者たちの間では周知の人事情報なのかもしれない。恥ずかしながら、私は立民の代表が泉に交代して以来、それまでも距離を置いていた立民との距離感がますます増したことと、最近またしても非常に忙しくなってしまったために、立民党内の動きなどろくすっぽ追えていないのだった。この多忙のせいで、おそらく明日(8/8)からの3日間はブログの更新がほとんどできない。

 そんな個人的な話はどうでも良いが、泉の立場から考えてみれば、党内を掌握するためには、西村智奈美を野に放つことなど自殺行為でしかないことはあまりにも当たり前だった。そんなことにも気づかなかったのだから私もどうかしている。党内政治に長けた泉がそんなことをやるはずがない。泉は前原誠司ではないのだ。

 泉については、弊ブログの記事についた下記はてなブックマークのコメントを読んで、泉の問題点が短い言葉で実に的確に言い表されていることに感心した。

 

泉なぜ続投 - kojitakenの日記

泉のような自称リアリスト系の脆弱性。枝野等の対立者には過度な責任論をぶつける一方、自陣がそれ以上の失態を晒すと「全員野球」とか前向きムードで逃げる。提案型野党~も前向き詐欺だけの自滅策だったし。

2022/08/06 23:28

b.hatena.ne.jp

 

 それが泉健太だ、と私は膝を打った。

 泉が昨年の代表選に至る過程でやったのは一種の無血クーデタであって、希望の党から排除された人たちが結成した立憲民主党を、2005年に前原誠司が目指した「提案型野党」路線、つまり希望の党やその延長線上にある国民民主党の路線に乗せ替えてしまおうとする策謀だった。

 しかしそれは旧立民結党時の理念には真っ向から反するものだったから、立民の支持層の多くが選挙で「寝る」投票行動をとった。考えてみればあまりにも当たり前のことだ。

 私は思想信条的には立民より社民に近い人間だから(但し2010年以降、一時は小沢一郎衛星政党と化していた福島瑞穂の路線は全く買っていない)、ある程度突き放した見方しかできないが、昔から民主党を熱心に応援していた、旧知かつ現在では距離を置いている人たちのブログやツイートなどを見ていると、泉に対する彼らの失望が非常に深いことがよくわかる。ある人など、参院選の前から立民解党の可能性を真剣に心配していた。

 泉は、旧立民の結党時に立民を強く支持した人たち、つまり立民支持の本当のコア層の人たちを離反させているのだ。そうではなく、彼らよりは少し右寄りの、旧希望や現在の民民も含めた旧民主・民進を支持する人たちが泉を支持している。前者と後者のどちらが多いかはわからないが、後者は代表が代わっても比例の投票先を変えなかったのに対し、前者のかなりの部分が立民から離れた。だから立民の得票が大幅に減ったのであって、泉体制が続く限り彼らの票が立民に戻ることはない。

 やはりどう考えても「泉なぜ続投」と言わざるを得ない。衰退に向かう体制は、重大な場面で魅入られたように間違った選択肢を選んでしまうものだが、今回の立民はまさにその愚を犯したと私は考えている。

 私は泉を見誤ってはいたけれども、肝心の結論は何も変わらなかった。

ヤクルト・村上宗隆が一軍登録抹消。特例2022の対象(つまりコロナ)

 プロ野球ヤクルトスワローズの村上宗隆が一軍登録抹消。特例2022、つまり新型コロナウイルス感染拡大防止特例の対象とのことだから新型コロナ感染の可能性がきわめて高い。

 6日前の阪神戦と4日前の中日戦で5連発の快挙を達成した村上の離脱は痛い。村上の連続試合出場は503試合、連続4番先発出場は360試合でそれぞれ途切れた。

 ヤクルトは今季最大の正念場を迎えた。

統一教会と自民党との癒着構造の今昔/朴正煕軍事政権の頃には癒着する側にとっての必然性があったが、今では惰性で癒着し続けて信者に巨額の被害を蒙らせる「巨悪」だ

 松竹伸幸氏のブログ記事に興味深い指摘があった。

 

ameblo.jp

 

 記事はいつものように短いので以下に全文を引用する。

 

 私の学生時代というか、正確にいうと学生運動時代というのは、勝共連合統一協会)との闘いの時代だった。新左翼が勢いを失った大学に原理研究会があらわれた。それまではマルクス主義内の正統性を争う闘いだったのが、マルクス主義の「原理」が間違っているとする勢力との闘いが開始されたわけだ。そして彼らは深く浸透していくことになる。

 

 その点では、安倍さんの死をきっかけにして、再び統一協会に光が当たることは歓迎である。統一協会と日本の政治の関係をオモテに引きずりだしてほしいと思う。

 

 問題は、その視点である。統一協会がカネやヒトを供出して政治に潜り込み、独自の思想を日本で実現しようとした。そういう視点は、一面では正しいとは思う。

 

 しかし、それだけだと、数年前、日本会議議員連盟をつくって、日本の政治を動かしていると話題になったのと同じである。あれれ、日本政治を牛耳っているのは、日本会議ではなくて統一協会だったんですかという感じになってしまう。

 

 この二つの団体には、似ている政治思想もあるが、まったく異なるところもある。朝鮮半島に対する日本の植民地支配をどう見るかは決定的に違っているところだ。

 

 日本会議がそれを肯定的に見ていることは言うまでもない。一方、統一協会にとっての日本は、朝鮮半島を植民地支配した罪深い国である。統一協会が世界のなかでも日本においてのみ、霊感商法などでだましてでも金集めをするのは、植民地支配の贖罪のために日本人が財政的な協力をするのが当然だと考えるからだ。日本人女性信者が韓国人男性と結婚するのも、同じ思想から生まれている。

 

 その統一協会60年代、70年代から日本で公然と活動し、影響力を広げられたのは、言われているように、「反共」の一致点で自民党政権と韓国の軍事独裁政権がスクラムを組めたからに他ならない。植民地支配問題は、自民党政権にとってやっかいな問題だったろうが、そこは目をつぶったのだろう。統一協会日本会議を日本政治の黒幕みたいに描くやり方は、支配の延命のためにはイヤなことも取り込む自民党政治の奥深さというか、ぬえのような性格を捉え切れていない。

 

 現在、日本でくり広げられている統一協会批判は、この時代の追及がベースになっている。しかも、いまや韓国は、当時のような反共軍事独裁国家ではない。だから、統一協会と日本政治の関係というのも、新しい要素を持ったものになっているのではなかろうか。調べたわけではないから、ただの憶測だけれど。

 

 冒頭に書いたように、安倍さんの死をきっかけに、この問題に光があたるのはいいことである。しかし、走る方向を正確に見定めないと、現代にふさわしい追及とはなっていかないかもしれない。関係者の努力に期待したい。(了)

 

出典:https://ameblo.jp/matutake-nobuyuki/entry-12754999252.html

 

 思い出されるのは高校生時代の1979年のことだ。

 私は図書館に行っては『世界』などで韓国の朴正煕軍事政権が批判された記事を愛読していた。当時の友達にもしょっちゅう朴の悪口を言っていた。

 ある秋の土曜日、その友達から「おい、朴が暗殺されたぞ」と知らされた。朝のニュースを見ていなかった私はそれを知らなかったのでびっくり仰天した。

 実は安倍晋三暗殺の知らせを知って真っ先に思い出したのが、この朴正煕の暗殺事件だった。安倍は右翼の山上徹也に殺されたが、朴を殺したのは政権のナンバー2だった。暗殺手段も同じで、ともに銃を用いた射殺だった。暗殺犯の金載圭は翌年死刑に処された。韓国では民主化運動が起きたが、翌1980年に全斗煥がクーデターで政権を握り、1988年まで政権の座にあった。韓国で民主化運動が再び活発化したのは、全政権末期の1987年になってからである。

 1987年といえばベルリンの壁崩壊の2年前で、ソ連崩壊の4年前に当たる。つまり、私が政治への関心を強めた1970年代後半から、それに続く80年代の大部分の時期までは、統一教会統一協会)と「反共」の共通点で強く結びつく必然性があった。上記引用文中青字ボールドにした部分が、そのポイントだ。

 一昨日弊ブログが批判した社民党員のまことん氏は、このあたりの経緯を、あるいは理屈ではわかっておられるのかもしれないが、少なくともリアルタイムではご存知ないに違いない。だから「今更感」などと安易に書き飛ばしてしまったものと推測する。

 しかし今は冷戦時代ではなく、韓国は保守政権が返り咲いてしまったとはいっても、早くも支持率が暴落しているらしい。今の韓国は少なくとも日本のように保守反動政権の長期支配を許している情けない国ではない。冷戦時代における統一教会と朴正煕の関係とは現在は全く異なり、今や統一教会は韓国内でも異端のカルト教団に過ぎないと思われる。

 そんな統一教会自民党安倍派とが未だにべったり癒着していることに「今更感」を持ってしまうと表明するとは、見識を疑われても仕方ない。これが今の社民党のレベルなのかと、大いに失望した。

 松竹氏のブログ記事中で赤字ボールドにした部分に関していえば、自民党政治統一教会に操られているとするのは陰謀論に過ぎない。2006年に発覚した安倍晋三の祝電をきっかけにブログで取り上げるようになった頃にどうだったかは覚えていないが、現在は「癒着」「ズブズブ」「共依存関係」などという言葉は愛用しているものの「操られる」等の表現は用いていない。操られ云々は程度の低い陰謀論に過ぎず、人々に受け入れられないのはそんな主張なのだ。現実に起きた暗殺事件の犯人・山上徹也の境遇は悲惨そのものであり、人々に大きな衝撃を与えたのは当然だ。それは、冷戦が終わって長年経つにもかかわらず、統一教会自民党とがwin-winの関係にあるために惰性力で続いている腐れ縁でしかなく、日本の多くの家で家父長制が崩壊したり、選択的夫婦別姓への賛成論が飛躍的に高まっている現在において、制度が人々のニーズに合う方向に改められるのを妨害する「巨悪」だ。「今更感」どころではない。

 そんなことよりも自分たちの生活が守る方が大事だと言うなら、それは社会民主主義の思想とは全く相容れない考えだ。山上のようなカルト宗教の被害者たちが苦しむのは自己責任だと言っているに等しく、むき出しの新自由主義の思考だといっても過言ではない。

 少なくとも、惰性で続いてきた結果山上徹也の暴発にまで至ってしまったこの問題を、軽々しく「今更感」などで片付けてしまうことは全く許されないのである。

泉健太の立民代表辞任を求めると、一部の人たちが言う「限界系」になってしまうのか?

 泉健太の立民代表辞任を求めると、一部の人たちが言う「限界系」になってしまうんだろうか。

 

 

 

 下記のツイートにも同感だ。

 

 

 

 

 政党としては確かに違う。山本太郎及び彼の政党には、ショートカットして目標にたどりつこうとしたがる傾向が強いが、それは野党第一党にはできない。

 しかし両党の支持者の心情は驚くほどよく似ているとは、私もしばしば感じる。両党の支持者同士の反目は近親憎悪みたいに見えるとは、このブログにも先日書いた。

 問題は、だからといって政党として×××新選組にすり寄ると痛い目に遭うことだ。共産党は2019年にそれをやってしまい、それだけのせいではないが今では共産党政党支持率は×××新選組とさほど変わらなくなってしまった。共産党も昨年の衆院選と今年の参院選に連敗したが*1志位和夫が立民の泉健太と同様に党のトップに居座っていることから、共産党支持者たちの間でも志位への批判者が増えている。

 新選組みたいなあり方を追求してある程度の結果は出せるとなれば、新選組よりもさらに極端な参政党のような政党が出てくるのも当然だ。

 民主系についていえば、のちに維新を結成することになる橋下徹に対して、2009年の衆院選前に甘い顔をしていたことが大問題だった。当時の民主党政権交代を目前に控えて日の出の勢いだった。その頃に維新に秋波を送っていたのが鳩山由紀夫であり、小沢一郎だった。うち小沢は、民主党をおん出たあとも「私の意見は橋下市長と同じだ」と口癖のように言っていた。2012年の衆院選を控えた頃のことである。

 2019年に新選組山本太郎)にすり寄った志位和夫は、相手こそ違え、鳩山や小沢と同じ誤りを犯したと私はみている。さらに泉健太も鳩山・小沢・志位らと同類だと考える。維新批判を弱めよとする党内の意見に泉は「理解を示した」らしいしね。

 「限界組」のレッテルを貼って人を敵味方に分けるよりも、自らが支持する政党のあり方を支持者がきっちり批判できるようになる方が必要だろう。もっとも、「限界系」のレッテルを貼りたがる傾向が強く、かつその中でももっとも影響力が大きいと思われるさる御仁は、かなり思い切った志位和夫批判をなさっているようでもあるが。

*1:但しその間に党首が代わったわけではないので、立民ほど衆院選参院選の結果の落差は大きくなかった、というより両選挙で同じような負け方ではあったが。

新型コロナウイルス感染症第7波は、数日内に新規陽性者数7日間移動平均値のピークを迎える見通し/大阪府の不成績は第7波でも続き、全波通算で死亡者数5400人超。4700人超の東京都との差は約700人に広がった(呆)

 新型コロナウイルス感染症、どうやら第7波のピークはもう目の前だ。下記グラフはNHKのデータ*1に基づいた、2020年3月1日以降の新規陽性者数と死亡者数の7日間移動平均値の対数グラフ。

 

国内のCOVID-19新規陽性者数及び死亡者数 (2020/3-2022/8, 7日間移動平均対数=NHK)

 

 ご覧の通り対数グラフで表示するとピークが近いことがよくわかる。実はここまでくると普通の線形グラフでもピークが近いことがはっきりわかるが面倒なので紹介しない。倍加時間は約54日になった。あと数日内に新規陽性者数の7日間平均値は極大値を記録し、それ以降は減少へと転じるだろう。

 今回グラフの形を眺めていて、第6波には第6-2波及び第6-3波というべき小ピークがあったんだな、と気づく。それらはメインの第6-1波ほど大きなピークにはならなかったが、それぞれ遅れて死亡者数にも小さなピークが見られる。但し7月1日にある鋭いピークは大阪府保険所が1月29日から3月24日までの死亡者92人の報告漏れを6月28日分としてまとめて計上したために生じた見かけ上のものであって、第6-2波または第6-3波に由来するピークではない。弊ブログでは今年1月1日から7月6日までの死亡者を第6波によるとして計算しているので、その結果には影響ない。第6波の致死率は0.174%程度だった。第7波の死亡者数ピークは8月24日頃になると推測されるので、まだ致死率は云々できない。ただ夏のコロナにしては結構高く、最終的には第6波と同程度の致死率になっても不思議はないとの感触を持っている。

 コロナといえば大阪府の成績が悪いことが有名だが、第7波でも大阪府の死亡率は東京都よりも相当に高い。また第1波からの通算死亡者累計でも、大阪府は5400人以上、東京都は4700人以上であり、約700人の差をつけて大阪府が最下位を独走している。私は2月末までしかチェックしておらず、その時点では約400人差だったので、その後大阪府と東京都との差はさらに広がったわけだ。第1〜7波の通算致死率では、東京都0.21%に対して大阪府0.37%であり、コロナにかかって死ぬリスクは大阪の方が東京よりも1.7〜1.8倍ほども高い。人口の年齢構成比を補正するとこの値はそれよりは小さくなるだろうが、東京都も大阪府ほど極端ではないものの相当なネオリベ新自由主義自治体であることを考えれば、大阪府の度を超したネオリベ府政・市政によって、失われずに済んだかもしれない多くの命が失われたとみるほかない。これでも大阪維新の会が支持されるのだから処置なしだ。自民党小池百合子もろくでもないが、維新は自民や小池に輪をかけてひどいとしかいいようがない。

 なお昨日(8/5)で2022年に入ってからの死亡者数が1万5千人を超えるとともに、昨年を上回った。日本における新型コロナウイルス感染症は、3年目にして一昨年と昨年を超える流行になってしまった。